第30話 セイラの目的

「おそらく、あの子達はまた来ます」


 セイラが前を見ながら、そう言い出した。


 オレ達は朝食を済ませた後、昨日同様、馬に乗って移動を開始していた。

 街道はあいかわらずオレ達以外の人の通りは全く無い。

 オレは馬に揺られながら、セイラに確認したい二つのことについて、どう切り出そうかと考えているところだった。


「……あの子達というのは、あの兎人族と猫人族の少女達のことですか?」

「はい」


 オレの問いに、セイラは頷いて肯定した。


 どうやらセイラは、確信を持っているかのように見える。

 でも、その根拠は何だろう。


 昨日オレは、二人にとどめを刺さず見逃したが、特にあのラヴィの様子を見ると、もうオレに挑んでくるようなことはしないんじゃないかと思う。


 オレの思い過ごしかもしれないが、彼女たちは自分達の方が強いと思い込み、負けるはずがないと考えて、オレと戦っていたように思える。二人がかりではなく、最初ラヴィ一人で戦っていたことからしても、その考えは間違っていないと思う。


 つまりあの二人は、自分たちが負けて、殺されるかもしれないということを全く考えていなかったんだ。だから、いざ戦いに負け、殺されそうな段階になって、あのような命乞いになった。


 もしまたオレに殺し合いを挑めば、今度こそ死ぬかもしれないと十分認識できたハズだ。だから、もうオレ達の前に顔を出すようなことはしないんじゃないかと思っている。


 でも、セイラには違う考えがあるらしい。

 それは、一体なんなのだろう……?


「何故、そう思うのですか?」

「それは、おそらく彼女たちは、カミーリャン商会の《黒蜂》だからです」

「その《黒蜂》というのは?」

「カミーリャン商会の闇の部分を担当する者たち、と言えばトーヤ様にはお分かりいただけるのではないでしょうか」


 ああ、そういうことか。

 なんとなく分かる。


 要は表立った活動をできない仕事を請け負う者たちってことか。

 例えばそのカミーリャン商会とやらにとって不利益をもたらす者の排除とか、合法的に処理できない問題を非合法的に処理するとか、そういう類の仕事を生業としている、裏稼業の専門部隊。


 それは分かったが、でも……


「でも、何故彼女たちがその《黒蜂》だと?」

「私、セイラ・アスールが《雷の宝珠》をフルフの町に持ち込もうとしていることを知っていて、それを阻止しようと奪いに来たからです。それは、カミーリャン商会にとっては非常に不都合な事でしょうから」


 セイラの口から《雷の宝珠》の名前が出てきた。

 オレが確認しておきたかったことと、話が繋がっているかもしれない。

 そう思い、オレはセイラに話の先を促した。


 セイラは一度大きくうなずくと、前の方を見つめながら話し始めた。


「カミーリャン商会は、フルフの町を中心に、ここ数年ほどで大きく成長した商会です。その急成長の一因には《黒蜂》と呼ばれる者たちの存在があるでしょう。表立っては、各地を巡り様々な情報を集めたり、または荷運びの護衛をするための存在、とされていますが、実際にはそれだけではなく、カミーリャン商会に敵対するもの、不都合なものをことごとく排除してきたと噂されております。実際、以前フルフの町で活動していた商会の関係者が次々に襲われて命を落とす事件が起こったり、カミーリャン商会に逆らった村などが、正体不明の盗賊に襲われたりなどということもありました」

「そのようなひどい状況に、領主は全く動かなかったのですか?」


 オレは、この世界での警察のような治安維持機構について詳しくは知らない。

 だが、その土地を治める領主には、治安維持の責任があるはずだ。

 いわゆる高貴なる義務、ノブレス・オブリージュと呼ばれるものだ。


「父の話では、もちろん当初は領主様もいろいろと調べてくださっていたそうです。ですが、決定的な証拠は一切出て来ず、捕らえるまでには至らなかったそうです。そして五年ほど前、その調査も急に終了するということになりました」

「それは、何故?」

「表向きには、一連の事件はカミーリャン商会とは一切関連がないものと結論付けられた、とか」


 セイラがここで一旦口を閉ざした。


 だが、表向き、とわざわざ断りを入れるくらいだ。

 他に理由があると、少なくともセイラは考えているのだろう。


 オレは黙って、セイラが先を話すのを待った。


「……その頃、カミーリャン商会から領主様に貢物があったそうです」

「貢物?」


 それはつまり、賄賂、という事か?

