第21話 楽しい旅の始まりと、終わり

 二日目の朝、ザムザが両脇をクイーズとロキシーに固められ、っていうかほとんど連行されてきたようなものだが、オレの前に現れ、頭を下げてきた。そして何度も何度もひたすら謝るザムザに、オレも「もう怒っていないから」と何度も言うはめになってしまった。


 だけど、それで隊全体の雰囲気は大きく変わったように思う。


 みんなもオレからの視線をわざと外すようなことは無くなったし、少しぎこちなさはあるけれど、会話もできるようになった。もちろんそれはハンター達だけのことではなく、キア達三人とも同様だった。


 とりあえずはひと安心と言ったところだろうか。

 だからクイーズとロキシー、それにキアには本当に感謝している。


 うん、そうだ。

 ようやくオレの楽しい旅が始まったんだ。


 ……獣耳娘はいないけどね。


 二日目になると、街道は山を越えるため、なだらかな登り道になってきた。


 当然かもしれないが、この世界には山の中を通るような長いトンネルといったものは無いようだ。だから山を越えるには大きく迂回するか、もしくはその山を多少なりとも登って超えるしかない。


 オレ達は昨日よりも少し多めに休憩をはさみながら、なだらかな登りが続く街道を進んでいた。


 太陽が傾き始めた頃には、道の右側は絶壁、左側は深い崖となっていた。


 道幅は十分にある。なので真ん中を進んでいれば崖を落ちてしまうことも、絶壁の上から急な落石に潰されてしまうことも無いだろう。


 しかし、オレ達は警戒を強めていた。

 落下や落石にではない。

 盗賊など、敵からの襲撃に対してだ。


 今朝、ガイロンから事前に言われていたんだ。

 もしオレ達が襲われるとしたら、この辺りはその可能性が高い場所の一つだと。

 そのため、隊形の右側一番前を担当しているリンドは頻繁に斥候として先行し安全を確認している。

 オレもリオに頼んで、密かに周囲の索敵をしてもらっていた。


 そのリオの索敵に、どうやら何かが引っかかったようだ。


『この先に人がいるみたいだね』


 もうすぐ右へ大きくカーブするところで、リオが念話でオレに告げてきた。


『盗賊か?』

『ちょっとはっきりしないかな。何となく立ち往生しているという感じだね』

『立ち往生?』

『その先が土砂などで塞がっているみたいなんだ』

『ガイロンに知らせるべきか……』

『たぶん大丈夫だと思う。そこのカーブを曲がった、更に先だから。おそらくその様子は視認できるよ』


 リオの言う通り、カーブを曲がったちょっと先で馬車が五台止まっている。

 さらにその先では土砂が崩れ、道をふさいでしまっているのが見える。

 その土砂の前では何人もの人達が相談しているようだ。


 オレ達は一旦進行を止め、どうすべきか少し相談をした。


「どうする、ガイロン」

「とりあえず様子を聞いてくる。あそこにいるハンターの中には知っている顔もあるようだしな。場合によっては、みんなで土砂の撤去を手伝うことになるかもしれん。リンド、一緒に来てくれ」


 先にいる五台の馬車は乗合馬車というやつだろうか。

 八人くらい乗っている馬車もある。

 馬に乗っているのは十人程。護衛担当のハンター達だろうか。


『トーヤ。絶壁の上に人だ。人数は四人。もしかしたらこっちは盗賊かも』


 リオの言葉に応じて絶壁の上を見るが、ここからではその姿は見えない。


『四人か。手を出してくると思うか?』

『もしその人数でこの場に手を出して来たら、とんでもない大馬鹿か、もしくはよっぽど腕に自信のあるやつだろうね』


 確かにそうだろう。土砂のところにいるハンターと、こちらのハンターを合わせれば十八人ほどになるんだ。そこへたった四人で手を出してくるわけがない。


 ただ、この四人は単なる斥候で、本体が後から来るということもあり得る。

 警戒だけは十分にしておくべきだろう。


 そう考え、ガイロン達のほうに視線を戻したその先で、突然二つの血しぶきが上がった。


「……えっ!?」


 オレも含めて、みんな何が起きたのかすぐには理解ができなかったと思う。

 一番早く状況を把握し、冷静だったのはリオだけだ。


『トーヤ。やつらは敵だ。ガイロンとリンドがやられた。二人とも即死だ。これは、罠だったんだよ』


 罠!?

 あそこにいるやつらが全員敵なのか?

 ガイロンは、あのハンター達の中に知っている顔があると言ってなかったか?

 そのハンターもグルだったということなのか?


『リオ、敵の人数は?』

『五十四人』


 ――五十四人!?


 多い。二人やられたのだから、こちらの戦力は六人しかいない。

 人数比は九倍だ。

 しかもこちらは初手でリーダーをつぶされ、さらには非戦闘員もいる。


 戦闘か、それとも逃げるのか、どっちだ?

 ガイロンがいなくなった今、次のリーダーは誰だ。

 ライドウか、ザウスか。


 敵は急速に迫ってくる。


 それを見て、オレはすぐに察した。


 無理だ。

 あの人数相手に戦闘をしてしまっては、全員が無傷などありえない。

 かといって、逃げてもきっと追いつかれるだろう。


 どうする?

 どうすればいい?


 オレは背筋に冷たいものを感じながら、リオをちらっと見た。


 ここは、やむを得ないんじゃないか?

