第19話 噂のC級ハンター
オレ達は旅支度を終え、ラカの町の西の出入り口に来ていた。
旅支度といっても、荷物はオレのバッグ一つだ。元々そんなに荷物は多くないし、このバッグにはかなり多くのモノが入れられる。
本音を言えば、もう少しこの町にいたかった。
昨日出会ったウサ耳娘とネコ耳娘の美少女二人と、せめて一度くらい食事を楽しみたかった。
せっかく出会えた幸運を、まさかこんなにあっさり捨てる羽目になろうとは夢にも思わなかった。
今日オレ達がラカの町を出発することは、昨日突然決まったことだ。
いや、決められてしまったと言った方が正確だろうな。
「はぁ……」
木の根元に腰かけながらオレは大きくため息を付き、昨日のことを思い出していた。
◇
昨日オレは広場でテティさんに見付かり、急用があるからとハンターギルドまで連れていかれた。
道すがら聞いたところによると、テティさんはオレが泊っている宿に行ってみたが、あいにくオレは不在だったため町の中をかなり探しまわっていたのだそうだ。
広場にてやっとオレを見付けたのだが、二人の少女と楽しそうに話をしているオレに、最初声をかけるのを
ハンターギルドに着くとすぐに奥の部屋に通された。
そこで待っていたのはギルドマスターのバウドだ。
そして彼に「急な依頼が入った」と告げられた。
普通何か依頼が入った場合は依頼掲示板にその内容が告知される。
そしてハンターはその中から自分で好きな依頼を選ぶことができる。
もちろん有名なハンターともなれば、依頼人に指名される場合もある。
だが少なくともオレはハンターになったばかりなので、今は関係の無い話だ。
しかし、今回は少々いつもとは事情が異なる依頼が入った。
依頼主はアスール商会。
ラカの町では一番大きな商会で、ギルドにとっても超が付く程のお得意様なのだそうだ。
依頼内容は、一人娘セイラ・アスールが隣のフルフの町に行くまでの護衛。
約五日間の予定だそうだ。
報酬は、後払いだが一人なんと金貨二枚。
バウドが言うには、たった約五日間の仕事に金貨二枚は破格の報酬だそうだ。
ただし条件としてレベルはC級以上、人数は八人以上、そしてすぐに出発できること。
オレとしては、最初この依頼を受けるつもりはなかった。
割のいい仕事だということは分かる。
でもオレには母さんから譲られた路銀と、ミリアからもらった報酬の半分があるから、今のところ金には困っていない。
だが今現在この町にいるC級以上のハンターというのは、オレを入れてちょうど八人だけだそうだ。
つまりオレが断ってしまったら、この依頼は最初から成立しないことになってしまうわけだ。
これほどの割のいい報酬の依頼、もしオレが断って最初から依頼不成立になると、他の七人から恨まれることになるぞ、とバウドに脅されてしまった。
ちなみに他の七人には既に連絡が付いており、快諾を得ているそうだ。
結局オレには拒否権はなかったみたいだ。
◇
『どうしたのさ、トーヤ。まだ拗ねてるの?』
リオが座っているオレの膝に舞い降り、見上げながら念話で話しかけてきた。
『拗ねてなんかいない。ガキじゃあるまいし』
『じゃあ、何?』
『なんか怪しいと思わないか、リオは』
『怪しいって何が?』
『いやに報酬が高すぎることとか……』
『バウドが言ってたじゃん。商会の一人娘さんの護衛でしょ。別にこれくらいは普通じゃないかなあ』
確かにバウドも言っていた。
もし報酬をケチって、護衛がしょぼかったりして、盗賊に誘拐でもされたら目も当てられない。
身代金を要求されようものなら、こんな額では済まないだろう。
ましてや一人娘がどんな目に合わされるかを想像したら、かけるべきところへお金をかけるのは極々当たり前なのかもしれない。
『なんだかんだ言って、結局はこの町を離れたくないだけじゃない?』
『そ、そういうわけじゃ……』
『でも、ラヴィちゃんとそのお友達、せっかく仲良くなれそうだったのになあ、とか思っているんでしょ?』
『それは……』
当然じゃん、と言いたかったが、言葉を飲み込んだ。
そこへ、突然オレに声をかけてきた者がいた。
「綺麗な小鳥さんですね」
顔を上げたオレの目の前には一人の女の子が立っていた。
確か、今回の護衛対象であるセイラ・アスールの侍女の一人で、キアと言ったかな。
見た目、年齢はオレより少し下といったところだろうか。
獣耳も尻尾もない。人族の娘さんだ。
「この子は、オレの友達でリオと言います」
「まあ。小鳥さんと友達なんて素敵ですね。リオさん、この旅の間、私とも仲良くしてくださいね」
キアがゆっくり差し出す指を、リオは小鳥らしく軽くつついて応じている。
