第25話 街道での再会
太陽がちょうど真上に来る頃、オレ達はようやく森を抜け、街道に出た。
ここから街道を西に行けば目的のフルフの町、東に行けばオレ達が襲われた山道、そしてラカの町へと続いている。
「ようやく街道に出ましたね。キアさん、大丈夫ですか?」
「はい。私は大丈夫です。お気遣いいただき、ありがとうございます。ここからフルフの町へは、徒歩ですと二、三日と言ったところでしょうか」
「そうですね。運よく我々を乗せてくれる馬車にでも巡り合えると嬉しいのですが」
オレには初めての場所で距離感は無いから、キアのセリフの真偽は分からない。
だが、馬や馬車で越えるはずだった山道を、意図せずだが、森を通って来たことになるので、だいたいそれくらいの距離で合っているのではないかと思っている。
街道の真ん中でぐるりと見渡してみるが、全く
馬も馬車も、それどころか徒歩の旅人すらいない。
これは、まだまだ自分たちの足で歩くことになりそうだ。
「さあ、行きましょうか」
「はい。トーヤ様」
オレはバッグを肩に担いで、太陽を左手方向にして、街道を歩き出した。
キアもまた、オレの左側に並んでついてくる。
「街道に出たおかげで、今までより随分歩きやすくなりましたわ」
「確かに。それだけでも、今までに比べたら随分楽になりますね」
「トーヤ様にはずっと前に立っていただいて、私などよりもずっと大変だったことでしょう。今夜は、よろしければ、ぜひ私にマッサージをさせてくださいませ」
――えっ! マッサージって……
「昨日もそう考えてはいたのですが、恥ずかしながら、疲れていたせいか、いつの間にか先に失礼させていただいてしまいましたが、今夜こそ。少しでもトーヤ様にご恩を返す機会をお与えください」
両手を合わせるようなポーズで、にっこり笑ってくるキアに、オレは内心戸惑っていた。
それは、ちょっと、まずいだろう……
これは、キアのちょっとした冗談なのか、それとも純粋な感謝の気持ちなのか。
いや、まあ、たぶん後者で間違いないとは思うのだが、それでもちょっと、何というか、軽率じゃないだろうか。
もし、そんなことされたら、オレは、オレは、オレは……(以下自粛)
ゴ、ゴホン。
いかん。
いかん、いかん、いかん!
そうなる前に、早々に手を打たねば。
オレの紳士としての矜持が崩れてしまう前に。
「キアさんの、そのお気持ちだけで十分ですよ。そもそも私は、これが仕事なのですから。キアさんがそこまで私に気を使う必要はございませんよ」
「まあ、それでは私の気が済みませんわ。これでも私、結構上手だと言われております。皆さんにも、気持ちいいと言っていただけておりますので、どうかトーヤ様もご遠慮なさらずに」
上手……気持ちいい……
はっ! いやいやいやいや……
そこへリオが念話で割って入ってきた。
もっとも、聞こえているのはオレだけだが。
『これだから準童貞は……』
『なんだよ、リオまで』
『意識しすぎなの。純粋な感謝なんだから、素直に受ければいいじゃん』
『そうは言うけどな』
『そしてお返しに、トーヤもキアにマッサージしてあげればいいじゃん』
『……できるか!』
リオの案は断固却下だ。
そんなことできるわけがない。
いや、まてよ?
もしそのお返しにってやつをキアに言ってあげれば、キアも自分の言っていることの危険度が認識できる……かも?
いや、ダメだ。
なんとなくだが、ヘンな墓穴を掘るような気がする。
ありがとうございます、なんて言われて、お返しを受けるなんてことにでもなったら、完全に引っ込みがつかなくなるパターンだ、これは。
「トーヤ様?」
何も返答してこないオレに、キアが横から顔を覗き込んできた。
「ダメ、でしょうか?」
キアが上目遣いで聞いてきた。
――そ、それは。その上目遣いは、反則技では……
「い、いや、そんなことはありませんよ……」
「まあ! ありがとうございます。では、今夜は楽しみにしていてくださいませ。私、誠心誠意務めさせていただきます。どうぞご期待くださいませ!」
オレの言葉を聞いて、キアの顔がパァと笑顔に変わった。
――ま、負けた。
『トーヤ? おーい、トーヤー? 聞こえてる?』
『……聞こえているよ。今度は何?』
『キアとのコントは、見てて十分楽しいんだけどさ』
誰がコントなんてしている!?