 リオに頼んで、敵を一気に一掃してもらうべきじゃないのか?

 もしかしたらリオは嫌がるかもしれないが、全員が助かるには、もうそれしか……


 そう考えていた時、リオから先に声をかけられた。


『……トーヤ。あそこ』


 リオの視線の先には……


 それを見たとき、オレはリオが何を言いたいのかすぐに理解できた。


『……なんで、……ここに』


 二人で馬に乗ってこちらに駆けてくるウサ耳娘とネコ耳娘の姿。

 そう。ラカの町の広場で出会った、あの少女達だ。


 何……故……?


 その戸惑いが、リオに一掃を頼むタイミングを逃してしまった。

 敵も味方も入り乱れた混戦状態に入ってしまった。


『トーヤは馬から降りた方がいい。馬上からの攻撃は慣れてないから』

『ああ』


 リオに言われて、オレはすぐに馬から飛び降りた。


 すぐさま腰から剣を抜き、馬上から斬りかかってくる剣や槍などを避けながら、敵の馬の脚を次々と斬りつけた。


 敵の足を、まずは奪っておこうと考えたんだ。

 何の罪もない馬には非常に申し訳ないが。


 自分の近くにいた敵の馬を四頭ほど潰した。

 そのせいで暴れた馬から放り出された敵の一人に、体勢を整える余裕を与えず、首筋を狙って剣を滑らせた。


 まず、一人。


 返り血を避けながら次の敵の前に出る。

 剣を右下から左斜め上へ、相手の脇腹を斬り、さらに上段から剣を振り下ろす。


 これで、二人。


 人を殺すことに全く抵抗がなくなったわけじゃない。

 できればそのようなことはしたくないと思ってる。


 だが、それが避けられないのであれば、殺さなければ、自分や自分のまわりの人が殺されるというのであれば、オレは相手を殺すことを選ぶ。


 オレは、そう決めたんだ。


 四人の男たちがほぼ同時にオレに斬りかかって来る。

 オレは四本の剣と槍の隙間に体を滑らせ、そのまま体を回転させて、勢いをつけながら敵を倒していく。


 敵の数がやはり多過ぎる。

 いくら倒しても敵の勢いは全然衰えた感じがしない。

 とてもじゃないが、他のハンターたちがどうなっているか、全体の様子を気にする余裕が無い。


 せめて護衛対象である非戦闘員の女の子達だけはと馬車に視線を向ける。

 馬は怯えている様子だが、まだ馬車は無事であることを視界に納めながら、近くの敵を斬り倒していく。


 もう、これが何人目か数えていない。


「やあああああ――!」


 掛け声とともに、オレに向かってウサ耳娘が長槍を突き刺してきた。

 体を回転させ、それを避ける。

 回転した勢いのまま長槍を目掛けて剣を振り下ろす。

 だが、少女は両手で長槍を持ち、頭の上でオレの剣を受け止めた。


「へえー、お兄さん、強いね」

「……何故、君が」

「これが、アタシの、仕事だよ」

「盗賊……だったのか」

「盗賊ねぇ。まぁ、似たようなものだね」


 なんだ?

 盗賊ではないのか?

 似たようなものとはどういう意味だ?


 だが、ゆっくり考えている余裕は無かった。


 ――この子、強い!


 もちろんミリアほどではない。

 ミリア相手では、オレはまともに攻撃さえさせてもらえなかった。


 だが、今まで斬り捨ててきた敵とはあきらかに違う。

 オレの攻撃を、長槍を使って受けて、かわして、突いてくる。


 長槍相手なら懐に入れば有利かと、彼女との距離を詰めた時、彼女は長槍をくるりと回して柄のほうで突いて来た。


 ――くっ、器用な!


 それを避けて一歩下がると、彼女はまた長槍をくるりと回して、今度は刃のほうで突いてくる。


 懐に入ればと思ったのは、ちょっと安易だったようだ。

 だが、彼女のスピードや攻撃パターンにも慣れてきた。


 ――これなら!


 そう考えた時、後ろから何か気配を感じ、すかさず横に跳んで避けた。

 オレのいた場所に二本のナイフが突き刺さる。


「ファム、手出しはいらないよ」

「ラヴィが遅いからでしょ」


 ネコ耳娘だ。

 名前はファムというのか。

 って、そんなことより、この子はナイフ使いなのか。


 その時、ファムの後ろのほうで、キア達が乗る馬車が走り出したのが見えた。

 同時にリオから念話が飛んできた。


『トーヤ、マズい! 彼女たちの乗った馬車が暴走した!』


 ――暴走!?


 そう、キア達が逃げようとしたわけではない。

 むしろそれならまだ良かった。


 ――あの先は!


 オレはラヴィとファムを置いて、暴走を始めた馬車に向かって全力で駆け出した。


 右へ左へと振り回される馬車から、セイラと、もう一人の少女が放り出される様子が見えた。


 キアじゃない。

 確かミラーナという名前のもう一人の侍女の子だ。


 キアは……まだ馬車の中にいるのが見えた。


 オレは必死に手を伸ばした。

 キアと、キアの乗る馬車に向かって。


 馬車の荷台の縁を掴んだ時、馬車は崖を落ち始めた。

 いくら身体強化をしているとはいえ、オレ一人の力で馬車を支えられるはずもなく……


 オレは、馬車と共に、キアと共に、崖に落ちていった。



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