3

 その数時間前のこと。

 二人は会長の部屋に呼び出された。

その部屋には、天然の木材が使用された重みのある執務机に、高級そうなソファー、棚や壁には様々な美術品が飾られている。いかにも、といった部屋だ。

 朝方、そんな生徒会室中央のソファーで、二人――みなみ槌納いぬいは驚きを隠せない様子だ。

団体戦闘チームコンバットが十一クラス中最下位の『Ω』……だと?」

 陽が思わず声をもらし、握りしめた紙はいわゆる配属先の通知書だ。現在の二人の評価をまとめた書類が付属している。

 学院に来る以前、第一層で行われた複数の試験や検査の結果が返ってきたようだ。

陽世鷲みなみせいしゅう、身体能力A、魔術操作能力(不明)、情報処理能力A、分析力S、―前世記憶メモリー解放量F、転生形式リンカーネーションモダリティ神の信託を受けしものエムフィスティスニ】』

槌納大地いぬいだいち、身体能力S、魔術操作能力(不明)、情報処理能力B、分析力A、――前世記憶メモリー解放量F、転生形式リンカーネーションモダリティ神の信託を受けしものエムフィスティスニ】』

 二人の成績は申し分なく、むしろスペックはかなりのモノだ。だが、配属先は団体戦闘チームコンバットが万年最下位の『Ωオメガ』。

「――とりあえず、説明をお願いしたいかな? 何故貴方のいる『Αアルファ』では無いにしろ、俺らが最下位の『Ω』なのかを……戦場神一いくさばしんいち会長?」

 陽にそう問われ、その問いが当然返ってくることが分かっていたかのように、会長――戦場は即答する。

 「理由は一つ君らが【神の信託を受けしものエムフィスティスニ】だから。それのみだ」

 この回答が来ることを予測していたのだろう。観念したのか、溜息を吐いた槌納は、

「ぶっちゃけそれしか理由ないですよねー。まあ、それ以外の回答が来るんだったらもう少し言いようはあったんですけど……」

「はっはっは! 俺を試したのか? つまりは、指揮官としての技量を計ったわけだ!」

「まあ世鷲もわかっていて質問したわけですしね。それと、会長を試すような真似をしてすみません!」

 深々と頭を下げる槌納と同時に、陽も頭を下げる。

「いいってことだよ!この学院は実力主義だ。部下が上官の技量に探りを入れるのは当然のこと。とりあえず、頭を上げてくれ!」

 二人の対応に戦場は、かかか、と一笑し許容した。

「二人にはすまないが、この結果が現実だ。【神の信託を受けしものエムフィスティスニ】に加え、前世記憶の解放量がF。つまり、誰の加護がついているのかも分からない。しかも、全く思い出していない君らには象徴武器スィンヴォロオプロ・固有能力がないというディスアドバンテージを抱えている。これは、他の能力値以上に重要なことだ」

 戦場は二人に対し、残酷な現実を突きつけた。また、ふぅと息をつくと、

「それに、『Ω』も言うほど悪くはは無いぞ? 確かに団体戦闘チームコンバットはいつも初戦敗退だが、優秀な人材も沢山いる。あまつさえ個人技なら学院屈指の実力者もいるしな。クラスの魅力は団体戦闘チームコンバットだけではないことだけ念を押しておく」

「それは重々理解してるさ。寧ろ、正当な評価感謝するよ。それでこそやりがいもある」

 そう言った陽は、一呼吸置き戦場に問いかけ、

「今の状態では、俺らは学院同士の威信を賭けた舞台である代表戦にはでることは不可能か?」

「もちろん、そうなるな」

「当然、前世記憶の解放が正規ルートだが、恐らくそれはかなりの時間を要することになる。これは避けられない事実としてあっているのか?」

「まあ、そうだな。早い者でも完全開放には数年かかる。――移動の時間が来たようだ。話はまた別の機会ということでいいな」

「ちょっとまってくれ、あと一つ質問がある。生徒会長としての意見をご教授願いたい」

「いいだろう」

「今年の代表戦に出るには、どうすればいい?」

 心ならずも、戦場は動きを止める。戦場が返答する間もなく、陽が続ける。

「先ほど確認したように、俺ら二人は確実に代表戦には出ることは不可能だ。しかし、次の代表戦は四年後。それまで、唯ひたすら訓練に励むと言うのは性に合わないんでな」

透かさず槌納が続け、ナオスを揶揄するように言った。

「自慢じゃないが、四年も有れば俺らが代表になれる可能性は十分に高いと思うんだよ。でも、それじゃぁ遅い。それに、今まではナオスが代表戦首位を独占していたみたいだけど、前回の試合を見るに、下手すれば今年は危ないんじゃないんか? 確実に他学院の伸びが段違いだ」

