第18話 二人の獣耳美少女

『もう、信じられない。何なのかな、そのヘタレっぷりは!』


 リオがオレの頭の上で騒がしい。

 もっとも、周りに人がいる広場の中なのでリオは念話を使っている。

 だからその声はオレにしか聞こえていないハズだ。


 よく考えてみると、念話って頭の中に直接来るから防ぎようがない気がする。

 もしかしたら念話にはこういう攻撃手段があるのかもな。


 そんなことを考えていたオレに、リオはさらなる念話を畳み掛けてきた。


『ねえ聞いている? トーヤ?』

『聞いてるよ。で、なんでそんなに怒ってるんだ?』

『怒ってない。これは呆れてるんだよ!』


 いやいや、しっかり怒ってるじゃんか。ねえ?


『あのさ、トーヤ。これで一体何人目かな? ラカの町に来てから、もう五日だよ? その間にいたじゃない、獣耳娘たちが。イヌ耳娘にキツネ耳娘、それにネコ耳娘だっていたよね? なのになんで遠くから眺めてるだけで声かけないのさ。お友達になりたいんじゃなかったの? それとも何? もしかして、見ているだけで私は満足ですってヤツなのかな?』

『いや、だって声をかけるって、タイミングがなかなか難しいというか……』

『もう! この、ヘタレ!』

『……うぐっ』


 そう。

 オレ達はこのラカの町に、もう五日ほど滞在している。

 その間色々と散策し、実は獣耳娘たちも何人か見かけていた。


 でも声をかけるまでにはまだ至っていない。

 リオにはそれがひどく不満らしい。


『だってほら、荷物いっぱい持っていて、買い物途中で忙しそうだったり……』

『大変そうだから手伝ってあげようか、とか声かければいいじゃないか。むしろ紳士として、そこは女の子を助けるべきじゃない?』


 これは、先程見かけたキツネ耳娘のことだ。


『他の人と楽しくお食事中だったり……』

『店は混んでいたんだから、相席を申し込むなりすればよかったんじゃない?』


 これは、昨日見かけたネコ耳娘のこと。


『楽しそうに一人で散歩中だったりとかさ……』

『むしろそれに声かけないってどうなのさ! きっかけなんて道を尋ねるなり、知り合いと間違えたフリするなり、色々あると思うんだけど?』


 これは、その前に見かけたイヌ耳娘のこと。


 そう簡単に初対面の女の子たちと仲良くなれたら苦労しないよ。

 何かこう、きっかけが欲しいところだよなぁ。


 例えばゴロツキ共にからまれちゃうとかさ。

 そうすればオレだって、颯爽と現れたヒーローよろしく、女の子を華麗に助けてあげて、格好良く去っていく……いや、そこで去ってはダメか。

 もちろんその場合、リオにちゃんと支援魔法はお願いしちゃうけど。


『もう! この童貞!』


 ――はい?


『……なっ! なんだよそれは!?』


 聞いたこともない単語だが、非常に不名誉な言葉だということは分かる。

 オレはもう童貞じゃないってのに。

 しかもなんだよ、その準って!


『トーヤのように、童貞を卒業したハズなのに、いつまでも童貞みたいに女の子に対して奥手でうじうじしたヘタレのことだよ。たった今ボクが作ったの! トーヤのために! 光栄でしょ! 文句ある?』

『光栄なもんか! 文句? 大アリだって! っていうか、なんで童貞卒業とかを知ってるんだ? ハッ! まさか、見てたんじゃ……』

『はぁあ? そんなわけないじゃん。でもミリアとでしょ? 分からないわけないじゃん。二人っきりで一夜を過ごして、トーヤってば、すっきりした顔で出てきてさ』


 ううう……バレてたのか。

 まあ、考えてみれば当然だよな。

 バレてないハズが無い。


 でも、それはともかく、その準童貞というのは止めてほしい。

 とんでもなく恥ずかし過ぎる。


『違うって言うなら、ほら、あそこ見てよ。獣耳娘が二人いるよ。ネコ耳娘にウサ耳娘だね。しかも二人とも結構美少女じゃない? これは声をかけるでしょう。かけるべきでしょう。ここでかけなきゃ、ホントに準童貞認定だよね。お望みなら、今すぐにでも認定証を押し付けてあげるよ?』


 リオの視線の先には確かに二人の獣耳娘がいた。

 リオの言う通り、ネコ耳とウサ耳だ。

 しかも二人ともホントに美人だ。


 今までの散策中にもネコ耳娘は一人発見していた。

 でもウサ耳はいなかったんだ。

 とうとう見付けることができた。

 うわぁ、あれが実際のウサ耳かぁ。

 ちょっと感動!


