第22話 崖の下にて

 馬車と共に落ちていく中、オレは剣を鞘に納め、体を馬車に引き寄せた。

 馬車の中では、キアが必死に何かを掴んで堪えている姿があった。


「キア!」


 オレの叫びにキアが顔を上げた。

 恐怖と悲しみで、今にも泣き崩れそうな顔をしながら。


「……トーヤ様ぁ」


 オレはキアに向かって右手を伸ばす。

 それに気付いたキアが、オレの手を掴もうと自分の手も伸ばしてくる。

 オレはその手を掴み、一気に引き寄せた。

 そのままキアを抱き寄せ、馬車を蹴って離れる。


 オレの腕の中で、キアの体から力が抜けていくのを感じた。

 どうやら気を失ったらしい。


 馬車もオレ達もまだ落下している。

 周りの風景がすごい勢いで上へと流れていく。


 この崖はそんなに深いのか。

 いくら身体強化していても、こんな高さから落ちて助かるのか?

 オレも。キアも。


 ――いや! 賭けてもいい。絶対無理だろう!


 どうする? どうすればいい? 何か助かる方法は?


 某黒の剣士が武具店少女と竜の巣穴に落ちた時はどうした?

 どうやって助かった?

 いやいや、参考になるか!


 白い服とシルクハットの某怪盗のように、都合よくハングライダーも出せない。


 剣を絶壁に突き刺す?

 無理だ。届かない。


 某銀のカラスは離れていてもできたような……

 いや、オレには無理!


 あとは? 他には?

 参考になるものはないのか?


 確か、某魔法少女も言っていたよな。人は空を飛べませんって。

 確かにその通りだよ!

 でも、そんなこと今思い出しても意味ないだろう!


 死に際の走馬燈体験というのは、そこから生き残るためのヒントを得る手段だと聞いたことがある。だがこれじゃ、全然当てにならんだろう!


 ……いや、そうだ! オレには最も頼りになるヤツがいた!


『……リオ!』

『分かってる。大丈夫だよ』


 オレの必死の呼びかけに、リオのほうは何も問題なんて無いと言わんばかりに、平静な応答を返してきた。


 底が見えた!

 と思ったときには、それが急速に近付く。


 ……いや、減速している?


 まわりの風景も先程とは違い、ゆっくりと流れていくようになっていた。


 ……なんだ、これは?


 足が地面に付くころには、ほとんど落下速度は殺されていて、オレは何の苦も無く、キアを抱いたまま、地面に足を下ろすことができた。


『もしかして、これって、重力魔法ってやつ?』

『そう。大丈夫だったでしょ?』

『ああ、助かったよ』


 重力魔法も使えたのか。

 そういえば、魔法を教わったとき、簡単だとか言っていた気もする。

 走馬燈体験も、できればそっちのほうを思い出して欲しかったよ。


 オレは、腕の中でぐったりしているキアを一旦地面に下し、その場に寝かせた。

 やはり気を失っているらしい。


 オレは崖の上の方に視線を向けたが、ここからでは上の様子は何も見えない。


『かなり深かったな。戻れるか?』

『できるかどうかと言われれば、もちろんできるんだけど』


 リオはいつものようにオレの左肩に止まり、キアのほうに視線を向けた。


『気を失った少女をこんなところに置いていくわけにも、ましてや戦場に再び放り込むわけにもいかないんじゃない?』

『確かにそうだが……』

『それに……』


 リオが上のほうを見つめるように顔を上げた。


『それに?』

『……もう遅いみたい』

『それは、どういう……』


 どういう意味かと問おうとしたが、すぐに察してしまった。


『……全滅、したよ。残念だけど、誰も生き残っていない』

『……そうか』


 オレはその場に座り込んでしまった。


 他のハンター達ともせっかく仲直りをして、これからというときに……

 生き残ったのは、オレ達だけなのか……


 虚無感のようなものを感じていたオレは、それでも首を大きく横に振った。

 大きく息を吸い、そしてオレの中の全ての負の感情を追い出すかのように、大きく息を吐き出す。


 ――まだだ! まだキアがいるんだ。せめてこの子だけでも!