 ぎろり、と戦場の眼光がこちらを刺す。

「前回の代表戦最終戦の結果は、9対0で我々の圧勝だった」

「代表戦は団体戦だ。しかし、団体戦といえども前回の形式は、個人戦闘の勝ち抜き戦形式。つまり、最初に出た戦場さん――アンタが全部勝ったってだけの話だろ?」

 槌納は即答した。

「それに、戦場さん。貴方は圧倒的武力を見せつけて勝ったというのは言うまでもない。それでも、かなりの重傷を負ったようだが?」

「一番のミスは、他学院の実力の伸びを見誤り、最終的にアンタの奥の手を見せたことだろ?」

陽、槌納と次々と戦場に畳みかける。

戦場は眉一つ動かさず、

「あれは、現時点で誰一人と攻略は不可能だ。そして、現在進行形で進化し続ける。」

「そんなんだと、今年の代表戦は負ける。これだけは確信しているよ」

槌納は戦場の返答に対し間髪入れずに言い返した。

「俺たちに言われるまでもなく分かっているんじゃないか? どう見ても、貴方の行動からはそれが滲み出ている。それはな――」

と、陽は前回の代表戦の分析を語り始めた。

「まず初めに、前回の代表戦で貴方が初戦から出ている時点でおかしいことに気づいた」

「アンタは学院の象徴、つまり王将だ。普通に考えて、終盤に出るだろ?」

陽に続き槌納も言う。そして、陽の分析が続く。

「貴方は、相手が他のメンバーに対し、確実に倒しうるであろう対策がとられていることに気づいたんじゃないか? 下手をすれば貴方以外全てのメンバーが敗北を喫する可能性を感じ取った。そうなればナオスの天下や、学生たちからの信用は落ちるだろう」

「アンタは前回の最終戦の戦闘前に『圧倒的力を見せつけよう』なんて言ってたが、どう考えてもアンタが初戦から出る真意を隠すためだろうな」

「結果的には貴方は奥の手を見せた。確かに貴方の奥の手は、成長次第で威力・射程が共に増す破壊の塊のようなものだ。だが、そもそもそれを見られた時点で解析が可能だろ? つまり対抗手段を教えたようなものだ。つまり、学園最強の最強が封じられる可能性が見えたわけだ。奥の手は、分からないことが最強の牽制だからな」

「――これが、敗北に繋がる要因だよ」

「簡単に言って、ナオスの代表戦メンバーにはもう確実と言える勝利はない」

陽、槌納と二人は、それなりに成長した小学生ですら理解できるような説明をした。

戦場はピクリと方眉のみを上げる。暫くの間無言で二人を見つめていた。ようやく彼が二人に放った言葉は、

「……代表戦はこの学院内で行われる戦闘とは訳が違う。ルールがあるとはいえ、魂を賭けたどつき合いをするんだ。生半可な実力・覚悟じゃ命を落とすことになるぞ」

「「なら……勝てばいい」」

 陽と槌納が揃えて即答する。

 戦場は驚いたようだ。鋭い眼が二人を値踏みするように二人の間を交互に動く。

「なぜ、今回の代表戦にこだわる? 先ほども君らで言っていたように、二人の実力なら次回以降の代表戦にはかなりの確率で出られるはずだぞ?」

「決まっている、今回の代表戦で活躍できるのが一番カッコいいからだ」

 槌納の予想外過ぎる返答、そして、隣で聞いているはずの陽がそれに対して、ニヤリ、と笑みを溢す。

戦場は切れ長の眼を最大限丸くする。

「そんな、子供じみた感覚で代表戦に挑まれては困るな」

「アンタにとって、俺らはガキにしか見えないんだろうけどな……だけどよ、最後までガキの頃の夢を持ち続けられる奴が一番強いと俺は思うぞ?」

「……陽、お前はどうなんだ?」

「残念ながら戦場さん。貴方の喜ぶ方の答えではないんですよ。恥ずかしながら、こいつと同じ考えですね」

戦場は左手で軽く顔を隠し、俯く。

「――ふっ」

二人は何を言い出すかと、考えを探るように戦場を見据える。

「ふはははははははは! いやー、君たちは何て面白いんだ⁈ すまんすまん、悪気があって笑っているわけではないんだよ! 予想の斜め上、いや、百八十度違う回答をしてくれるなんてな! いやはや、君たちを招待したのはやはり間違いじゃなかったわけだ!」

