トラベルキジトラー

「あっ!!」

 俺は、がちゃがちゃになった机の中から、とんでもないものを発掘した。

「大和!パスポート持ってねぇだろ!?」

「え」

 大柄の相棒は少し体を捻って、ショルダーバッグの中を確認しているが、こちらがパスポートをみせると照れ笑いをしていた。

「いやぁ、なんでそんなとこあるんやろね」

「昨日のうちに入れとけって!危うく飛行機拝むだけだったわ!」

「それは、困ったもんだわ」

 ありがと、と渡した冊子を、ズボンの後ろポケットに滑らせる。

「そういうとこ!」

「え?」

「落とすだろ!バッグの中に入れろ!」

 きょとんとした顔でこちらを見られても困るし、出来れば出発ギリギリだから動いて欲しい。少しでも早く。

「はぁ、冬也は細かいなぁ」

「危機管理!」

 ウエストポーチを引っ張れば、ハイハイとそちらに手が動く。

「冬也やって、昨日までどこ回るか悩んで寝落ちしよったやん。なんで決めきらんの?」

「いいところを少しでも逃したくないだろ、あと忘れ物ないか?」

 数々のパンフレットを跨ぎながら、服を着替える。


 男二人で海外旅行に行くと決めて、三か月は立っていた。

「旅行は初めてですか?」

 さっぱりとして綺麗なお姉さんに、大和は大きく頷いていた。

「1回は海外行っとかな、野垂れ死んだとき後悔しそうで」

「野垂れ死ぬ世の中じゃねぇし」

「わからんよ、犬き噛まれて倒れたらどうするん」

「面白いですね」

 面白くなさそうな笑顔の接待なのに、大和は大真面目だった。いつも気の抜けた事ばかり言うけれど、コイツはいつも大真面目だ。

「どちらをご予定ですか?」

「それが、行こうと思ってここに来て、全く決めてないんです」

 俺は恥ずかしさが勝って、声が小さくなる。するとお姉さんは、営業カラーをきっちりと被って、カラフルなパンフレットをいくつも用意してくれた。いい所おすすめポイント季節のおすすめと、全て聞いていくと絞れなくなっていき、頭が混乱してくる。

「とりあえず、とりあえずパンフレットだけください」

 そう言って貰える分だけもらって、大事に抱えて持って帰ってきた。

「冬也はホントに海外行きたいん?」

「だからこうやって貰ってきたろ」

 台湾、上海、フィリピン、東南アジア、トルコ、エジプト、ベルギー、イタリアフランススペインドイツイギリスからの、デンマークフィンランドノルウェーカナダアメリカメキシコブラジル

「節操がないやん」

 ぺらぺらめくっていると、大和は大きなため息をついた。俺は手を止める。

「初の海外旅行だから、これくらいしてもいいだろ」

「でも、まるで目的が見えんよ。絞らんと、迷うだけやろ」

「じゃあ、大和はどこがいいんだよ」

「アステカ」

「え?」

「アステカ王国。南米メキシコの」

「……滅んでない?」

「冬也はロマンが足りんなぁ。インカとアステカとエジプトには面白いくらい良いものが眠っとるんよ」

 お気に入りのクッションを抱きしめて、大男はニヒヒと笑った。そこまで自慢げに言われると、特に異論はなく、調べてみると日本からの直行があるわけでもない。30時間もの空の旅に少し怖気づき、

「初にしては、大きすぎないか?もうちょっと近場で」

「そんなん、欧米行くのと大して変わらんと思うんやけどね。ほんでアステカ王国にはな」と豆知識を披露してきて、だんだん多少歴史にも詳しくなった。

「ちょっと調べるわ」

「おー頑張りぃ」

「お前も見たいとこ調べとけよ」

「空気吸えたらそれでいいから」

 そのまま、バイト行ってきますと着替えて家を出ていく姿にため息が出る。

 最初からアステカもとい南米と言ってくれればこんなことにはならなかったはずだ。そう思いつつ、パソコンとにらめっこしながら、ピラミッド跡地やらピックアップしていく。

 俺は現地の食べ物などを調べたり仕事をこなしていたが、言い出しっぺは、アステカアステカと言うだけで荷造りをおざなりにしており、前日になって何も進んでいないことが発覚した。

「俺も悪い、俺も荷物は油断してた」

 昨晩から適当に詰め込んで、とりあえず飛行機だ。

「酔い止めいるやろか?」

「持っていってくれ」

 時間を見るために朝のテレビ番組をつけて、必死にキャリーを玄関へもっていく。

『それでは、今日の占いです』

 パッとテレビのBGMが変わって、背中から声がした。

 振り返ると完全に手を止めた冬也と、画面の赤い縁取りが見える。まったく関係のない星座が堂々と飾られていた。占いは好きだけれど、今は画面から目を離して、必要なものが落ちてないか探していく。

