第20話 ボッチの一日
『やっぱり、こうなるよなあ……』
『だねぇ。ちょっとやりすぎちゃったかなあ……』
オレ達を含めた一行がラカの町を出発して数時間は経つ。
ここまでの道中は極めて順調。平和そのものだ。
馬車は三台。先頭は水や食料などを積んだ馬車。次にセイラやキア達、今回の護衛対象が乗った馬車。そして最後の馬車には行商のための、いわゆる売り物となる荷物などを積んでいる。
オレ達ハンターの護衛部隊は全員馬に乗り、三台の馬車を囲むように随伴する隊形をとっている。こうしてちゃんと護衛が存在していることを示しておくことで、盗賊たちの余計なちょっかいを極力減らす意図がある、とガイロンが説明してくれた。
護衛部隊のリーダーはオレ達の中で唯一A級ハンターであるガイロンが担当してくれている。したがって、こういう隊形やオレ達の個別の配置などはガイロンが決定してくれた。セイラたちも御者たちも、もちろん異論はなくそれにしたがって隊形が組まれた。
集団で誰かを護衛するなど、オレにとっては初めてのことなので、こうやってちゃんと指示を出してくれる人がいると助かる。
ちなみにオレは左側三番目に配置されている。
繰り返すが、今のところ盗賊たちの姿も無く、すこぶる順調だ。
隊の進行に大きな問題は無い。
あるとすれば、誰もオレに話しかけて来ようとはしないことだ。
それどころか、目を合わせようともしない。
今、オレの話し相手はリオしかいない……
オレの後ろにはロキシーがいる。魔法を使えるという女性ハンターだ。何度か何気ない風を装ってロキシーの方を見たが、そのたびに視線を逸らされてしまった。
そして、オレの前にいるのはライドウだが、一度も振り返ってオレの方を見ようとはしない。
右前はキア達が乗っている馬車なんだが、ほぼ同様だ。
一度だけキアと目があったが、すぐに逸らされてしまった。
それ以後はキアを含めて三人とも、誰もオレの方を向こうとはしなかった。
完全に引かれている。
まさに、ドン引きされている。
こうなると針のむしろのようなものだ。
非常にいたたまれない気持ちになる。
やっぱりラカの町を出なければよかったかも、と思えてくる。
『まあ、自業自得ってやつかなあ』
『お前が言うな! っていうか、リオがやりすぎたんだろうが』
『えー、そうかなあ。誰も死んでないんだし、あれくらいは許してほしいなあ。ボクだってミリアを侮辱されて頭に来ていたし』
まあ、そうだよな。
だから後悔はしてない。
うん。してないったら、していないっ!
『だって、ミリアをイジッていいのはボクだけだしね』
――おいっ!
◇
休憩を取ったとき、オレはみんなと少し離れた大きな岩の上に立って休んでいた。
何故立っているか?
ずっと馬に乗っていたから尻が痛いんだ。
そもそもオレは乗馬なんてしたことが無かった。
なのでうまく馬に乗れるか心配していたんだが、リオにだいたいの乗り方を教わり、最初のうちは身体強化の支援魔法をかけてもらって、どうにか恰好がついていた感じだ。
今はもう支援魔法が無くてもなんとかなっている。
およそコツはつかめたと思う。
本当は、こういうことを教わりながらみんなとコミュニケーションを取りたいところなんだが、今のこの状況ではとても無理だろうな。
今日いったい何度目か分からないため息をついたとき、後から声をかけられた。
「……あ、あのぉ、トーヤ様」
振り向いた先にいたのはキアだ。
「そ、その、お水をお持ちしたのですが、いかがでしょうか?」
キアの手には小さな水瓶があった。
本当のところ、オレにはリオがいるので水の配給は不要なのだが、そういうことは事前に言ってないので気を利かせてくれたのだろう。
今のオレとしては正直水よりも、理由は何であれ、声をかけてきてくれたことがとても嬉しかった。
「ありがとうございます、キアさん。頂戴します」
バッグから水筒を取り出し、キアから水瓶を受け取り、水筒の中へ水を注ぎこんだ。
「あ、あの、その……あの……」
キアは何かを言いたそうにしている。
だけどうまく言葉が出てこないようだ。
やはり、オレを怖がっているのだろうか?
