第26話 雷の宝珠

 通り過ぎようとしていた二人の男も、ファムも、乗っている馬を操り、ラヴィの横に並んだ。


「ラヴィ、この男はもしかして……」

「うん。ファムも覚えてた? どうやらそうみたいだよ」


 ネコ耳娘のファムにも、オレは覚えられていたらしい。

 二度も会っているのだから、覚えられていても何ら不思議ではないが。


「どうしたラヴィ。知り合いか? 世間話なら後にしろ。俺たちはやることが――」

「まあまあ、大丈夫ですよ。むしろ、その必要がなくなったんですから」

「あん? どういう意味だ」

「まあ、ちょっと待っててくださいな」


 男のほうはオレを知らないようだ。

 もっとも、オレも見た覚えはない。

 先日の襲撃のとき、この男もいたのかどうか分からない。


 それよりラヴィの言葉だ。

 必要がなくなった、とはどういう意味だろう。

 オレ達に、ここで出会ったことで、そのやることとやらが必要なくなった?


 オレが彼女ラヴィたちの言葉について考えていると、ラヴィが改めてオレに向かって話をしてきた。


「まさか、こんなところで再会できると思わなかったよ、お兄さん」

「オレもだよ」


 なんか、いろいろと引っかかる言葉が出てくるようだ。

 それはつまり、隠れている情報があるということじゃないか?

 だとすれば、できればそれを引き出したいところだが。


「まさか、あそこから落ちて無事だったなんて。一体どうやって――」

「そんなことより、そっちこそ、こんなところで何をしているんだ? てっきり街中で豪遊でもしているのかと思っていたよ」


 こっちの情報はあまり出すつもりはない。

 どうやって助かったかなんて、教えてやるつもりはない。

 それよりも、まずはこいつらの目的だ。


 もしかしたら、ただの盗賊ではないのか?

 そういえばラヴィは、盗賊と似たようなもの、という言い方をしていなかったか?


「そうしたいのはやまやまだったんだけどね。ちょっとこれから探し物をしに行かなきゃいけないところだったんだ。けど、その必要はなくなったみたい」


 どういう意味だ?

 考えろ。

 いろいろな情報が入っているはずだ、

 ラヴィたちの言葉には。


 先程の、やること、というのが探し物ということか。

 そして、オレ達と出会ったことで、その必要がなくなった。

 それは、つまり……


「まさか、探し物の方から出てきてくれるなんて、ラッキーだったよ」


 探し物というのは、もしかして、オレかキアのことなのか?

 オレを探していたというのなら光栄だが、身に覚えがない。

 もちろん、知らず知らずのうちに恨みを買うということはあるかもしれないが。


 だが、ラヴィたちが襲った一行にオレがいたのはほとんど偶然のハズだ。

 キアにしても同様のハズじゃないか?

 キアはセイラの侍女に過ぎない。

 言ってみればオレと同様、偶然その場に居合わせてしまっただけにすぎないハズだ。


 普通に考えれば、ラヴィたちが探しているモノ、つまりターゲットとするのは、依頼主、セイラ・アスールのほうだろう。


 セイラ・アスールはあの場にいたハズだ。

 なのに、ラヴィたちはまだ探し物をしている。

 そしてオレ達を見て、その必要がなくなったと言う。

 では、ラヴィのいう探し物とは、いったい何だ。


 ダメだ。

 思考がループしている。

 まだ情報が足りない。


 その時、ラヴィがオレの後ろにいるキアに向かって声をかけた。


「ね? さん?」


 ――は? 何を言って……?


「……と、ミラーナは、どうしたのですか?」


 ……キア?


 セイラと呼ばれたことに、否定も訂正もしない?

 それどころか、はどうしたのか、と……?


