11
ナオスの中には、戦闘や研究ではなく、それらを行う学生を補佐する鍛治職や料理人、戦闘服のデザイナーなどを目指す者もいる。
食堂のオーナーも当然その一人だ。
本来、神の能力は戦闘一色ではない。神話で語られるその多くは、当時の人間の生活に必要とされたものまたは、解明不能なものが神の能力として記されていた……のだが、その多くが強大過ぎて、主に戦闘に利用されているのだ。
だが、ニンフや下級神と言った者達の加護を受けたことで、神性を得てナオスに呼ばれるも、戦闘向きでない学生が沢山いることは言うまでもない。
そんなこんなで、ナオスには
腕の中には、相変わらず分厚い資料が抱えられている。何故だが少しばかり怒りを含んだ表情で、顔が紅潮している。
校舎に入り暫く歩くと、内部にある大部屋の入口で足を止める。そこには暖簾のみで扉はなく、薄暗く広い空間が広がっている。
その空間には、大量の資材が置いてありはするものの、人気は全くない。
足音に気づいたのか、ボォー、と淡い光に照らされている作業台で何かががもぞもぞと動く。
「また徹夜していたのですね」
紅玉が声をかけると、作業台に突っ伏していた影から、
「むにゃむにゃ……あ――、アタシ寝てたの?」
という声が聞こえる。
ガバッ、と影が起き上がる。影は、少し癖のある短い髪の少女であった。
寝不足なようで、目は半開き、しかも髪の毛は元々のくせっ毛に輪をかけてボサボサだ。
「ちゃんとケアすれば可愛いのですから、せめてお風呂ぐらい入ってくださいよ」
可愛いという言葉に喜びを覚えたのか「えへへ」と髪を人差し指でくるくる巻き込みながら、笑顔を漏らす少女。
その天然ぶりに少しだけ微笑ましく思いつつも、はぁー、と息をつき、
「仕事の依頼をしたいのですけれど、今いいですか?」
「もちろんー」
徹夜をするほど忙しそうにしているが、少女は二つ返事で快諾する。
とりあえず、依頼の内容に移る紅玉。その内容は、昼に転入生との話し合いで決まった、
少女は、ふむふむ、と頷きながら内容を聞いているようだ。そして全て聞き終わると、
「それくらいなら、ヘザーちゃんにお任せあれー」
立ち上がり、薄めの胸をポンと叩く。
紅玉は、良かったと胸をなでおろす。
「いつまでとかある?」
「一応、決闘自体は二週間後なのですが……」
「ふむふむなるほど。魔術自体は、ほんが組んだモノってことでいいんだよね?」
「そうですね。わたくしは次いつ来て、魔術を織り込めばいいですか?」
「んまー、素材はあるから今やっちゃってもいいんだけどねー」
依頼をその場で実行できるといった少女の実行力や、豊富な素材があることに少し驚くが、それもそうかと納得する紅玉。
それもそのはず、少女の名はヘザー・コルト。学院内でも五本の指に入るほど腕の良い鍛冶職人だ。彼女が仕立て上げた武器は、過去に戦場も利用したことがあるほど。
本業は鍛治職ではあるが、簡単な戦闘服を一から制作するなどお手の物。
流石だ、と紅玉が感心していると、
「そういえば、部屋に来た時やけに殺気立っていたみたいだけど、何かあったんー」
急に質問をされた事に不意を突かれた紅玉は、あたふたする。
「え? いやー……大したことはないんですけど……」
「いやいや、いいっていいってー。悩み事くらいアタシにぶちまけちゃいなよー」
こうなったヘザーは引くことを知らない。まあ、ヘザーならと思った紅玉は昼の食堂での一連の騒動をザックリと話す。
ヘザーは、ほうほう、と頷きながら話を聞く。そして、少し考えた後、
「ぶっちゃけ、槌納って子の事気になっているんじゃないの?」
すると、それが本当だったのか定かではないが、紅玉は赤面して声を上げる。
「それだけは一切ありません! 誰があんな変態のゴミムシと……」
「だって、ほんって今まで男っ気一切なかったと言うか、自分の研究とかに熱心過ぎて周りの事見てなかったじゃん? それで、初めてほんに気を使わず接した男の子って、その子が初めてだから、恋って決まった訳じゃないけど、きっと気になっているんだよ」
ヘザーは普段のんびりしているが、たまに鋭い発言をしてくる。紅玉はそれがなんだか当たっているような気がしつつも、頭を振って否定する。
「だからと言って、変態なんて気にする価値もありませんよ!」
バンッ、と作業台を叩き、「ではまた今度!」と言い放ち去って行ってしまった。
残されたヘザーは、
「ほほぅ、あのほんをあそこまで動揺させる
不敵な笑みを浮かべつつ、紅玉との会話ですっかり目が覚めてしまったヘザーは、
「さてさて、面白いことが聞けたし、作業に戻りますかー」
と言って、黙々と資材をいじり始めるのだった。
だがこの時、彼女は後日話題の男と出会うことになるとは今の彼女は知る由もない。
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