第27話 放電(スパーク)

 オレはセイラを背にして、剣を抜いた。

 同時に、リオから身体強化とスピード強化の魔法をかけてもらったことを感じた。


「……やっぱり、やるの? お兄さん」

「そっちが手を引かないのであれば」


 ウサ耳娘のラヴィの問いに、オレは短く返した。


 あの時は五十人以上もいたが、今オレの目の前には四人しかいない。


 ラヴィの左側にいる男二人をちらりと見る。


 この男達の実力は知らないが、ラヴィとの戦闘はよく覚えている。

 そして、確かネコ耳娘のファムはナイフを投げてきたハズだ。

 セイラにはリオが付いているし、この人数ならいけるハズだ。


 無意識のうちにオレの目が細まりながら、敵対する四人を見据える。

 剣を握る手に、自然と力がこもる。


 この盗賊達は、ハンターや侍女たちを殺した相手だ。

 できれば仇を討ってやりたい気分でもある。


「じゃあ、死ねよ!」

「おらあ!」


 二人の男がオレに向かって、馬上から剣を振り下ろしてくる。

 だが、スピード強化の魔法を受けているオレには、その剣を簡単に避けられる。

 そして、避けると同時に、馬上にいる男に向かって飛び上がった。


 左手で男の首を掴み、そのまま後ろへ、馬上から引きずり下ろした。

 地面に叩きつける瞬間、オレは右手に握る剣を男の左胸に突き刺した。


「……がっ」


 男はほとんど声も出さず、少し手を上にしてもがいたが、すぐに息絶えた。


 ――まず、一人。


「このガキィ!」


 それを見たもう一人の男が、馬を反転させ、オレに向かって剣を振り上げてくる。オレは振り下ろされた男の剣を避け、飛び上がり、右脚で男の頭をセイラ達とは反対側へ蹴り飛ばした。


 オレの足が地面に付くと同時に、転がる男に向かって駆け寄る。

 呻きながらも男が体を起こそうとしたところを、オレは剣を滑らせ、男の横を駆け抜けた。


 ――二人。


 これで、あとは獣耳娘の二人だけだ。


「やぁああああああっ!」


 掛け声とともにラヴィが馬から飛び降り、オレに長槍を振り下ろしてくる。

 オレは剣でそれを受け止めた。


 ラヴィのウサ耳がピンッと立っている。

 そして口元では赤い舌で上唇を舐めるのが見えた。


「やっぱ、お兄さん、強いね」


 そう言うと、ラヴィは一瞬長槍を引き、間髪入れずに突き出してくる。

 オレは体をひねって躱し、剣を振り下ろした。

 ラヴィは長槍の柄でオレの剣を受け流し、そしてさらに突いてくる。


 互いが互いの刃を武器で受け流し、または体をひねって躱す。


 やはりこの子、反応が速いな。だけど……


 そう。速いがそれだけだ。

 やっぱりミリアほどの強さじゃない。


 オレは一瞬だけファムのほうに視線を向けたが、彼女ファムは全く動いていない。

 オレとラヴィの戦いに手を出すつもりはないようだ。


 ――なら!


 ラヴィが突いて来た長槍を、剣を降り下ろして叩き落す。

 長槍の刃先が地面に触れた瞬間、オレは刃先の少し上を狙って右脚で強く踏み込んだ。


「……なっ!?」


 ラヴィの手から長槍が離れ、オレの足で踏みつけられた。


 地面に触れている刃先を支点、オレの右脚で踏みつけた位置を力点とした、いわゆる第三種てこの要領でラヴィから長槍をもぎ取った。

 スピード強化と、身体強化による脚力の強化あっての方法だろう。

 普段のオレならとてもできない芸当だ。


 何故自分の手から長槍が落ちたのか分からず、ラヴィが一瞬戸惑いを見せる。

 その隙を逃さず、オレはラヴィとの距離を詰めた。

 肌が見えているラヴィの太腿に、左手の親指と人差し指を近付ける。


「《放電スパーク》」


 オレは小さくつぶやき、スタンガンの要領でラヴィに《放電スパーク》を放った。


「うがっ……あっ……」


 ラヴィが一瞬体を震わせ、その場に膝から崩れていく。


「ラヴィイイイーーーー!」


 それまで手を出さなかったファムが、ラヴィの名を叫びながらナイフを投げてきた。

 それを視界に捉えていたオレは、危なげなく数歩後退してそれを避けた。


 馬から飛び降りたファムが、ラヴィに駆け寄って来る。

 ただし、視界にはオレを捉えているようで、さらに左手にはナイフを構えている。


「大丈夫? ラヴィ! ラヴィ!」

「ぐっ……あっ……うっ……」


 ファムの呼びかけは聞こえているようだが、まだうまくしゃべれないようだ。


 《放電スパーク》を初めて実戦で使ってみたが、とりあえずはうまくいったようだ。

 失神までさせられれば更に上出来だったのだが、まあそれは高望みなのだろう。

 しばらく麻痺させることができるだけでも、十分使いモノになるハズだ。

 相手によって多少力加減の調節は必要だと思うが、それはおいおい覚えていけばいい。


 オレはそう考えながら、二人を見下ろしていた。


「……ラヴィに何をしたの?」

「大したことではないよ。しばらく休めば、元に戻る」

「……このぉ!」


 ファムがナイフをオレに投げつけ、さらに突進してくる。


 オレはナイフを剣で叩き落した。


 その隙にファムがオレの懐に入り込み、右フックを打ってきた。

 彼女の右拳には何かがはめられているのが見えた。


 格闘技系か!?