 オレは右拳を胸に当て、強く強く握りしめた。


『トーヤ、これからどうする?』

『……ラカに戻るか、このままフルフに行くか。キアはどうしたいかだな』

『トーヤは? どっちにしたいの?』

『オレは……ラカに戻る意味もなくなってしまったしな』


 そう。ラヴィとファムの二人にまた会いたいと思っていたから、ラカの町にいたいと思っていたんだ。

 あの二人がいないのなら。ラカの町に戻る意味は、オレには無い。


 いや。仮に二人がラカの町にいたとしても、彼女たちが盗賊らしいと分かった今、会って楽しく食事をしたい、などとはとても思えない。


 さて、どうするか……


 キアはまだ目覚めない。

 目覚めても、隊が全滅したことをどう伝えるかを考えると気が重い。

 むしろ、まだしばらく眠っていてくれた方が助かる。

 たんなる問題の先送りでしかないが。


『とりあえず、回収できる荷物が無いか見てくるよ。リオはここで、キアの傍にいてやってくれるか?』

『うん。分かった』


 オレは立ち上がり、馬車の残骸が散らばる場所へ向かった。


 馬車につながれていた馬は、二頭とも死んでいた。

 無理もない。あんな高さから落ちたのだから。

 食料にする気にもなれないし、少し考えたが、オレは穴を掘って埋めてやることにした。


 近くに落ちていた、おそらく馬車の破片であろう木材を使って、大きめの穴を二つ作り、一頭ずつ入れて、土をかけてからその上に木の棒を立ててやった。


 辺りに散らばった荷物は結構ある。

 服や靴、毛布、小さなぬいぐるみのようなものや手鏡のようなものもある。

 とりあえずオレは、拾えるだけ拾ってリオ達の元へ戻った。


『なあ、リオ?』

『うん?』

『オレのバッグ、どうなったか分かるか?』

『ああ、回収してあるよ。今はボクの宝物庫の中』


 さすがだ。

 オレはちらばった荷物を見るまで、自分の荷物のことを忘れていたよ。


 キアはまだ目覚めていない。

 日もだいぶ落ちてきて、暗くなってきている。

 今夜はこのまま、ここで野宿となりそうだ。


 オレは馬車の破片や枯れ木などを集めてきて、キアから少し離れた場所で火を起こした。といっても、リオに火をつけてもらったのだが。


 火に当たりながら、特にやることも無いので魔法の練習を始めた。

 先日リオに教えてもらった、電気の魔法だ。


 人差し指と親指を近付け、その間に電子を放出させる。

 オレはこれを、《放電スパーク》と名付けた。

 そのまんまの名前だが、リオからも、分かりやすくイメージしやすい名前がいいと言われている。


 放電のイメージを頭に描き、それを魔法素粒子に命じる。

 何度も練習してきた成果か、かなりすばやく発動させることができるようになってきた。


 力加減もだいぶ慣れてきた。

 放出する電子の量や電子を押し出すような力加減で、ちょっとピリッとくるレベルから、バチッと音がするレベルまで、かなり自由度が高い。

 ただ、強すぎると自分にまで電気が伝わってきて、しびれてしまうのをどうにかしないと、実戦で使うのはなかなか難しいだろうな。


『この、自分にも返ってきちゃうのはなんとかしたいなあ』

『うん? えっと、自分の体をアースにして地面に逃がしちゃうか。それとも、自分に向かって来る電子については、相互作用を打ち消して、事実上電子の流れを無効化しちゃえばいいんじゃない? 一応、後者の方がお勧めかな。そのほうが確実だしね』

『よく分からないな。どうすればいいんだ?』

『《放電スパーク》は電界に働く力によって電子が放出されるわけでしょう? その電界に働く力が自分にもかかっているから、電子が自分にまで来てしまうんだよ。そして、力が働くということは、そこに相互作用が働いている。だから、魔法素粒子に命じて自分にまで働いてしまう相互作用を消してしまうのさ。そうすれば、自分には全く影響が来なくなるよ』


 えっと? 何を言っているのかよく分からないぞ?


『……で、具体的には?』


 なんか、リオがジトッとした目でオレを見ている。……ような気がする。

 今ちゃんと具体的に言ったじゃないかという、声にならない声が聞こえてくる気がするのは、きっと気のせいだよね? うん。間違いない。


『……とりあえず、影響範囲を限定するようなイメージで、自分には影響が来ないという限定条件を付ける感じでやってみたらどうかな』


 なるほど!


 言われた通り、自分には影響が無いように、そういう条件を付けて指の間の放電をイメージして、魔法素粒子に発動を命じる。


 バチッと一瞬放電の光が放たれる。


『おお、できたかも。今、自分には全然影響が無かったよ』


 これなら、もう少し強くして試すこともできそうだ。


「……トーヤ様、それは、魔法ですか?」


 振り向くと、いつの間にかキアが目覚めていた。



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