第24話 水の魔法

 水浴びから帰って来るとき、キアはずっとうつ向いていた。


 まあ、何となくその気持ちは分からなくもない。

 ちょっと悪ふざけが過ぎて恥ずかしいのと、改めてオレが男であること、そして自分が女であること、かつ二人っきりで夜を過ごさなければいけないことを意識してしまったのだと思う。


 オレも少々反省している。

 オレは結局、彼女のその自覚を促してしまったのだから。


 でも、しかたないよね?

 あんなこと言われて、一瞬理性が吹っ飛んじゃったのはさ。

 男なら、みんなそうだよね? ね? 反論は却下ね。

 むしろ、あそこで抑えることができたオレの自制心を褒めてほしいよ。


 でもその代わり、もう彼女に手を出すことはしないと誓おう。

 もう触れない。触らない。不用意に近付かない。

 彼女にもうこれ以上、不快な思いも不安な思いもさせない。

 以後、オレは紳士であろう。


 某老騎士も言っていたではないか。


 紳士になれではなく、紳士であれ、と。


 ん? ちょっと違うか? まあ細かいことはいいよね。


 そういうわけで、オレは努めて明るく爽やかにキアに話しかけた。


「さて、さっぱりもしたことですし、食事にいたしませんか? 私もお腹が空いてしまいました」

「……はい、そうですね。そうそう、大足兎のお肉でしたね。貴重な食材だと思うのですが、私もいただいてよろしいのでしょうか?」

「もちろんです。むしろ余っているところでしたので、消費に御協力いただけると、私としても助かります」


 オレは改めて大足兎の肉の塊を宝物庫から出してもらい、火で焼き始めた。

 もちろんオレのバッグから取り出したふりをして、だ。


 しばらくすると、肉の焼けるいい匂いがしてきた。

 食欲を刺激してくる、いい匂いだ。


 ふと気になって、オレはリオに念話で確認してみた。


『リオ。まわりに獣とか大丈夫か? この匂いにつられて、肉食系の獣が寄ってきたりは……』

『うん。大丈夫だよ。少なくともボクの索敵範囲にはそういうのはいないね』

『そっか。なら安心だな。ところで、リオはこの肉どうする? 食べるか? 鳥が肉を食べるというのはかなり珍しいと思うから、キアの前じゃないほうがいいと思うけど』

『ボクは遠慮するよ。二人でごゆっくりどうぞ』


 そう言ってリオはオレの肩から飛び立った。

 それに気付いたキアが、リオを目で追いながらオレに聞いてきた。


「あの、リオさんが……どうしたのでしょう?」

「ああ、大丈夫ですよ。ほら」


 オレは、リオが近くの木の枝に止まったの見て指さした。


「眠くなったのかもしれませんね。リオはああやって、木の枝に止まって寝ることが多いですから」

「ああ、なるほど。そうだったのですね」


 納得して頷くキアに、オレは焼けた大足兎の肉を差し出した。


「さあ、焼けたようですよ。どうぞ召し上がってください。そうそう、一つ言い忘れていましたが、血抜きがうまくできていなくて、少し臭みが残っているかと思いますがその点はご容赦を」

