第14話 村の奪還

 ミリアと共にオレ達は森の端に来ていた。


 ミリアはハンターとしての依頼を受けて、盗賊を追ってここまで来たらしい。

 目的が同じならと、オレ達は協力して盗賊討伐をすることにした。


「その前に一つ聞いていい?」

「どうした?」


 行動を起こす前に打ち合わせをしておこうと頭を寄せ合ったところで、ミリアがオレの方を見て尋ねてきた。


「この鳥のことよ。攻撃魔法に回復魔法。さらにはおじゃべりまでするアーティファクトって。母様の友達とまで言い切るし。一体何なの?」

「何と言われても……。見ての通り、オレの相棒バディだよ」

「そうじゃなくて……」

「それより、急いだ方がよくないかな。あまり時間は無いと思うんだよね」


 リオがミリアの言葉を遮った。

 確かに無駄話をしている余裕はない。

 ただでさえ余計な戦闘で時間をロスしているのだから。


 後で説明するから、と半ば強引にその話題を打ち切って盗賊討伐のための打ち合わせに入った。


「リオ。盗賊どもは全部で二十人ちょっとってことでいいんだな?」

「うん。中央の広場に盗賊は五人。村人は全員そっちに集められているね。その他の盗賊達はみんな北の出入り口近くにいるみたい」

「その人数なら、私とトーヤの二人で全く問題ないでしょうね」


 ミリアと肩を並べるような強さを持つヤツが盗賊たちの中にいるなら話は別だろう。だが「それは流石に無いよ」とリオが言う。

 それならば確かに問題ないと思う。


 だから、そこは心配していない。

 心配は別にある。


「ミリア。盗賊たちはどうするんだ?」

「うん? どうするとはどういう意味かしら?」

「盗賊たちは……殺すのか?」

「ええ、そのつもりよ?」

「――ダメだ!」

「……何故?」


 ミリアが、何故そんなことを言うのか分からないと、首をかしげる。


 やはりこの世界での盗賊討伐は殺すことが普通らしい。


 そう思いながらも、オレはミリアに説明した。

 分かってもらえるか自信は無いが、ここは譲るわけにはいかないんだ。


「ちょっと前に、おそらくこの盗賊たちの斥候部隊と思われる盗賊五人が村に来たんだ。オレはその五人を殺した。でも、そのせいで村人たちをひどく怖がらせてしまったんだ。もうそんな目には合わせたくないんだ。それに、村人たちの中には幼い子供たちもいる。可能な限り残虐なシーンを見せないで済ませたい」

「……じゃあ、どうするの?」

「可能な限り生け捕りにする。殺さずに、戦闘不能にして捕える」

「それは、ちょっと面倒ね」


 ミリアが眉をひそめる。


 戦闘不能にして生け捕りにするほうが、殺すよりずっと手間がかかる。

 それは何となく分かる。

 でも、もう村人たちに残酷な場面を見せたくない。


「もしどうしても殺すと言うなら、オレは協力しない。そして、あなたが盗賊を殺すことを全力で阻止する」

「……本気?」

「ああ」


 譲れない。

 ここは絶対に譲れない。

 ミリアには、今のオレでは敵わないことは分かっている。

 でも、それでも、絶対に阻止する。


 ミリアがチラッとリオを見た。


「ボクはトーヤの味方だから。トーヤに従うよ」


 リオはあっさりとオレに賛同してくれた。


「……生け捕りにしてどうするの?」

「村人たちに引き渡す。処分は村人たちの判断に任せる」

「……それは、たんに村人たちに後始末を押し付けているだけじゃない? 賭けてもいいけど、きっと村人たちは盗賊たちを殺すことになるわ。生かしておくことに何の意味も無いもの。生きていれば食料も水も与えなければならないのよ。あれだけの人数をただ養うだけのお人よし集団ではないでしょう?」


 それは、確かにそうかもしれない。


 オレは単に自分の手を汚したくないだけで、村人たちに自分がしたくないことを押し付けているだけなのか?

 やっぱり、殺すしか選択肢はないのか?

 結局、村人たちを怖がらせようと、怯えさせようと、この世界で自分たちが生きていくためにはそれが当然の行為なのだろうか。


 オレがうまく反論できないことを見て、リオが助け舟を出してくれた。


「ねえ、ミリア。ギルドへ連行して犯罪奴隷にするのは? ミリアはS級ハンターなんだから、その資格があるよね?」

「……ええ、私は今までやったことは無いけど」

「……犯罪奴隷?」

「重犯罪人を奴隷にして、鉱山とか未開地の開発とか、重労働に強制的に就かせることさ。ほとんど生きては帰れないと言われているけどね」

「人族の奴隷は禁止されていると言ってなかったか?」

「犯罪奴隷は別さ。これはどの国でも行われている制度だよ。言ってなかったっけ?」

「聞いた気もするが……」


 奴隷の話を聞いたのはいつだったか。

 確かに犯罪奴隷という言葉は聞いた気もするが、よく覚えてない。


「どう、ミリア?」

「……移送はどうするの? 二十人もの人をぞろぞろ連れてラカの町まで行くつもり?」

「全員縄でグルグル巻きにして、馬車に放り込んでおけばいいんじゃない? 馬車と馬は、ほら、盗賊たちが自分で用意してくれているじゃない。まさにカモがネギとナベしょって来てくれたようなモノだね」