二人は戦場の態度に驚くどころか、額を青ざめさせ、ドン引きする。

そんな二人の態度などいざ知らず、ふぅ、と深呼吸して、

「――これはあくまで俺の持論なんだが参考程度にはなる話がある」

と、戦場が喋り始めると二人の周囲はピリピリとした雰囲気が立ち込む。それに加え、無言で戦場を見つめ返した。

二人の沈黙をどうとらえたものか。ややあって、

「代表戦とは、あくまで期間内における各学院の最強同士がぶつかり合い、学院間の優劣を決める争いだ。それは、我々ナオスに於ける最強を選考しなければならない事も意味する。またナオスは徹頭徹尾実力主義。万一のことだが、君たちが加わることで、団体戦闘チームコンバット万年最下位の『Ω』が大快進撃でもしたり、君たちが学術発表コンペティションでの優秀な発表を残すなどと、代表戦メンバー選考前に行われるイベントで何か結果を残せるのならば」

戦場は二人に身体を寄せ、耳元で囁くように言った。

「我々生徒会は暫定のメンバーを変える必要があるかもしれんな」

「……貴重な話、感謝する」

「俺が思うに、再選考に至るイベントは十分にある。俺を楽しませてくれよ?」

含みを残した言い方をし、時計に目をやる。

「おっと、もうこんな時間だ。君たちのクラスメイトを待たせてしまっているようだ。では、移動しようか」

「最後に俺らから頼みがあるんだが……」

戦場を制し、槌納が言う。

「俺らがこれから起こす一切を容認してくれないか?」

「――いいだろう。俺を楽しませた今回のお礼としようか。君たちの行動の一切を容認する誓約書でも発行しよう」

と戦場が言うと、若干高級そうな羊皮紙に羽ペンでサラサラと許可内容とサインを綴った。

「これを持っていれば、俺が止めない限り君らの行動を止めさせる事はできない。だが、過ぎた真似をするのであれば、当然止めに行くぞ?」

「ご厚意に感謝するよ。まあ、常識の範囲内でやらせてもらうぜ」

槌納は戦場から誓約書を受け取る。

「さあ、いこうか! 君たちの新たな幕開けだ!」

戦場は陽・槌納と共に生徒会室を後にする。

二人は、先の会話から戦場を変人だと思った。しかし、それ以上に手強い人間だと評価した。

口では現状の二人の能力を代表戦不適格と言いながらも、二人の考えを頭ごなしに否定はしない。本当に不可能と考えるのであれば、二人に対し意見を言う必要はない。

 陽は戦場の後ろを歩きながら、コソコソと槌納に話しかける。

「ともかく、俺らがクラスの中心にいなければ活躍の機会はなさそうだな」

「んじゃ、乗っ取っちゃうか?」

槌納の意見を聞いた陽は、含みを持った表情をする。

「気が合うな、相棒!」

「だからこそ、今までも組んできたんじゃんか」

「とりあえず、クラスの件に関しては考えがあるから一任してくれないか?」

「お前がそう言うなら、もちろん認めるに決まってるだろ」

無言で向き合い、二人は拳を交わす。

戦場が遠くでこちらを見ている事に気づいた陽は、

「おっと、会長が待っているじゃないか」

 話に夢中で足を止めていた二人は慌てて戦場の所まで走っていく。

「早速会長を待たせるとは、マイペースすぎだな」

戦場は少しばかり、呆れた表情をする。

「アンタを楽しませる相談をしていたんだぞ?」

槌納が答えると、やれやれ、という素振りをして言う。

「最後の一つ。君たちがやろうとしていることは過去に前例がない。しかも、二人は【神の信託を受けしものエムフィスティスニ】だ。当然バカにはされるだろうよ。会長という中立の立場故、応援はせずとも多少の期待はしている」

そう言い残した戦場は二人を連れ、校舎の方へと足を運んだ。

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