 賄賂を贈ることで、領主にこれ以上追及されないよう、手を打ったという事か。


「領主様の誕生日を祝う夜会で、カミーリャン商会から贈られたものだそうです。それは、とてもとても珍しい宝珠だとか」

「宝珠……」


 その言葉に、とある宝珠のことがオレの頭をよぎる。


 まさか……


「……《雷の宝珠》です。領主様も、それはもう大層喜ばれたそうです」


 そういうことか。

 だいたい読めてきた気がする。


「つまり、その《雷の宝珠》は実は偽物だったわけですね。領主様は騙されていることにも気付かず、貢物という名の賄賂で追及の手を緩め、その後、カミーリャン商会は大手を振って好き放題始めたと」

「はい。ですが、それが偽物だと私たちが知ったのはつい先日のことです。とある筋から、本物の《雷の宝珠》が見付かったと知らせを受けました。高名な賢者様にも鑑定していただき、間違いなく本物の《雷の宝珠》だと。そうしてようやく私たちは、領主様に贈られた宝珠は偽物だったのだと気付いたのです」


 リオの解析でも、セイラが持っている宝珠は本物だと断定できる。

 お粗末でお飾りとまで言われたが、雷の魔法陣が組み込まれていることは確かだ。


「でも同時に、不思議でもあったのです。私が持つ宝珠が本物だとしたら、何故領主様は偽物だと気付かなかったのかと。一度でも試してみれば分かるはずなのにと。ですので、もしかしたら、私の持つ宝珠のほうが偽物なのでは、と疑う気持ちもありました。ですが、その理由は、あの兎人族の少女の言葉によってようやく知ることができました」

「十年に一度しか発動できないから、ということですね」

「はい」


 なるほどね。


 これは確かに、カミーリャン商会も焦るだろう。

 偽物だと知っていたのか、それとも本物だと信じ込んでいたのかは分からないが、本物が出てきてしまったのだから、どちらにしろ領主を騙していたことになる。


 新たに出てきた本物の宝珠が公になってしまうと、もう決して逃れることはできなくなるだろう。そうなる前に、証拠隠滅、もしくは手に入れておいて何かの隙を見付けて入れ替えてしまおうと考えても不思議じゃない。


「カミーリャン商会は、保身のために何が何でも本物の《雷の宝珠》を奪いに来る。そして、それを実行するのは《黒蜂》たち、つまり、あの少女たちだと」

「はい。そう思います」


 そしてオレは、ラヴィと初めて戦ったときに彼女が言っていた、盗賊と似たようなもの、という意味も理解できた。盗賊ではないかもしれないが、やっていることは、確かにそれ程変わりはないだろう。


 しかし、だとしても……


「それでも、本当にあの子達が来ますでしょうか。あれだけの目に合っていながら」

「……あの子達は、もしかしたら、カミーリャン商会に逆らうことができないのかもしれません」

「それは、どういう意味ですか?」


 もしかしたら、いつかリオが言っていた奴隷ということなのか?


「……カミーリャン商会は、フルフの町でいくつかの孤児院の運営を行っているようです。親を失った子供たちの保護や育成、そして将来が有望な若者たちの早期発掘などと言っています。ただ、もしあの子たちがそこの出身だったとしたら……」

「……育ててもらった恩があるから、逆らえない、と?」

「……かもしれません」


 奴隷という意味ではないようだ。


 しかし、この、ただ生きることにも厳しい世界では、保護してもらい成長を助けてもらえるということは、オレが想像するより遥かにずっと恩に感じることなのかもしれない。


 そう思うと、確かに彼女たちが、例え敵わないかもしれないと思いながらも、それでも何かしらの工夫なりをして再度挑んでくることはありえるような気がしてきた。


 例えば最初の時のように大人数を集めるとか、もしくは事前に罠を張り巡らせておくとか。やりようはいくらでもあるかもしれない。


 セイラの言う通り、再び来ることを想定しておいた方がよさそうだ。


 そしてオレは、もう一つの気になることを確認することにした。


「セイラさん。もう一つ聞いておきたいことがあります。何故、キアさんと入れ替わっていたのですか?」

「それは……」


 先程までと違い、セイラは言い難そうに俯いてしまった。

 オレは少し意地悪をしてしまっているのかもしれない。

 今までの話を聞いて、なんとなくその理由は察することができたのだから。


 でも、オレの予想が当たっているのならば、それはこれからのことに関する話だ。ちゃんと確認しておく必要があると思ったんだ。


「セイラさん。あなたは領主様に本物の《雷の宝珠》を見せ、そしてカミーリャン商会を弾劾するつもりなんですね? だから、それまで本物の《雷の宝珠》を奪われない様、万が一を考えてキアさんと入れ替わっていた。キアさんのフリをし、侍女のフリをし、敵の目から逃れるために」

「……その通りです。私は、私は……」


 オレは、|嗚咽(おえつ)する彼女の後ろ姿を見ながら、その肩にそっと手を載せた。


 確認したいことは、これで全て確認できた。

 セイラの目的も分かった。

 彼女を泣かせてしまったことは遺憾だが、あとは、それを成すためにはどうするかだ。


 オレは、セイラの肩に載せた手で、そのまま肩を掴み、そして前を向いて彼女に言った。


「セイラ。もううつむくな。前を向け。キア達のためにも、その目的をちゃんと果たそう。オレも、そのために全力を尽くすから」


 丁寧な言葉遣いも、もう止めだ。

 ここからは、もうハンターの仕事としてじゃない。


 セイラがしっかりと前を見据え、そしてはっきりと返事をした。


「……はい!」


 相手はカミーリャン商会。

 それが、オレ達の敵だ。



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獣耳娘☆クライシス! グランロウ @granrow

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