第13話 勝負の行方
リオに身体強化とスピード強化の魔法をかけ直してもらい、オレは剣を構え直した。虎人族の女は一か所に留まることなく木々の間をすばやく移動して、こちらとの距離を測っているようだ。
村が心配だから早く倒したい。
しかし焦ってはダメだ。相手はかなりの強敵だ。
こちらが何かミスをすれば、容赦なくそこを突いてくるだろう。
焦る気持ちをどうにか抑えつつ、オレは相手の気配を追っていた。
『――そこっ!』
リオのまわりに三本の光の矢が現れ、彼女がいると思われる場所を襲う。
『まだまだ!』
相手が避けて当たらなかったとしても、そんなこと関係ないと言わんばかりに新たな光の矢を出して相手に向かって連射する。
『逃がさないよ?』
そう言いながらリオは羽を広げ、相手に向かって木々の間を飛んで行く。
どうやら彼女は光の矢を全て避け、後退したようだ。
オレもリオの後を追うように駆け出した。
ちなみにリオの声は念話で聞こえてくるから、相手には聞こえていないと思うのだが……? まあ、それは置いておこう。
木々の間を走り抜けていく虎人族の女に対し、リオが軽やかな飛行で追いかける。
新たに三本の光の矢がリオの横に現れ、彼女に向かって素早く放たれる。
当たるかと思われた瞬間、後ろ向きのまま彼女は飛び退き、三本の光の矢は地面に突き刺さった。
――虎人族というのは、もしかして後ろにも目があるのか!?
そう思いたくなるほど絶妙なタイミングで彼女は避けた。
リオは続けざまに更なる三本の光の矢を出し、彼女に向かって速射する。
再び彼女が飛び退く。
その時彼女は反転してリオの方を向き、後ろから紙のようなモノを取り出した。
「貫きなさい! 《土蜘蛛の爪槍》!」
彼女は叫ぶと同時に今取り出したモノを剣で貫き、そのまま地面に突き刺した。
その瞬間、剣を突き刺した地面から五本の鋭く長い針のようなものが飛び出し、リオに向かって襲い掛かる。
リオは体をよじらせて土の針を寸前で避ける。
だが、土の針はそれで終わらずに更にリオを追う。
リオは右へ左へと木々の間をすり抜け、土の針を
更に身をひるがえしながら上空へと退避するリオ。だがそれでも土の針はまだリオを追う。
――追いついた!
まだ地面に剣を突き刺している虎人族の女に向かって、オレは剣を振り上げ飛びかかった。
しかし彼女もまた飛び上がり、オレの頭の上に
――ぐっ
避けきれず彼女の踵落としをまともに食らい、オレは地面にたたき落された。
間髪入れずに彼女の剣がオレに襲い掛かる。
オレは横に転がりながらその剣を避けた。
彼女の剣が地面を離れた途端に土の針は消滅したらしく、戻って来たリオが再び光の矢を彼女に向かって放つ。
後ろを見もせず飛び退く虎人族の女。
オレはすぐさま立ち上がり、剣を左脇に構え、彼女に向かって距離を詰める。
彼女の首筋を狙い、左から水平に剣を振る。
彼女は頭を下げてオレの剣を避け、体をひねってオレの腹に蹴りを放った。
――うっ!?
まともに受けてしまった攻撃に、オレの動きが一瞬止まる。
その隙を逃さず、彼女の左腕がオレの右腕を掴んだ。
――マズい!
そう思った時には、既に彼女はオレに顔を近付けていた。
綺麗な濃いブルーの瞳と紅い唇が見えた時、オレの左脇腹に激痛が走った。
彼女の剣が、オレの左脇腹を貫いていた。
だがその瞬間、オレも彼女の右腕を左手で掴んでいた。
――捕まえたっ!
「リオォオオオ――――!」
オレの左側から、リオの放った三本の光の矢が彼女めがけて飛んでくる。
――これで終わりだ!
そう思った。
そう思ったのに……
だが、彼女は避けた。
左手の手刀を上から、右膝蹴りを下から、オレの左腕に同時に浴びせ、砕いて外したんだ。
――なっ!? これでも、ダメなのか!?