「ありがとうございます。まあ、美味しそうな匂い」


 キアは、オレから焼けた肉のささった棒を受け取ると、一旦匂いを楽しんでから、口にした。


「美味しいです。臭みもそれほど気になりませんよ」

「それはよかったです」


 半分お世辞かもしれないが、オレは素直に受け取った。

 そしてオレも別の焼けた肉にかぶりついた。


 うん。やはり、今度どこかで塩と胡椒を調達しておこう。


 オレはそう思いながら、二人での会話と食事を楽しんだ。


 翌日、オレ達は火の始末をし、荷物をまとめてフルフの町を目指して出発した。

 キアの持っていく荷物は全てオレのバッグの中だ。

 毛布に包んで、まとめてバッグに入れた。


 入るもんだねぇ。

 あらためてこのバッグがすごく便利で、すごく不思議だと思ったよ。


 ただし、さすがに散乱した荷物を全て持っていくことはできない。

 服はキア本人のだけ、など取捨選択はしてもらった。

 リオの宝物庫ならば、全部まとめて持って行くことは可能なんだろう。

 聞いたら、リオ本人もそう言っていたし。

 でも、リオのことを抜きに説明は難しいから、それはやめた。


 進行方向は、オレ達が落ちた崖を右側にして進めば良いようだ。

 それに、リオがいれば迷ってしまうこともないだろう。


 問題があるとすれば、足場だ。

 この辺は人が入ってくることはほとんどないのだろう。

 道と呼べるようなものはない。

 岩がごろごろしていたり、草木が生い茂っていたりと、少々進みにくいし、結構疲れる。


 キアは一切弱音を吐かなかった。

 むしろ、心配して振り返ると笑顔を返して来るくらいだ。

 だが、休憩は多めに取った。

 頑張り過ぎて倒れられても困るし、オレも結構疲れるから。


 身体強化の魔法をかけてもらえば、かなり楽になるのだろうけど、オレだけかけてもらうのはさすがに気が引けたんだ。


 何度目かの休憩の時、水筒の水が切れてしまった。

 そんなに容量は大きくなかったのに、二人で消費していたのだから当然無くなるのも早い。


「トーヤ様。どうしましょう。近くに川でもあればよいのですが……」


 そうキアは心配していたが、オレはリオがいるせいもあって心配はしていない。


『リオ。水の補給、できる?』

『キアの目もあるし、ここはトーヤがやってみる? 《放電スパーク》も結構慣れてきたようだし、水を出す魔法くらい、今のトーヤなら簡単にできると思うよ』


 なるほど。

 水を出す魔法は覚えた方がいいと思っていたところだ。

 やってみるか。


『水を出すには何処からか転移して持ってくるか、水素と酸素でこの場で生成するか、もしくはこの場にある水分子を集めて液体化するか。この辺りなら湿度もそれなりにあるし、液体化しちゃうのが簡単かな』

『なるほど。具体的にはどうすればいい?』

『いつもと同じ。空気中にある水分子を集めて液体化するイメージをもって、魔法素粒子に命じるだけ。あ、量には気を付けて。やりすぎちゃうと周囲一帯水浸しになっちゃうから』

『了解』


 オレは水筒を片手に持ち、一度大きく深呼吸して目を閉じた。

 キアは黙ってオレの様子を見ているようだ。


 空気中にある水。水分子。水蒸気。

 目には見えないが、それらが集まって来るイメージ。

 そしてそれらが液体となって空中から流れてくるイメージ。

 ただし、量は水筒がいっぱいになる程度で。


 頼む。魔法素粒子!


 その瞬間、何もないところに蛇口でもあるかのように水が流れ出した。

 オレはそれをこぼさないよう、水筒で受け止めた。

 でも、ちょっとだけ量が多かったようだ。

 少し水筒から水がこぼれたところで、空中からの水は止まった。


 よし! できた!


 オレは水筒の蓋を閉めて、キアに声をかけた。


「これで大丈夫です。見ての通りですので、水が入用であれば、遠慮なく言って下さい」


 魔法で水が出せることが分かれば、キアも変な遠慮はしなくなるだろう。

 脱水症で倒れられては大変だしね。


 キアは口に手を当て、オレの手を凝視しながら言ってきた。


「……やはり、トーヤ様は、魔法を使えたのですね」

「ええ、ほんの少しですが」

「昨日も、私が目覚めた時も、何かの魔法を使っていましたよね?」

「ああ、あれは、使っていたというより、練習していたんですよ」

「練習、ですか……」

「ええ、私はまだまだ修行中の身ですから」


 オレはにっこりとキアに向かって微笑んだ。

 キアの驚いた顔が、オレの自尊心をくすぐるというか、なんとも言えず心地良いような気分だ。


 いかんいかん。

 リオがいてこそだし、うぬぼれちゃいかん。


 オレはポーカーフェイススキルを全開で稼働させ、すまし顔を維持していた。

 が、やっぱり心の中では、ガッツポーズしまくり、有頂天の極みだったね。

 まあ今だけは、それくらい許してほしいな。


 その後のオレ達の行程は、特に大きな問題なく進んだ。

 途中、何匹か獣に遭遇したが、それも問題なくオレ達の食料とさせてもらった。


 キアは、オレが獣を倒すところを見ていたが、特に怯えたり悲鳴を上げるなどということもせず、むしろ持っていたナイフを使って、獣をさばいてくれた。


 っていうか、ナイフ持っていたんですね!

 昨日の夜、オレがあれ以上何かしようものなら、そのナイフで刺されていたのかも……


 よかった。

 オレの自制心がちゃんと働いてくれて、ホント良かったよ。


 もちろんその夜もオレは紳士を貫いた。

 見事に貫き通しましたとも。

 たき火の炎の光で浮かび上がる彼女の寝顔は、非常にがあったけれど、オレはちゃんと我慢した。


 結構辛かったんだよ? 誰かオレを誉めてほしい……


 そして翌日。

 ラカの町を出発してから四日目。

 オレ達はようやく森を抜け、街道に出た。



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