 準童貞認定は願い下げだが、それでなくとも、ここはぜひお近付きになりたい!

 心からそう思う。……思うけど、なんか男の人と話をしてるみたい。

 ちょっと柄の良くなさそうな男だけど、別に絡まれているというわけでもなさそうだ。


 困っているなら助けるチャンスだったかもしれないけど、普通に話をしているだけだと、やっぱり何も手は出せないよなあ。

 知り合いと大事な話をしているのなら、横から割り込むわけにもいかないしさ。


『なんか、他の人と話をしているみたいじゃん……』

『はあ……』


 リオのため息が重い。


 でも、日本でもナンパなんかしたことないオレには、初対面の女の子に話しかけるなんていうのはとんでもなくハードルが高いんだ。

 それが簡単にできるほどリア充ライフなんか過ごしてこなかったよ。

 こなかった、というより、できなかった、と言ったほうが正解なんだろうけど。


 お近付きになりたいがどうすればいいだろう、と悩んでいたところにリオから追加の念話が来た。


『あっ! ほら! 話が終わったみたいだよ』


 リオの言う通り話が終わったらしく、男が去っていく姿が見えた。

 ネコ耳娘とウサ耳娘はまだその場で何か話をしてるみたいだ。


 これは、本当にチャンスなのかもしれない。

 でも、どうすれば……


 そう思ったとき、ふと二人がこちらを見て、オレと視線が合った。


 やばっ!?

 彼女たちをちらちら見てたことがバレたかも?


 二人は何か一言二言話をすると、オレの方に向かって歩き出した。


『おっ! チャンスじゃない? 彼女たちの方からこっちに来たよ』


 見りゃ分かるよ!

 けど問題は、何故こっちに来るのかだ。


 リオはなんかうきうきした様子だが、オレは内心ちょっと焦ってた。


 二人がこっちに来る理由は何だ?

 もしかしてオレが、実は彼女たちの好みだったとか?

 いやいや。アホかオレは。そんなことあるわけないじゃん。

 今までそんな美味しい目に合ったことは一度もないんだ。

 いくらなんでもそこまで自惚れられんわ!


 じゃあ、何故だ?

 たまたまこっちのほうに用があるだけ?


 それとも、オレがちらちら見ていたことに気付いて不審がって?

 いや、それなら黙って逃げちゃうだろう。

 それともまさか、ちらちら見ていたことに文句を言うため……とか?


 なんか最後のが一番可能性があるように思えてくる。


 オレの怯んだ気持ちが、この場から逃げ出すことを選択しそうになる。けど、先ほどの準童貞認定問題が頭をよぎり、なんとかその場に踏みとどまる。


 そうしているうちに二人がオレの前までやってきて、そして足を止めた。


 こ、これは……

 二人はたまたまこっちの方に用があったわけじゃなく、オレに用があるってこと……だよな?


 ――ゴクッ


「ねえ、お兄さん。その小鳥、お兄さんの?」


 ウサ耳娘のその言葉にオレは悟った。

 ああ、そういうことか。


 ――謎は全て解けた!