 オレの中で、ピースがいくつか当てはまっていくのを感じていた。


「ん? ああ、馬車から放り出された二人の女の子?」

「そうです。答えてください!」


 そうか、そういうことか。

 セイラとキアが入れ替わっていたんだ。


 だから、今までオレと一緒にいたキアは、依頼主セイラ・アスールであり、つまり、ラヴィたちのターゲットになりえる。


「……死んだよ」

「……死んだ? う……そ……」

「嘘じゃないさ。ハンター達も、御者たちも、女の子たちも。みんな死んだよ。あんた達二人以外はね。もっとも、あんた達もまさか生きているとは思わなかったけど」


 オレの後ろで、キア、いやセイラが動揺しているのが分かる。


 みんなが死んでしまったことを、オレはリオから教えてもらって知っていたが、セイラには伝えていなかった。

 いや、伝えられなかった。


 しかしラヴィは、セイラの動揺には構わず、言葉を続けた。


「だけど、あの二人の女の子は宝珠を持っていなかった。もちろん馬車の中とか、荷物は全て確認したけど、宝珠は出て来なかった」


 宝珠?

 それが、ラヴィたちの探し物ということか?


「宝珠を持っているのは、あんたでしょ? セイラ・アスール。渡してもらえないかな?」


 しばしの沈黙が流れた。


 ラヴィと話すのは、いつの間にかオレからセイラに代わっている。

 オレは、セイラを背にしながらも、口を挟まず黙って二人のやり取りを聞いていた。


「……あなた達がキアとミラーナを殺した」

「……そうさ。あの子たちは死んだ。あんたの持つ宝珠のためにね」

「……さない」

「ん? 何?」

「……絶対に許さない!」


 セイラが懐に手を入れるのが見えた。

 ナイフを出すつもりかと思ったが、取り出したのは黄色い玉。


 もしかして、それが宝珠なのか?


「これが、あなた達が欲しがっていたアーティファクト、《いかづちの宝珠》よ!」


 アーティファクト? いかづちの宝珠?


 リオは、アーティファクトは秘宝だと言っていた。

 だが、名前からしても単なる宝石とは思えない。


 もしかしたら、雷系の魔法が付与されている宝石なんじゃないか?


「ホンモノか?」


 ラヴィの横で黙って見ていた男達が身を乗り出してきた。

 やはりこれが、彼らの探していたモノなのだろう。


 だが、何故セイラは今これを取り出した?

 素直に相手に渡すためとは思えない。

 だとすると、まさか……


 オレの予想が確信に変わる言葉をセイラが口にする。


「本物かどうか、あなた達自身の命で確かめるといいわ!

 ――天の鉾となりて轟きなさい《雷光》」


 これが呪文か!


 オレはそう思いながらも身構えた。

 宝珠の名前や呪文からして、天空から雷が降って来る気がする。

 その威力は分からない。

 だが、敵に目掛けて降って来るにしても、この距離だと普通の雷であっても、こちらにも危険が及ぶかもしれない。


 どうする?

 セイラを抱えて後退すべきか?


 相手の男達も慌てて頭を抱えて身構える姿が見えた。

 だが同時に、ラヴィとファムは全く慌てず、顔に笑みさえ浮かべている姿も見えた。


 何故? 雷を回避できる自信でもあるのか?


 オレはそう思ったとき、まわりの様子がおかしいことに気付いた。


 そう、おかしい。


 セイラもまた、その何も起こらない状況に驚いていた。


「そんな!? どうして? お願い、《いかづちの宝珠》。

 ――天の鉾となりて轟きなさい《雷光》!

 《雷光》!

 《雷光》……」


 セイラが、力尽きたかのように地に膝を付けた。

 それでも宝珠をぎゅっと握りしめている。


 どういうことだ?

 あの宝珠は偽物なのか?

 それともあの呪文が間違っているのか?


 盗賊の男達もオレと同じようなことを考えたようだ。


「なんだ、あれは偽物だったのか? はぁあ、脅かしやがって」


 だが、ラヴィはそれを否定した。


「いや、あれはホンモノですよ」

「あ? だって……」

「《雷の宝珠》は十年に一度しかその力を発動できない。理由は知らないけど、そういうものらしい。で、七年前に一度発動しているからね。だから今は使えない。次に使えるまで、まだあと三年くらいある。まさか、そんなことも知らずに大金出して買ったの? アスール商会は」

「そんな……」


 セイラが、そのようなことを初めて知ったかのように驚いた様子で宝珠を見た。


「ともかく、それはこっちに渡してもらおうかな。……力ずくでもね」


 ラヴィはそう言って、馬の横に掛けていた長槍を手にした。

 男達もそれに続くかのように、腰の剣を抜いた。


 オレもまた、腰の剣に手をかけた。



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