「どうしました?」
オレの方から声をかけてみる。
できるだけ明るく優しくと心がけたつもりだ。
ここで彼女を更に怖がらせてしまったら、もう目も当てられない。
ここが、細心の注意が必要な最重要場面だと思う。うん。
キアが二度ほど深呼吸をし、意を決したように聞いてきた。
その目は真剣そのものだ。
「よ、よろしければ教えていただけませんでしょうか?」
「……何をでしょうか?」
「出発前のこと、です。あのとき何が起こったのか、をです。あ、あのとき、トーヤ様は怒っていらしたのですよね? 離れていても、私でも、それが分かりました。あのときのトーヤ様を、私はとても怖いと思ってしまいました」
キアは、言葉を短く区切りながら、言葉を選ぶようにゆっくりと声に出していく。
「でも、でも、その前に少し、お話させていただいた時には、私は、トーヤ様のことを、とても穏やかで優しい方だと思いました。今でも、そう思っています」
「……何故そう思うのですか?」
言葉を交わしたのは、ほんのわずかだ。
そう断言できる程ではないんじゃないかと思い、つい聞いてしまった。
口に出てから少し後悔した。
なんでそんなことを聞いてしまったのか、と。
聞く必要も無いことだったと思うし、なにより意地悪な質問だったかもしれない。
こういうのは、なんとなくという場合が多いから、理由なんて聞いても仕方ないのかもしれない。
でもキアは、キアが考えている一つの根拠を口にした。
「リオさんです」
「リオ?」
「リオさんは、ずっとトーヤ様の傍にいます。あの時も……私が怖いと思ったあの時もです。動物は、殺気のような気配にとても敏感だと言います。実際あの時、木に止まっていた鳥たちは逃げ、馬たちも怯えていました。でも、リオさんはずっとトーヤ様の傍にいました。それは、リオさんは、あなた様が本当は優しい人だと分かっているからではないでしょうか」
キアはリオのことを普通の小鳥だと思っている。
だから、そういう発想をしたのかもしれない。
でも、リオが本当にただの小鳥だったとしても、その発想にはちょっと無理があるような気もする。
もしかしたらキアは、少し話をした時の印象でなんとなくオレを優しい人と信じ込み、その印象を捨てたくなくて、無意識のうちにリオをその根拠に使っているだけなのかもしれない。
どちらであっても、結局キアは優しい子なんだなとオレは思った。
「あの時私が怒った理由ですが、大した理由ではありません。私が短気だっただけですよ。たんに私の修行不足です。お騒がせして申し訳ございませんでした」
それを聞いたキアは、少し悲しそうな顔で「そうですか……」と言って馬車のほうに戻っていった。
『なんで本当のことを言わなかったのさ。ミリアを侮辱されて……恩人を侮辱されて許せなかったんだって』
『……さあな』
何でだろう。自分でも明確な理由なんて分からない。
言い訳することが男らしくないような、格好悪く思えたのか?
本当のことを言えば、ザムザのことを陰で悪く言うようで、卑怯なことのように思えたのか?