 彼女たちはオレに興味があったわけじゃない。

 リオのような可愛い小動物――少なくとも見た目は――に興味があったんだ。


 日本でもそういうナンパ方法を聞いたことがある。

 やったことは無いけど。


「そうだよ。リオって言うんだ」

「へえ、可愛いね。ちょっと触ってみてもいい?」

「どうぞ。人に懐いているから大丈夫だよ」


 そう言ってオレは、リオを掌に誘導して二人の獣耳娘たちの前に差し出した。

 リオもオレの意図をちゃんと察してくれて、素直に少女たちの前で普通の小鳥の真似事をしてくれている。


『後で何か美味しいモノ、頂戴よね』


 念話でそう言っていたが、それくらい、いくらでもお安い御用だ。


 二人の少女がリオに恐る恐るといった様子で指を出してくる。

 リオがその指を見て、首を傾げながら軽くくちばしで突く。

 そんなリオの小鳥らしい反応に、二人は黄色い声を出しながら喜んだ。


 ウサ耳娘の方は、上は胸の大きさも分かるような体にフィットした服に、下は短い短パンのような恰好で、こちらの世界では珍しい、太ももが露出している活動的な服装だ。もしかしたら、ハンターだったりして。


 ネコ耳娘のほうはそれとは対照的に体のラインが分からないラフな服装をしている。肌の露出なんかもほとんど無い。


 二人の全体的な色も対照的な感じだ。

 ウサ耳娘が白なら、ネコ耳娘は黒。

 それは服の色だけじゃない。髪の色もだ。

 特にネコ耳娘の方は、耳と尻尾がなければ日本人と言われても通じそうな黒髪に黒瞳だ。


 そんな対照的な二人だが、共通点もある。

 二人ともめちゃくちゃ可愛い。

 間違いなく美少女と呼べるレベルだ。


 そう言えばこっちの世界の美女の基準は知らないが、もし日本なら美少女ユニットでアイドルになってもおかしくないレベルだと思う。


 そんな二人がオレの目の前で、リオを相手にすごく楽しそうに明るく笑っている。


 これなら、もしかして、写真くらい撮らせてくれる……かも?


 オレは意を決して聞いてみることにした。


 ここは当たって砕けろだよな!


「ねえ君たち。よかったらちょっと写真を撮らせてくれないかな?」


 なんか、言い方が滅茶苦茶怪しいおじさんのようになってしまった。

 でも、他にどう言えばいいというんだ?


「……シヤシンって、何?」

「こういうモノだよ」


 ちょっと発音がアレなのはスルーして、オレはデジカメを取り出して適当な風景を一枚写真に撮った。そして少女たちに画面を見せる。今撮った風景が画面の中に映っていた。


「何……これ?」

「何かのアーティファクト?」


 初めて見る人には驚きの道具なのだろう。

 その時の風景や場面をこのように絵として残す道具だと、ごく簡単に説明した。


 ネコ耳娘のほうは最初ちょっと戸惑っていたが、ウサ耳娘のほうは興味津々で許諾してくれた。しかもネコ耳娘の躊躇を押し切ってくれたようだ。


 オレは心の中でガッツポーズを取ったね。


 そしてリオも一緒に、何枚か写真を撮らせてもらった。

 隠し撮りなんかじゃない、ちゃんと相手の視線が向いた写真だ。


 ただ、ちょっとリオがうらやましかった。


 撮った写真を見せると、また二人が盛り上がっていた。


 これだけ場が盛り上がれば次にすべきことは?

 食事へのお誘いか?


 オレはポーカーフェイススキルを全力全開で稼働させ、ドキドキする心を必死に抑えつつ、食事に誘う機会をうかがっていた。……のだが、残念ながらそのチャンスは無かったようだ。


「ラヴィ、そろそろ……」

「おっと、もうそんな時間? 行かないとね。じゃあお兄さん、ありがとうね。楽しかったよ。リオちゃんも、じゃあね」


 二人はそう言ってオレ達を置いて去って行ってしまった。


『写真を撮れたのは上出来だったと思うけど、そこは名前くらい聞いとかないと』

『う、うるさい!』


 ウサ耳娘の名前はラヴィというらしいが、自分で聞き出したわけではないし、ネコ耳娘の名前は分からない。

 確かに、食事に誘うより先に名前を聞くべきだったなと反省したよ。


 そんなオレ達に、後ろから声をかけてくる人がいた。


「あ、あのぉ……、トーヤさん?」


 振り向いた先にいたのは、この町のハンターギルドの女性職員、テティさんだった。



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