「申し遅れましたが、私はトーヤと言います。旅の間、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ突然失礼いたしました。私はキアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
オレの挨拶に対してキアも丁寧に笑顔で返してくれた。
なんとなく優雅さを感じる。
大きな商会ともなると、侍女も一味違うらしい。
「今回の護衛の皆様は、C級以上のハンターの方々と聞いております。まだお若そうに見えますのに、その年でC級以上だなんて、とても優秀でいらっしゃるのですね」
「いいえ、私はたまたま運に恵まれただけですよ」
「ご謙遜を」
キアは右手の甲を口に当て、優雅に微笑んだ。
侍女というより、このキアもお嬢様なのだと言われても、オレはきっと信じるだろうな。
そして彼女は言葉を続けた。
「聞いておりますよ。かのS級ハンター、闇虎のミリア様と対等に渡り合った凄腕の剣士。そしてミリア様に認められ、異例のC級ハンターとなった、トーヤという青い小鳥を共にした黒髪の青年のことは」
その言葉にオレは一瞬固まってしまった。
「貴方様のことでございますよね?」
「……確かに、それは私のことだとは思いますが」
ここでとぼけることは
もう名乗ってしまっているしな。
でも、やはり対等という一点だけは訂正したい。
何度も思うが、あれはとても対等じゃない。
ただでさえ噂というのは尾ひれが付きまくるものだ。
今はまだしも、今後どれだけエスカレートしていってしまうかと思うと、背筋が凍るどころか凍死してしまいそうだ。
だが、これはミリアが言い出したことなんだ。
この言葉を元にオレはC級になった。
もしヘタに否定すると、ミリアが嘘をついたことになってしまう。
こちらの世界の法はよく分からないが、私文書偽装なんてことになってしまうかもしれない。
そんな恩をアダで返すようなことは絶対に避けたい。
「やはりそうですか。その子を連れた貴方様を見て、きっとそうだろうと思っておりました。噂の御仁にお会いできてとても光栄ですわ」
「……それは、……恐縮です」
その後少し会話を続けていたが、護衛担当に集合がかかりオレはその場を失礼した。
『すごいじゃん、トーヤ。噂の御仁、だって。もしかしてモテ期到来?』
『……どう思う? リオは』
『何が?』
『ミリアと対等にやりあったという嘘をこのまま続けていていいと思うか?』
『別にいいんじゃない?』
リオはあっさり肯定を返してきた。
『誰も困らないし』
『そうかもしれないけど……』
『トーヤは、ちょっとすっきりしないんだよね。あの勝負は事実上完敗だったわけだし、なのに持ち上げられちゃって、褒め殺しされちゃって、恥ずかしいような、情けないような、更には嘘を付き続ける後ろめたさまである』
『……ああ』
『ボクもね。同じ気持ちだよ。はっきり言ってブライドが許さないよね』
プライド……誇り、か。
確かにそういうことなのかもしれない。
『だからさ、次はちゃんとミリアを負かしてやろうよ。胸を張って、ミリアに勝ったと言えるようにさ。それまでは、名誉の前借りさ』
なるほど。それまでの名誉の前借りか。
ミリア自身も「次は分からない」と言っていたと思う。
あれもミリアの持ち上げだったのかもしれないが。
そうだな。
よし! その言葉を本当にしてやろう。
もうあの時のような、命のやり取りのような勝負にはならないだろう。
でも、手合せする機会は来るかもしれない。
そのときミリアの言葉を本当にしてやろう。
きっとそれが、師匠に対する弟子からの恩返しなんだ。
ちょっと自分でも無理やり感がある気もするが、オレはそれで納得することにした。
それまでは名誉の前借りをさせてもらおう、と。
そう思いながらオレは護衛担当の集合に加わった。
集まったハンターは依頼人の要望通り八人。
簡単な自己紹介から始まった。
とは言っても、どうやらオレ以外の七人は顔馴染みらしく、ほとんどオレに向かって名前、クラス、得意武器か得意魔法などを教えてくれるようなものだった。
A級のガイロン、犬人族の男で武器は大剣。
B級のライドウ、人族の男で武器は長槍。
B級のザウス、人族の男で武器は片手剣。
C級のロキシー、人族の女で、得意な魔法は水魔法。
C級のクイーズ、人族の女でロキシーの姉。武器は長槍。
C級のリンド、人族の男で武器は弓。
C級のザムザ、虎人族の男で武器は大剣。
メンバの中に魔法を使える人がいた。
そう、ロキシーだ。
得意魔法は水系らしく、飲み水の確保はもちろん、いくつかの水系の攻撃魔法が使えるらしい。