「なぁ、出てこんよ」

「何が」

「俺ら」

「そんなもんに振り回されてないで、とりあえず動け」

「あ、きた」

 画面を指さされて、見えたのは何行もの中にまぎれた射座だ。

『時間がなくなりアタフタ……ラッキーアイテムはぬいぐるみです』

「当たっとるわ」

「笑ってるなよ、現実を見ろ、動け」

「まだ!まだ冬也出とらん」

 画面が紫色に染まる。まさか、と凝視してしまった。

『最下位は、おとめ座のあなたです』

「冬也!冬也やん!」

 相棒はなぜか大はしゃぎをして、背中をばんばん叩いてくる。

『相手に思っていることが伝わらず、ヤキモキ…』

「当たってる」

「そうなん?」

「大和が動けばすべて解決するから、さっさと戸締りしてくれ」

『そんなツキを回復させるラッキーアイテムは、キジネコです』

 大和は少し神妙な顔をした後、テレビを消してカーテンを閉めた。


 朝から住宅街にキャスター音が、二重奏を奏でている。

「なぁ」

「どうした、忘れ物ならまだ間に合うけど」

「いや、ネコ」

「いやねこ?」

「ちがう、猫。キジ猫連れてこ?」

「……は?」

 ガラガラという音が少し遅くなる。冬也が神妙な顔で俺を見てくる。

「今日俺ら占い低かったやん」

「うん」

「航空機落ちるやもしれん。キジ猫連れていこ」

「馬鹿言いな」

 思わず、どこのビックマムかわからない語句が飛んだ。

「そんなんで墜落とか、さすがに酷いわ。酔いが酷くて眠れないってくらいにしてもらわないと困るね」

「でも、俺はぬいぐるみ持って行けとるやん?」

「もって?」

「お気に入りのうさちゃん。連れてきたわ。もともと一緒に行く予定やったからいいんやけど」

「待て待て、うさちゃん持ってきた?」

「うん。旅行には、一緒にいきたいと思ってて、カバンに一番に入れてた」

「パスポートとか、あるだろ……」

 ファンシーすぎる。ニコニコ笑いながら、ピンク色の耳の長いぬいぐるみを、あの中に詰めていたのか。

「んでも、冬也のラッキーアイテム、猫ちゃんやん?」

「まだ続いてたのか」

「本題やよ!なぁ、連れて行かれんかな」

 言い出すことが突飛ない。そう言い始めると、コイツはソワソワしだした。

「近所のねこちゃん連れていこ」

「まだ眠いならコーヒー買ってやるから」

「ほら、新入りのキジちゃん。おめめくりくりしてて、人懐っこくて、もしかしたら招き猫かも」

「野良猫の把握までしてんのか。暇なのか」

「ご近所付き合い大切よ?」

「猫はご近所付き合いに入らないだろ」

 それに、と時計を見ながら続けた。

「人間以外の生き物を乗せるには専用の手配が必要なんだよ」

「え、そうなん」

「一般常識だよ」

 タクシーを捕まえるか、バスに乗るか。あの信号を抜ければ、大通りだ。

「ほら!噂をすれば、キジちゃん!」

 隣にいた大男が、急に視界から消えた。振り向くとキジ猫をなでながらこちらを見てくる。

「おい、間に合わないから」

「なぁ、とりあえずキャリーケースに乗せるから、キャリー支えとって?」

 被せるように大和は言う。

「マジで正気か」

「正気やよ。ほら、押さえといて」

 有無を言わさぬまま、キジ猫を持ち上げてこちらに近づいてくる。猫は全く嫌がっていない、むしろこちらを得意げに見ている。

「まさか、お前らグルなのか!?」

 怖くなって、思わずキャリーの胴体を押さえておく。

 優しくキャリーケースの上におろされると、キジ猫は待ったく動じることなくちょこんと香箱になって、俺を見上げた後に大和を見る。

「マジでグルだろ!?」

 大和はすかさずスマートフォンを取り出した。

「キジちゃん、こっち向いとってな。ほら、冬也ガラガラ持って!」

「持つ!?」

「取っ手!!持って歩く格好して!!」

 あまりの気迫に、おもわず取っ手を持つと、カシャリと音がなった。画面を確認している大和を見たあと、キジ猫さんは何事もなかったように地面へ飛び降り、大和はキャリーケースを持ち直して、ガラガラ進んでいく。俺は呆然としたままだったが、大和の姿を見て我に返った。一緒に歩き出す。

「俺ら息ぴったりやろ。ほら」

 スマートフォンの画面に、おっかなびっくりした顔の俺とにんまり笑うキジ猫がキャリーケースに乗っている写真があった。

「ご近所付き合い大事やから」

「でも、なんで急に写真なんか」

「これなら、機内に持ち込めるやん」

「……発想力豊かだよな」

「急ご」

 速足で進めば信号が運よく青に変わり、乗りたかったバスに間に合ったうえ、車内でキャリーケースが邪魔になることもなく、ストレートに空港へ着いた。

 大和のパスポートは無事に通り、飛行機を待つロビーで一服する。

「奇跡かよ」

「あなどれないねぇ、ラッキーアイテム」

 機内に積む手配の時に、この男は本当にウサギのぬいぐるみを持ってきていることを知った。

「ほれ」

「何」

「今日の記念写真」

 に、と笑う大和にため息をつきながら、いい角度で取れている猫とキャリーケースをまじまじと見ていた。

 ポーンとゲートに呼ばれる前、目の前のテレビのテロップが変わる。

『先ほど入ったニュースですが』

「あ、あっこの通りやん」

 ロビーのテレビにトラックが信号機に突っ込んだ映像が流れた。急に冷や汗が出てくる。

 今日の運勢だと俺はこのトラックに間違いなく引かれていただろう。キジ猫は、やっぱりこちらを見て微笑んでいた。

「ツキ回復されたなぁ」

「……保存しとこ」

「トラベルキジトラーって送っといたから」

 大和は呑気に行った。

「アステカにはどんな占いが待っとるんやろな」

「もうやめてくれ」

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