 リオが日本人にしか通じそうもないことを口にしていた。

 実際ミリアは「カモ? ナベ?」と、つぶやいている。

 やはり意味は通じていないようだ。


「……分かったわ。少々面倒だけど、その条件を呑みましょう。あなた達に本気で邪魔されるのは困るしね。ただし、こちらからも一つ条件があるわ」

「何だ?」

「盗賊たちの頭であるガードン、その右腕のオルバルト、そしてもう一人、ギルバの三人は殺す必要があるわ。私が受けた依頼はこの盗賊どもの討伐だけど、この三人の死が達成条件に含まれているの」


 それを聞いて、オレは思わずミリアを睨んでしまったらしい。


「そう睨まないで。何もここで首を刎ねる必要はないわ。村から十分に離れた場所でやればいいのよ。それなら問題ないでしょう?」


 確かに、それならば問題ないだろう。


 オレは納得して了承した。


「リオ、念話の指輪はもう一つあるか?」

「うん、あるよ」


 手を出すと、そこに念話の指輪が現れた。

 ミリアがその様子を見て目を丸くしている。


「い、今のはもしかして、宝物庫ってやつ? そんなことまで……」

「うん。いいでしょ?」

「ミリア、これを。念話の指輪だ。これを指にはめて、オレ達に向かって念じれば会話ができる」

「……これが念話の指輪。話には聞いたことあるけど、実物を見たのは初めてよ」


 ミリアはオレが左手の人差し指にはめているのを見て、自分も同じように左手の人差し指にはめた。


『これでいいの?』

『ああ、ちゃんと通じている』

『うん。聞こえているよ』


 ――さあ、盗賊狩りの時間だ!


 ◇


 オレは村長の家の屋根の上から広場の様子を確認した。

 村人たちは全員ここに集められているみたいだ。

 それはリオが確認してくれた。


 その近くに盗賊らしき人物が五人。

 全員武器を持っているが、周囲を警戒するわけでもなく、五人集まって酒瓶を持ちながら談笑中のようだ。


 村人たちがおとなしく言うことを聞いているため、警戒する必要もないと考えているのだろうか。

 他の盗賊たちは北の出入り口にいるらしく、そちらはミリアが対応する。


『聞こえる? トーヤ』

『ああ、聞こえている』

『そっちの様子はどう?』

『こちらには想定通り五人。その他の連中は全部そっちにいるみたいだが、大丈夫か?』

『問題ないわ』

『では、行こう』

『ええ』


 隣にいるリオに向かってオレは一度頷く。

 リオも頷き返してくれ、いつものように身体強化とスピード強化の魔法をかけてくれた。

 それと同時に、オレは屋根から飛び降りて盗賊五人の元へ向かった。


 体を低くしながら一気に駆け寄る。近くに行ったときには流石に気付かれ、誰何の声が聞こえたが、オレは構わずその勢いのまま盗賊一人を右足で蹴り飛ばした。もう一人を巻き込みながら、盗賊二人が吹き飛び、向かいの家の壁にぶち当たる。


 他の三人が驚いて腰の剣に手をかけた。しかしそれを抜くより早く、オレはまた右足で回し蹴りのように一人を蹴り飛ばす。他の二人を巻き込んで、三人が地面に転がった。


 そのうちの一人にまたがって、上から鳩尾めがけて右のこぶしをたたき下ろした。

 男が苦しそうに鳩尾を抱えてうずくまる。


 同じことを他の二人にも繰り返した。

 三人とも苦しそうにうずくまるだけで、失神はしていない。


 人を一撃で失神させるというのは簡単にはできないようだ。

 アニメだけでなく、時代劇のドラマなどでも一撃で失神させているのをよく見た気がするが、実際にはかなり難しいことなのか、それともオレの力や技術が足りないのか。

 もしかしたら、ミリアは簡単にできるのだろうか。

 もしできるなら、今度コツを聞いておこう。


 振り返って村人たちのほうを見た。

 村人たちも驚いた顔でオレを見ている。


 目をそらしたくなる気持ちを何とかねじ伏せ、村人たちに向かって指示を出した。


「誰か、ロープを持ってきてくれ。こいつらを縛り上げてくれ」


 みんな驚いた顔をしたまま動かない。

 盗賊たちを失神させることはできなかったんだ。

 もたもたしていると復活しかねない。


「急げ!」


 オレの叱咤に、何人かが我に返りロープを取りに動き出した。


「……トーヤさん」


 かすかな声でオレの名を呼んだのはココだった。


「無事だな。怪我は無いか?」

「……はい」

「よかった。他の人は? 怪我をしている人はいますか?」


 みんなおとなしく言うことを聞いていたこともあり、乱暴なことはされなかったようだ。

 人的被害が出なかったことにひとまずホッとした。


「先の五人の死体はどうした? ヤツらに見付からずに済んだのか?」

「あ、はい。あの人達が来たのは遺体を片付けた直後でしたので」

「そうか、よかった」


 何人かがロープを持ってきてくれて、盗賊たち五人にロープをかけ始める。

 決して抜け出せないよう、きつめに縛るようにお願いしておいた。


「まだ、あっちに盗賊たちが沢山……」

「わかっています。大丈夫です。頼もしい助っ人もいますから。彼女が今、そちらを対応してくれています。S級ハンターですよ」


 S級ハンターと聞いて、村人たちから「おお」と歓声が上がる。


「オレも今から加勢に行くから……」


 そう言いかけたオレに、リオから念話が届いた。


『その必要は無いみたいだよ?』

『こちらは終わったわ、トーヤ。そちらはどう?』

『えっ!? 終わったって……えっと、もう全部倒したのか?』

『ええ。そちらはどうなの?』

『あ、ああ。こちらも問題ない。五人とも拘束した』

『そう。じゃあ、こちらにもロープをお願い。拘束しないと』


 ロープを持った村人たち数人を連れて、オレは北の出入り口へ向かった。



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