10-1
それから、少しばかり時間が経過し、二人はようやく食堂の入口付近へ到着する。
現在は昼。当然大人数の学生が食堂に押し寄せている。食堂の経営者はもちろん学生だ。その為、価格は非常に安い。その上、非常に美味。それもそのはずだ。食堂の経営者は当然料理の神の加護。低価格で凄腕の料理を食べられる為、小一時間待ってでも食べたいという学生で食堂はごった返すのだ。
異常な人数の学生が食堂に流れていく様は、デモや暴動さながらだと陽は思った。
二人はその流れに逆らわずに中へと進んでいく。自分たちが見慣れない顔の為か、強く視線を感じる気がする。取り敢えず無視してしばらく進むと、ようやく食券販売機が見えてきた。
「ついに飯にありつけそうだな……」
販売機に近づくと、その盛況ぶりも鮮明となった。
まず、販売機の数が多い。一本の太い列が十を超える細い列へと分岐し、それぞれの列の先に販売機が存在している。食券を手に入れ、それを窓口へ入れるとものの数分で料理が出てくる。
だが、この大人数を捌いている窓口は予想に反して清潔だ。この様な細かい気配りも人気の理由なのだろうと、
二人は今日、初めて施設を利用する。講義はもちろん、食堂の利用も初めてだ。
ぼーっと並んでいると、二人はようやく食券販売機まであと数人の所まで来た。
だが、そこで二人は思わず立ち止まってしまう。
「……なんだこれ?」
「……恐らく……料理名なんじゃ……ないのか……?」
槌納が漏らした独り言に、同じ疑問を持っていた陽は答える。
画面の先には、――『灼熱から帰還せし使い』『金糸に紡がれし源』『狂乱へ導くもの』……などなど訳の分からない単語が羅列されている。
遂に、目の前に食券販売機が現れ、当然硬直する二人。
たった数秒であったが、後方からは列が動かない事への苛立ちの視線をひしひしと感じる。ここにきて、名前以外が見えない強敵との対峙に焦りを感じる。
「……取り敢えず、幾つか頼んでみるか……」
槌納は、ピッピッと画面を操作し六種類ほど選択し購入しようと紙幣を出す。
「そんなに食べきれるわけがないでしょう。ほんとに人騒がせな方々ですね」
後方から、二人を批判する辛辣な声が飛んできた。
振り向いた先には、男数人を挟んで後方に、見知った顔があった。
艶やかな黒髪に、豊満な胸、脇には昨日同様何かの資料を抱えている。
「ほんちゃん――」
「馴れ馴れしく呼ばないでください。何時その様な仲になったというのですか?」
槌納の言葉をぴしゃりと払いのけた少女は、
先ほどから感じていた視線の正体は彼女だったのか、と陽は納得した。
挟まれていた学生にどうぞどうぞと先を譲り、紅玉と合流する。
「無知なあなた方に説明してあげるわ」
と、突然説明を始める紅玉。
「『灼熱から帰還せし使い』は揚げ物ね、『金糸に紡がれし源』はラーメン――」
意外な行動。二人は顔を合わせるが、人の厚意を無下につき返すほど無粋な真似はしない。
「恩に着るよ」
「カッコつけているの? 普通にありがとうと言えばいいのに」
槌納の感謝に難癖をつけるも、「今回はわたくしが選んであげますよ」と言って、二人の希望を聞き、画面に入力する。やっぱり、普通にいい子だ。
二人は見るからに美味しそうな料理に喉を鳴らし、トレイを持ち上げ、周囲を見回す。空いている席は僅かだったが、槌納が窓際のテーブルを探し当てた。
槌納はせっかくなので、
「ほんちゃんも一緒に食べないか?」
「は――」
よほど衝撃が走ったのか、紅玉は、ビクッ、と身体を揺らしトレイをガシャリとならす。
パクパクと小さな口を開けたり閉めしている。
それから、目尻をきりりと上げる。
「お断りします――」
やっぱりかと呟き、槌納は紅玉に席を譲る。直ぐに手を振って他のテーブルを探そうとする槌納。すると彼女が、
「と、言いたいところですが……今回は貴方達に用があるのでご一緒します。変態とテーブルを囲むのは大変不服なんですよ? 仕方なくですよ、仕方なく……」