もちろん魔法陣ではなく呪文による魔法だ。
実際に使うところを見てみたいと思うので、今から少し楽しみだ。
もちろん攻撃魔法を使う状況になど、ならないに越したことはないのだろうが。
最後にオレが自己紹介をした。
「名前はトーヤ。C級だ。見ての通り人族で、武器はこの剣だ」
オレが腰の剣に手をかけながらそう言うと、まわりから「こいつが……」とか、「やっぱり……」などの声が聞こえてきた。
どうやら彼らにとっても、オレは噂の男だったらしい。
「君のことはギルドマスターのバウドから聞かされているよ。相当な凄腕だそうじゃないか。人族でありながら、あの闇虎のミリアと対等に渡り合ったとか。しかも、それをミリア本人が断言したそうじゃないか」
「運が良かっただけですよ」
ガイロンからそう褒められたが、オレは謙虚な返答にとどめた。
名誉の前借りをしようとは決めたが、やはりいきなり「まあね」などとはとても言えない。
これはオレの謙虚さなのか、それともヘタレから来るものなのか。
さて、どっちだろうな。
「……けっ」
他のところから、実に面白くないといったふうな言葉が吐き出された。
ミリアと同じ虎人族のザムザだ。
「大方、不意打ちなり卑怯な手でも使ったか、それともミリアが調子でも崩していたんだろうよ」
「ちょっとザムザ。やめなよ」
「そうだよ。こんなところで」
「うるせぇ」
クイーズとロキシーが
オレは彼の言葉に変な反応はせず、ポーカーフェイススキルとスルースキルを駆使して黙っていた。
無名な人族の若造が、有名なS級ハンターの虎人族と対等に渡り合ったなどと聞かされれば、むしろそのように考えるほうが普通な気もする。
逆の立場なら、オレだってそう思うかもしれない。
ましてやザムザはミリアと同じ虎人族だ。いろいろと思うところもあるのだろう。
そう考えると、とても反論する気にはなれない。
そう思っていたオレに、だが彼は言ってはならないことを口にしてしまった。
「もしくは、なんだ。対等に渡り合ったというのはベッドの上でのことか? ミリアを色っぽい声で泣かしてやったってか」
その言葉を聞いた瞬間、オレのポーカーフェイススキルもスルースキルも吹っ飛んでいた。
オレは無表情のまま、無言のまま、目だけを動かし、ザムザに視線を向けた。
目を細め、腰の剣に手を添える。
そしてザムザに向かい、一歩踏み出す。
その時、何かがオレを中心に広がっていき、それに反応したかのように周囲の木々から鳥たちが飛び立った。少し離れたところにつながれていた馬たちが何かに怯えるように騒ぎ出す。
七人のハンター達がオレを凝視している。
オレは、さらに一歩足を進める。
再びオレを中心に何かが広がっていくのを感じた。
クイーズとロキシーがその場にへたり込んだ。
その体が小刻みに震えている。
いや、その姉妹だけではない。
ザムザもまた、完全に血の気が引いたような真っ青な顔をして、小刻みに震えながらオレを凝視している。
オレはゆっくりと剣を抜き始めた。
「……まっ……て。あっ、……まって。待ってくれ」
ガイロンがなんとか声を絞り出したといった様子で声をかけてきた。
「た、頼む。待ってくれ。あ、あ、こ、殺さないでくれ。これは、ザムザが悪かった。だから、ザムザには、俺からき、きつく言っておく。だから、頼む。この場は抑えてくれ」
一瞬ガイロンに視線を向け、再びザムザを見て、オレは抜きかけた剣を鞘に収めた。
その途端、ザムザもまたその場にへたり込んだ。
ザムザを見下しながら、オレは低く抑えた声で言う。
「オレのことはどんなに悪く言おうが、嫌ってくれようが構わない。だが、ミリアを侮辱したり、
ザムザが震えながらも頷く姿を見て、オレは剣から手を放した。
その瞬間、あきらからに場の緊張が緩み、ガイロンを始め、他のハンター達も座り込んでしまった。
オレはガイロンに「先に馬のところに行っている」と告げ、反転して歩き出した。
少し離れたところではキア達三人の少女が体を寄せ合い、互いの手を取りながらこちらの様子を伺っているのが見えた。
オレは歩きながら左肩に止まっているリオに念話で話しかけた。
『なあ、リオ』
『何?』
『何か、した?』
『んー、大したことはしてないよ。ただ、トーヤの威圧や殺気をこれ以上ないってくらい増幅させただけ』
そんなことまでできるのか。一体どういう仕組みなんだか。
まあ、ザムザに灸を据えられたから良しとはするが、
これはきっと、思いっきり引かれてしまったと思うな。
はぁ……
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