 この子は、ナイフ使いじゃなかったのか?


 そう思いながら、オレは剣で彼女の拳を受けた。

 金属同士がぶつかるような重く鈍い音が響く。


 ――これは! カイザーナッ……いや、ナックルダスターか!?


 まさか、オリハルコン製とか言わないだろうな。


 一瞬そう思ったが、よく見れば刃が付いている。

 ナックルダスター状のフィンガーガードが付いたトレンチナイフというやつだろう。


「やぁあああああーー!」


 掛け声と共に、彼女ファムがラッシュをかけてきた。


 刃の部分だけでなく、フィンガーガードで守られた拳も使い、オレの顔や腕、腹、太ももなども狙って来る。


 この子も速い。けど……


 どうしてもミリアと比べてしまう。

 強さに関するオレの判断基準は、ミリアより強いかどうかになってしまうようだ。


 ファムの右手から放たれたナイフを体を反らして躱す。

 さらに彼女が右脚でオレの顔目掛けて蹴り込んでくる。

 オレは後ろに跳んでそれを避けた。


 ファムがその場で両手を交叉させる。

 その瞬間、オレの顔目掛けて二本のナイフが飛んできた。


 オレはちょっと焦って、剣でそれらをさばく。


 ――どこに隠しているんだ、このナイフは!


 再び彼女が距離を詰め、オレに向かって縦横無尽に両手にはめたトレンチナイフを浴びせてくる。


 オレも、彼女の攻撃の隙をついて剣を振り下ろす。

 ファムが両手のフィンガーガードでオレの剣を防ぐ。

 それを見て、オレはすぐに一旦剣を引き、間髪入れずに彼女の脇腹目掛けて剣を突き出した。

 ファムが体を横にずらしてそれを躱す。


 オレは一歩横に足を踏み出し、力いっぱい剣を横に薙ぎ払った。


 ファムは再びフィンガーガードで剣を受け、勢いを殺すために自ら後ろに跳んだ。


 ――ここっ!


 ファムの体が宙に浮いた瞬間を逃さず、彼女に詰め寄り、左手で彼女の左手を掴んだ。


「《放電スパーク》」


 オレがそうつぶやいた瞬間、ファムの体に電流が走る。


「あああっ……あうっ……」


 ラヴィの時と同様、ファムも体を震わせ、その場に膝を付いた。


「ファムゥゥゥゥーーーー」


 後ろからラヴィの叫びが聞こえてきた。

 彼女のほうを見ると、両手を地に付きながらこちらを見ている。

 声は出せるようになったみたいだが、体はまだうまく言う事を聞かないようだ。


 勝敗は、決した。


 オレは、剣をファムに向けた。


「や、止めて。お願い。やめてぇ……」


 ラヴィがそう言いながら、こちらに腕だけで這ってこようとしている。


 その目には涙が溢れ、こぼれていた。

 涙だけではなく、鼻水まで出し、もう顔をくしゃくしゃにして。

 それでも構わずに、ラヴィはファムに向かって這って来る。

 戦闘中はピンッと立っていたウサ耳も、今では力なく垂れさがってしまっている。


「お願い……お願い……おねがい……おねがい……

 ファムを、おねがい、殺さないで……殺さないで……殺さないで……殺さないでぇ……

 お願いだから、お願いだからぁ……おねがいぃぃ……」


 ラヴィが何度も何度も涙声で懇願し、言う事のきかない体で、それでも腕をいっぱいに伸ばし、ずるずると体を引きずり、ファムのほうへと這って来る。


 正直、オレはラヴィの目に溢れる涙に、その必死さに、その悲痛さに、気圧されてしまっていた。


 女はウソ泣きが得意だとか、女の涙は武器だとか、そういう話はよく聞くけれど。

 これがウソ泣きだというのか?

 これが、この場を逃れるためだけの演技だというのか?


 とてもそうは見えない。思えない。


 某海賊船コックのように、オレは女の涙を疑わねぇ、と胸張って言えるほどオレはフェミニストじゃないが、これはとても疑う気にはなれない。


 オレは、甘いのだろうか……?


 オレは、彼女たちに仲間のハンターを殺された。

 セイラも、侍女たちを殺された。


 だから、仇を討ってやりたいと思う。

 ならばこのまま、ファムとラヴィを殺すべきなのだろうか。


 でも……


 いくら考えても、オレに答えは出せなかった。

 オレはセイラのほうを見た。


 セイラならどう思う?

 セイラは、どうしたい?


 オレは目でセイラにそう問いかけた。


 もしかしたら、それはとても卑怯なことなのかもしれない。

 自分で判断せず、大事な決断を、どちらを選んでも後悔するかもしれない決断を、人に放り投げるということは。


「……トーヤ様に、お任せします」


 セイラは、オレから目を逸らして、そう言った。



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