もしくは、その両方だったのかもしれない。
結局、せっかくキアが声をかけてくれたチャンスをオレは台無しにしてしまったのだろう。
休憩が終わり、再び隊形を組んで進み始めた。
そして、あいかわらずオレはボッチだった。
……いや、リオはいるんだが。
もう、気にするのは止めよう。
過ぎたことはもうどうしようもない。
すっぱり諦めて、周りの景色を楽しむことに決めた。
馬上から見る景色もなかなかいいものだ。
空は青く、雲は白く、森は緑。
色鮮やかな素晴らしい景色じゃないか。うん。
でも、ゴメン。
代わり映えのしない景色に、オレはすぐに飽きてしまった……
◇
オレ達一行は、日が沈む直前に野営地を決め、各自食事を取った後はそのまま野宿となる。
キア達は馬車の中で、ハンター達や御者達は適当な場所を見繕って横になった。
もちろん見張りはハンター達が二人ずつ交代で行うことになっている。
オレは一旦仮眠を取り、時間になったところをリオに起こしてもらった。
オレの見張りの時間になっても、きっと誰も起こしてはくれないだろうと思ったんだ。
たき火で夜番する場所へ行くと、そこにはクイーズとロキシーがいた。
確かオレはクイーズと交代して、ロキシーと見張りをすることになっていたハズだ。
「クイーズさん。お待たせしました。交代します」
「え、ええ……。ありがとう……」
そう言いながらもクイーズは立ち上がろうとしない。
もしかして、可愛い妹をオレなんかと二人きりにさせては危ない、とでも思われているのだろうか。
だとしたら、へこむなあ。
そう思っていたのだが、実際は少し違ったようだ。
「……あ、あの、トーヤさん」
「トーヤ、で結構ですよ。クイーズさん。私のほうが年下なんですから」
クイーズの呼びかけに、オレはそう応えた。
オレの方が年下で、ハンターとしても後輩なのだというアピールと、敬称をなくして呼んでもらうことで、少しでも親密度を上げ、今の状況をわずかでも改善できないかと考えていたアイデアの一つだ。
もし敬称をなくすことに応じてくれれば、まだ目があると思う。
もし固辞されてしまったら、もう本当にダメかもしれない。
はたして……
「……わかったわ。じゃあ、トーヤ。私のこともクイーズと呼んで」
思わず心の中でガッツポーズしちゃったよ!
「はい! クイーズ。ありがとうございます」
「私もロキシーでいい。トーヤと呼ばせてもらう」
「はい。ロキシー。ありがとうございます」
ホント良かった。
これならまだなんとかなるのかもしれない。
「……それで、トーヤ、ちょっといいかな?」
「はい。なんでしょう?」
「……ザムザのことなんだけど、その、許してあげてくれないかな。分かってる。あのバカの言ったことは最低だよ。やっかみにも程がある。自分の恩人という人に対してあんなこと言われたら私だって怒るよ。だから、トーヤが怒るのは当然だと思う。それに、あの時のトーヤの殺気。あれで噂は本当だったということも、あのバカにだってちゃんと分かったと思う。だから、あんな最低なことはもう言わないハズだし、私達からもよく言って聞かせたから。……だから、お願い。許してあげてほしい」
「私からもお願い」
クイーズとロキシーが何を言って来るのか、なんとなく予想は付いていた。
そして予想通り、ザムザのことだった。
だから、オレも答えはすでに用意していたんだ。
「もう怒ってませんよ」
「……本当?」
「はい」
これは本当だ。
もう怒っているわけではない。
ただ、あのセリフを許す気はないし、次は無いという気持ちも変わりないが。
「よかった……」
クイーズはかなり緊張していたようだ。
オレの返答を聞くと一気に脱力していた。
その横ではロキシーも大きく息を吐き出していた。
「……そういうことだったんですね」
暗闇の中から突然声が聞こえた。
この声は、キア?
クイーズとロキシーが驚いて声のした方を向く。
オレも実はかなり驚いたのだが、オレのポーカーフェイススキルは絶大な威力を発揮してくれたようだ。
暗闇から出てきたキアは、オレの横に腰かけた。
「話は聞かせていただきました。そして、ようやく納得できましたわ」
一人頷くキアを見ながら、オレはリオに念話で聞いてみた。
『リオは、キアの存在に気付いていたんだろう?』
『うん』
『なんで言ってくれなかったんだ?』
『キアが一生懸命隠れているみたいだったし、言う必要も無いかなって』
『彼女は、いつからいたんだ?』
『うん? 最初からだよ。トーヤの後ろを付いて来たんだから』
全然気付かなかったよ……
にっこりと笑いかけてくれるキアに、オレはなんとなくバツが悪くて、指で頬をかきながら視線を外してしまった。
しかしキアはそんなオレを責めるでもなく、そのまま女性三人でおじゃべりを始めてしまった。
オレは女性たちの会話に入っていけるわけもなく、ただの聞き専となっていた。
でも、これでオレのボッチ旅も終わりだ。
ここからオレの楽しい旅が始まるんだ。
そういう予感がした。
そう思っていた。
でも、残念ながらこの世界は、それほど優しくはできていなかった。
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