第29話 雷の魔法陣

 その後しばらく泣いていたセイラは、今は眠っている。

 オレはそっと彼女に毛布をかけてから、たき火の傍に戻って腰を下ろした。


 ああ、そういえば……


 セイラが、何をずっと一人で考え込んでいたかは分かった。

 だが、あと二つ、まだ聞いていないことがあった。

 何故キアと入れ替わっていたのか、そしてセイラが持っていた、あの宝珠についてだ。


 でも宝珠に関しては、もしかしたら、リオが何か知っているかもしれない。


『リオ?』


 オレは、念話で聞いてみることにした。


『……うん?』

『あのセイラが持っていた《雷の宝珠》について、何か知っているか?』

『噂では何度か聞いたことはあったけど、ボクも見たのは初めてだよ。かなり大昔に作られた宝珠みたいだね。あとは、昼間ラヴィが言っていたこと以上のことは、ボクもほとんど知らないかな』

『そうか』


 さすがのリオでも、やっぱ知らないことはあるんだな。

 当たり前なのかもしれないけど。


『でも、実物を見せてもらったからね。解析は済んでいるよ。で、何が知りたい?』

『……はい?』


 解析? 済んでいる? 何が? 宝珠のか?


『だから、《雷の宝珠》でしょ? 実物は見たから既に解析済み。材質的には、ほぼ石英だね。普通の水晶のようなものかな。その中に雷の魔法陣を組み込んで、あのように球体にしたんだね。ただし、石英の中に魔法陣を組み込む技術はなかなかだと思うけど、肝心の魔法陣のほうが、ちょっとお粗末な印象だったかな』

『お粗末?』


 どういうことだろうか?


 以前リオは、この世界では電気系、雷系の魔法はほとんど無いと言っていたと思う。

 だったら、《雷の宝珠》に組み込まれている雷の魔法陣というのは、非常に貴重なものではないのだろうか。


 それが、お粗末って……


『うん。はっきり言って無駄な経路や、本来不必要な付加的現象作用が多すぎて、魔法を発動するために必要な魔法素粒子の量がとんでもなく膨大になってしまっているんだよ。さらに魔法素粒子の吸収機構が非常に不安定で効率が悪くなってしまっているため、その蓄積時間に十年という、とんでもない時間がかかってしまうんだ。つまり、結論としては、実用性ほぼ皆無のお飾り宝珠だね』


 うわぁ……


 言っている内容はさっぱり理解できないので良く分からないけど、この上なく辛辣で、この上無い酷評だということは理解できた。


『もっとも、雷の仕組みをよく知りもせず、さらに効率が悪すぎるとはいえ、一応は雷を模した魔法を発動できる魔法陣を組み上げたことは、それなりに評価してもいいかな』


 それは、褒めているのか? 本当に?


『……えっと、リオならもっといいものを作れるのか?』

『もちろん』


 ……即答したよ。


『もっとも、そんなもの作らなくても、ボクは雷くらい好きな時に好きなだけ撃てちゃうけどね』


 ……ですよねぇ。


 さすが魔法疑似生命体。

 こと魔法に関しては限界というものが無いんじゃないだろうか?


 まさにチートを地で行く存在だと、改めて思ったね。


 そういえば、魔法陣についてはちゃんと教わっていなかった気がする。

 オレでも作れたりするものなのだろうか?


『なぁ、リオ。魔法陣って、オレでも作れたりする?』

『自分で一から新たに作るのは、とんでもなく大変かな。ボクもそんな面倒なことはしたくないよ。でも、魔法陣をのは比較的簡単で、トーヤも少し練習すればできるようになるよ』

『魔法陣を、?』


 それは、あれか?

 アニメなんかでよくある、足元や背中に魔法陣を出す、あのシーンのようなことか?


『実際にやってみたほうが分かりやすいでしょ。ちょっと《放電スパーク》の魔法陣を出す練習をしてみない?』

『どうやるんだ?』

『いつもと同じようにイメージを作って、魔法素粒子に伝えるんだ。ただし、伝えるだけだよ。実際の発動はさせない。発動しちゃいそうなところをなんとか押し留めてみて』


 オレは早速やってみた。

 人差し指と親指を近付け、放電のイメージを作り、それを魔法素粒子に伝える。

 ただし、発動はしない。発動はしない。……しない。……しない。


 うう、これって結構難しいかも。


 なんていうか、崖っぷちに立っているときに、後ろからぐいぐい押される感じ?

