トラベルキジー
「あっ」
荷造りがうまくできず、がちゃがちゃになった机から発掘した。
「大和!昨日のうちに準備しとけって言ったろ!」
「え」
大柄の相棒はショルダーバッグの中を確認しているが、こちらが証明書をみせると照れ笑いをしていた。
「笑い事じゃないだろ。危うく飛行機拝むだけだったわ!」
「それは、困ったもんだわ」
ありがと、とズボンのポケットに入れていた。
「そういうとこ!」
「え?」
「落とすだろ!バッグの中に入れろ!」
「はぁ、冬也は細かいなぁ」
「危機管理!」
男二人で海外旅行に行くと決めて、一か月は立っている。さっぱりと綺麗なお姉さんから、カラフルなパンフレットをいくつももらった。台湾、上海、フィリピン、東南アジア、トルコ、エジプト、ベルギー、イタリアフランススペインドイツイギリスからの、デンマークフィンランドノルウェーカナダアメリカメキシコブラジル
「節操がないやん」
ぺらぺらめくっていると、大和は大きなため息をついた。俺は手を止める。
「初の海外旅行だから、これくらいしてもいいだろ」
「でも、まるで目的が見えんよ。絞らんと、迷うだけやろ」
「じゃあ、大和はどこがいいんだよ」
「アステカ」
「え?」
「アステカ王国。南米メキシコの」
「……滅んでないですか?」
「冬也はロマンが足りんの。インカとアステカとエジプトには面白いくらい良いものが眠っとるんよ」
お気に入りなのか、クッションを抱きしめて自慢げに言われると、特に異論は起きなかった。調べてみると日本からの直行があるわけでもない。30時間もの空の旅に少し怖気づきそうだったが、大和があまりにも「アステカ王国にはな」と豆知識を披露するおかげで、多少歴史にも詳しくなった。しかし言い出しっぺはアステカアステカと言うだけで荷造りをおざなりにしており、前日になって何も進んでいないことが発覚した。適当に詰め込んで、とりあえず飛行機だ。
時間を気にするために朝のテレビ番組をつけて、必死にキャリーを玄関へもっていく。
『それでは、今日の占いです』
パッとテレビのBGMが変わって、赤い縁取りが見える。まったく関係のない星座が堂々と飾られていた。占いは好きだけれど、今は画面から目を離して、必要なものが落ちてないか探していく。
「なぁ、出てこんよ」
「何が」
「俺ら」
「そんなもんに振り回されてないで、とりあえず一秒でも早く」
「あ、きた」
画面を指さされて、見えたのは何行もの中にまぎれた射座だ。
『時間がなくなりアタフタ……ラッキーアイテムはぬいぐるみです』
「当たっとる」
「笑ってるなよ、現実を見ろ、動け」
「まだ!まだ冬也出とらん」
画面が紫色に染まる。まさか、と凝視してしまった。
『最下位は、かに座のあなたです』
「冬也!冬也やん!」
相棒はなぜか大はしゃぎをして、背中をばんばん叩いてくる。
『相手に思っていることが伝わらず、ヤキモキ…』
「当たってる」
「そうなん?」
「大和が動けばすべて解決するから、さっさと戸締りしてくれ」
『そんなツキを回復させるラッキーアイテムは、キジ猫です』
大和は少し神妙な顔をした後、テレビを消してカーテンを閉めた。
朝から住宅街にキャスター音が、二重奏を奏でている。
「なぁ」
「どうした、忘れ物ならまだ間に合うけど」
「いや、猫」
「いやねこ?」
「ちがう、猫。キジ猫連れてこ?」
「……は?」
ガラガラという音が少し早くなる。
「今日俺ら占い低かったやん」
「うん」
「航空機落ちるやもしれん。キジ猫連れていこ」
「馬鹿言いな」
思わず、どこのビックマムかわからない語句が飛んだ。
「でも、俺はぬいぐるみ持って行けとるやん」
「もって?」
「お気に入りのうさちゃん。連れてきたわ。もともと一緒に行く予定やったからいいんやけど、けど冬也はぬいぐるみやなくて、猫ちゃんやん」
言い出すことが突飛ない。
「近所のねこちゃん連れていこ」
「まだ眠いならコーヒー買ってやるから」
「ほら、新入りのキジちゃん。おめめくりくりしてて、きっと良いことつれてきてくれる、そうや招き猫かも」
「人間以外の生き物を乗せるには専用の手配が必要なんだよ」
「え、そうなん」
「一般常識だよ」
腕時計を見る。タクシーを捕まえるか、バスに乗るか。
「ほら!噂をすれば、キジちゃん!」
隣にいた大男が、視界から消えた。振り向くとキジ猫をなでながらこちらを見てくる。
「なぁ、とりあえずキャリーケースに乗せるから、支えとって?」
「正気かよ」
「正気やよ。ほら、抑えといて」
有無を言わさぬまま、キジ猫を持ち上げてこちらに近づいてくる。猫は全く嫌がっていない、むしろこちらを得意げに見ている。
「お前らグルなのか!」
持っているキャリーケースの上におろされると、キジ猫はちょこんと香箱になって、俺を見上げた後に大和を見る。大和はすかさずスマートフォンを取り出した。
「キジちゃん、これ初めてやろ。ガラガラ言うんやで。ほら、冬也ガラガラ持って!」
「まじかよ!こいつ逃げるだろ⁉」
おもわず勢いよく取っ手を持つと、カシャリと音がなった。猫さんは何事もなかったように地面へ飛び降り、大和はキャリーケースを持ち直して、ガラガラ進んでいく。
「今のなんの儀式」
「俺ら息ぴったりやろ。ほら」
スマートフォンの画面に、おっかなびっくりした顔の俺とにんまり笑うキジ猫がキャリーケースに乗っている写真があった。
「これなら、機内に持ち込めるやん」
「……発想力豊かだよな」
「急ご」
速足で大通りに出る。信号が運よく青に変わり、バスに間に合ったうえ中でキャリーケースが邪魔になることもなく、ストレートに空港へ着いた。大和のパスポートは無事に通り、飛行機を待つロビーで一服する。
「奇跡やん」
「ほんとだよな」
機内に積む手配の時に、この男は本当にウサギのぬいぐるみを持ってきていることを知った。
「ほれ」
「何」
「今日の記念写真」
に、と笑う大和にため息をつきながら、いい角度で取れている猫とキャリーケースをまじまじと見ていた。
『先ほど入ったニュースですが』
「あら、交通事故やって」
ロビーのテレビにトラックが信号機に突っ込んだ映像が流れた。
今日の運勢だと俺はこのトラックに間違いなく引かれていただろう。
「ツキ、回復されたな」
「よかったなぁ、冬也」
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