『向こうの方から人が来る。馬に乗っているようだね。四人かな』
オレは街道の先に視線を向けた。
言われてみれば遠くのほうで何か動いているかのような……
遠すぎて、オレにはよく分からない。
『旅の人? なんにせよ、あっちのほうから来るとなると、オレ達とは目的地が逆方向だな。乗せてもらうわけにはいかないか』
『……違うよ、トーヤ。戦闘の準備をしたほうがいい』
『戦闘? なんで?』
『あの二人だ。四人の中に、あの二人がいる』
『あの二人?』
『ネコ耳娘とウサ耳娘。ファムとラヴィだ』
この答えに、オレは思わず足を止めてしまった。
「……トーヤ様?」
どうしたのかとキアがオレの方に振り返ったが、オレはすぐさまキアの手を取り、街道の端へと移動した。
「ど、どうされたのですか?」
キアがオレに手を引かれるまま、抵抗はせず付いてきながらも、疑問の声を投げてくる。
他の盗賊たちならともかく、あの二人は、特にウサ耳娘のラヴィのほうは、多少言葉を交わしたのだからオレの事を覚えていると思う。つまり、オレの事に気付く可能性が高い。
街道の横は、多少草が生えているだけのただの荒れ地だ。
隠れる場所など無い。
逃げも隠れもできない。
そしてお互いに敵だと認識しているのであれば、おそらく戦闘は免れないだろう。
「前のほうから人が来ます。そしてあの顔には、見覚えがあります。……あの時の、盗賊の一味です」
オレは正直に言った。
ここで戦闘になるかもしれないのだから、誤魔化すことに意味はない。
キアが驚いた顔で前方から来る者たちを凝視する。
『リオ、もし戦闘になったら、キアを頼む』
『分かってるよ。任せて』
こちらに向かってきているのが、ようやく四頭の馬であることが分かってきた。
そして上に人が乗っていることも。
もう、あまり時間がない。
「キアさん」
キアに声をかけるが返事がない。
キアは、こちらに向かってきている者たちをじっと見ている。
「キアさん!」
オレは両手で彼女の両肩を掴み、そして強く呼びかけた。
ようやくキアがオレのほうを向く。
「……あ、トーヤ様。……私」
「大丈夫です。落ち着いてください。私がなんとかします」
「……私は、大丈夫です。落ち着いて、います」
いや、とてもそうは見えない。
このまま放っておいたら、懐のナイフを取り出して、彼らに向かって斬りかかってしまうのではないかと思えてくる。
オレはキアの両肩を掴んだまま、少し強い口調で彼女に向かって話しかけた。
「いいですか、キアさん。あなたはここにいてください。何があってもここを動かないでください。……たとえ、戦闘になったとしても、です。決して、自分も戦おうなどとは考えないでください」
「でも、相手は四人も……」
「大丈夫です。私を信じてください。私は、あのミリアに認められた男ですよ?」
嘘でも噂でもいい。何か彼女が信じられる根拠を。
そう思って口にしたその言葉で、キアが少しは信じてくれる気になったことを祈る。
そしてもう一つ。
「キアさん。私の大事な友人をお預けします。こいつと、ここにいてください」
オレはそう言うと、リオをキアの肩に乗せてあげた。
これで無茶をせず、ここにいてくれることを願う。
オレはキアを背中に庇うようにして、近付いてくる連中を見た。
もう、はっきりと分かる。
二人の男と、そして、間違いない。
ファムとラヴィだ。
男二人は、オレ達を一瞥すると通り過ぎて行こうとする。
ウサ耳娘のラヴィと目が合う。
ラヴィは一瞬大きく目を開くと、すぐに口元に笑みが現れた。
――やっぱり、オレの事を覚えている。
オレはそう確信した。
ラヴィは馬をオレ達の方に向け、こちらに寄ってきた。
そして、およそ数歩の距離を残して止まる。
「おひさしぶり、お兄さん。また会えて嬉しいよ」
ラヴィは、馬上からオレに向かってそう言った。
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