 うまく留められず、何度か発動させてしまった。


 四度目の挑戦で、なんとか発動を抑えることができた。

 すると、オレの人差し指の近くに黄色い魔法陣が浮かび上がった。


 ――これが、《放電スパーク》の魔法陣か!


 でも、ちょっと気を抜いた瞬間、魔法が発動し、同時に魔法陣も消えてしまった。

 しかし、三秒くらいは魔法陣を維持することはできただろうか。


『おお、できたね』

『少しだけな』

『初めてでそこまでできれば上出来、上出来。慣れてくれば、意識を少しそっちに向けておくだけで維持できるようになるよ。そしてそれができるようになると、結構いろいろと応用が利くようになるから』

『例えば?』

『そうだね。例えばトーヤの目を治したときのように、主となる魔法の補助に魔法陣を使って魔法効果を高めたり、またはいくつかの魔法を融合させた複合的な魔法現象を起こすとかね。だから、がんばって練習してね』


 うーん。練習することが増えてしまった……


『もう分かると思うけど、そもそも魔法陣というのは、魔法素粒子がイメージを写し取った状態なんだよ。魔法を発動する直前の状態と言ってもいいかな』


 うん。実際にやってみて、それは何となくわかった。


『だからね。その状態を別に写し取ってさえおけば、全く同じ魔法を他の人が使えるようにもなるんだ。使う人の技術や経験に左右されることなく容易にね。例えばミリアと戦ったときも、ミリアは魔法陣を使っていたよね。《土蜘蛛の爪槍》って言っていたかな。あれもミリアがその場でイメージして魔法を使ったのではなく、元々は誰かの魔法の魔法陣を写し取ったものだね。特にああいった攻撃系の魔法陣なんかは、道具屋に行けば売っていたりもするね』


 そうなのか。

 今度どこかで道具屋を見かけたら、ちょっと立ち寄ってみよう。

 どんなモノがあるのか、少し興味があるな。


『じゃあ、《雷の宝珠》に組み込まれている魔法陣も、そうやって誰かが雷の魔法から写し取ったものなんだな』

『大本はそうだろうね。だけど、そこからいろいろと手を加えているみたいなんだ。だから不自然というか、あんなお粗末でいびつな形になってしまっているんだと思う』


 ……なんか、酷評の表現が追加されていないか? 気のせいか?


『魔法陣に手を加えるということもできるのか』

『もちろん可能だよ。ただし、それにはかなりの経験と知識と忍耐とセンスが必要になるね。いろんな魔法陣を見て、比較して、そこから現象に対するパターンを読み出して、更には気が遠くなるような膨大な試行錯誤を繰り返して組み合わせていくんだ。よっぽどの執念でもないとやってられないと思うんだけどね。あれを作った人には、もしかしたらそれがあったのかもね』


 そうまでして作り上げた雷魔法の宝珠。

 あれを作った人は、それで一体何をしようとしていたのだろう。

 そして、その目的は果たせたのだろうか。


 遠い昔のことのようだし、今となってはもう、オレがそれを知る術はないだろうが。


 そして、後年それを手に入れた人達は、何がしたいのだろう。

 特に、セイラは、そしてラヴィ達は?


 もしかしたら、ラヴィ達はたんに換金して、大金を手に入れたいだけかもしれない。

 でも、セイラは?


『セイラは、何の目的でそんな《雷の宝珠》を手に入れたんだろう』

『さあ、それは本人に聞かないと分からないよ』

『そうだな。危ないことでなければいいんだけど』

『大金を出して購入したって言ってたよね。あんなお飾りに大金を出すなんて。無駄遣いにも程があるよねえ』


 オレは苦笑するしかなかった。


 十年に一度しか使えないとか、お飾りかどうかとか、そういうことを分からずに買ってしまったみたいだしな。


 ただたんに非常に珍しい雷の魔法の宝珠だからなのか、もしくは《雷の宝珠》自体に何か用があったのか、それともまさか、懐のナイフ同様、ただの護身用とか?


 明日にでも、直接聞いてみるとしよう。



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