「本当に⁈ 本当に良いのか⁈」
槌納は興奮したようにそういうと顔をぱぁっと明るくする。そして、テーブルにトレイを置くと「どうぞどうぞ」と紅玉に両手で席を勧めた。
紅玉は槌納の勢いに戸惑いつつも、「仕方なくですからね」と再度念を押して、槌納とその隣に座った陽に向かい合うように座った。
席に着くと、槌納はよほど腹が減っていたのか、いただきます、と言ってチキンにがっつく。
陽もお手並み拝見、と手をスリスリと合わせ、さっそく食べようと皿を見る。ふと紅玉の用を思い出して気になり、ちらりと一瞥する。
なぜか彼女はご飯に手を付けず、槌納の事を何度も盗み見ている。陽は面白そうにそれをしばらく観察していた。
紅玉はしばらくして、陽の視線に気づくと、慌てて視線を料理に戻しグーでフォークを握りパスタを握りこぶしくらいに丸めて無理やり口に入れる。
当然のように、キャパオーバーした紅玉はゲホゲホとむせてしまう。なんとか飲み下そうと、水を一気に飲み干し、異物を流し込んだ。
紅玉のドタバタを見て十分満足した陽は、
「早速だけど紅玉さん。用ってのはなんだ?」
ようやく息を整え終わった紅玉が話始める。
「そうでしたね」
と言って、自分の携帯端末を取り出す。機械音痴なのか慣れない手つきで操作している。
「昨日言っていた決闘の内容を考えて来ました。これで良ければ、生徒会に提出しようと思うのでこちらにサインを頂けませんか?」
二人は画面を覗き込み確認する。画面には――
・此の決闘は、槌納大地と陽紅玉の一対一で行うものとする。
・勝利判定は、一方が戦闘不能と生徒会の審判に認められた時、他方を勝利とする。
・持ち込み可能な武器は一種類のみとする。
二人は槌納のみが対戦することに、疑問を持つも、不利にならない点を探し出そうとする。
しばらくすると、
「陽さんには申し訳なく、また自分勝手な申し出だとは理解しているのですが、わたくしにはこの変態を自ら懲らしめる義務があると考えています。今後あの様な事を起こさない為に……」
しばらく考え込む二人。すると、陽が、
「……昨日の今日で内容を考えてくれたことに感謝するよ。見たところこちらに不利な条件も無さそうだし。これは、こいつと紅玉さんの問題だ。だから、俺から口出しすることはないよ」
それを聞いた紅玉は、ほっとした表情を見せ、槌納に顔を向ける。
「俺とほんちゃんがガチンコで戦うって事だろ? んまー、それはいいんだけど、ほんちゃんみたいな女の子を傷つけるのはちょっとな……」
言われた紅玉は一瞬考えた後直ぐに、
「それでしたら、『
「それはいいな、服はほんちゃんが作るのか?」
「まあ、それくらいなら大した負担ではないですし……」
「サンキューな。一応だが服は生徒会にチェック入れてもらっていい?」
「それは当然です。というか……さっきから聞いて入れば馴れ馴れしく……まあ、いいです。貴方みたいな、単細胞変態野郎には言ってもしょうがないですね」
すると、紅玉はいつの間にか食べ終わっていたらしく、「用は終わったのでこれで」と言って、立ち上がる。
槌納がふと、テーブルに視線を移すと、紅玉が机に広げていた資料が置き去りにされていることに気付く。
「おーい、ほんちゃん、忘れ物ー」
その声を聞いた紅玉は自分の腕の中に資料がないことに気づき、少し顔を赤らめて戻ってくる。
槌納が資料を取ろうとすると、
「変態の手は借りませんから。自分で取りますよ!」
丁度窓の下辺りに置いてあった為、紅玉は片手をテーブルにつきもう片方の手を伸ばして取ろうとする。
ここで、未だ紅玉は自分の姿勢と周囲の状況の関係を失念したというミスに気付いていない。
この場所は、大繁盛している食堂。つまり、通路は大渋滞している。そんな中、不安定な姿勢で手を伸ばす紅玉。この後に何が起こるかは言うまでもない――
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