思わず片膝をついてしまう。
そんなオレの前にリオが舞い降りてきた。
虎人族の女は数歩ほど離れた場所からこちらを見ている。
強い。
いや、強いなんてもんじゃない。強すぎる。
リオと二人がかりで戦って、それでもまだ一度もこちらの攻撃が入っていない。
こっちは何度も攻撃を受けてしまっているというのに。
淡く白い光が現れ、オレの傷に入り込んでくる。
リオの回復魔法だ。
左脇腹の焼けるような痛みが少しずつ和らいでいくのが分かる。
砕かれた左腕も痛みが引いていく。
『……トーヤ。いざとなったら、ボクはやるからね』
『……何を?』
リオはオレと彼女の間に入り、彼女を見据え、オレに回復魔法をかけながらも念話で語り掛けてくる。
『彼女は強い。とんでもなく強い。でも、ボクはマイコに約束しているんだ。君を守ることをね。君を死なせたりしたら、ボクはマイコに合わせる顔が無い。いざとなったら、この森を全て灰にしてでも、君だけは守ってみせる』
『だめだ。そんなことをするくらいなら、転移でもして逃げたほうがいい』
リオの言葉をありがたく思いながらも、オレはそれを否定した。
呼吸を整えようと少し大きく息を吸う。
こっちは身体強化を使っていながら、それでも息が上がってきたというのに、彼女は一切呼吸が乱れていないようだ。
この違いはなんだ?
種族の違いか?
それとも鍛え方が違うというのか。
「……回復魔法ね」
突然彼女が話しかけてきた。
「でも、いくらやっても、
……見抜かれているらしい。
確かにオレは剣の腕も戦いもド素人だ。
今まで戦ってこれたのは、リオの支援魔法のおかげだ。
それがなかったら、きっと彼女に瞬殺されていただろう。
今までの獣や盗賊相手ではそれでも何とかなった。
でも、本当に強い相手だと、こうも手も足も出ないものなのか。
彼女との戦闘を振り返ってみて、本当の強さというものが良く分かる。
彼女の動きにも、確かにかなりのスピードがある。
だがそれでも、どちらかというと、オレのスピードの方が勝っていると思う。
パワーもオレの方がずっと上だろう。
だけど、戦闘においては押されてしまう。
リオと一緒に戦って、ようやく攻撃できるチャンスがあるという程度だ。
オレ一人だったら攻撃できる余裕も無い。
防戦一方になってしまう。
しかも彼女の攻撃はちゃんと目で追えていて、防御もできているにもかかわらず、どんどん追い込まれていくような感じがする。
彼女の攻撃には一手一手に意味があり、最適なルートで詰みにされるような感じだ。
「もう一度言うわ。貴方では私には勝てない。だから、降参しなさい」
彼女が一歩、こちらに近付く。
「それだけのパワーとスピードがあるならば、良い師に巡り合い、鍛錬を積めば、一流の戦士にだってなれたでしょうに。盗賊などに身を
――は? 何を言って……?
「そんな稀有なアーティファクトまで持っていながら、何故盗賊の仲間になっているの? 人質でも取られているの? 弱みでも握られているの? それとも、強さに溺れたの?」
彼女のセリフに、ふと思い当たることが頭に浮かんできた。
……これは、もしかして、アレか?
物語ではよくある、アレなのか?
勘違い、なのか?
彼女は盗賊ではなかったのか?
そう思うとオレは頭が痛くなってきた。
こんなときに、こんなお約束にハマったのか、オレは……オレ達は!
「……リオ?」
「……うん。ちょっと待って。一応確認しないと」
リオの名前を呼ぶだけで、どうやらオレの言いたいことが通じたようだ。
リオからも剣呑な雰囲気が消えたのは、きっと気のせいじゃないハズ。
リオは「コホン」とわざとらしく咳払いをすると、彼女に語り掛けた。
「……えっと、お姉さん? ボク達は、盗賊じゃないよ?」
「何を今さら。この期に及んで私を
「お姉さんのほうこそ何者なの?」
「私は、貴方達盗賊を捕まえに来たハンターよ」
彼女はそう言うと、首に下げていたプレートを
「そのプレートはS級ハンターだね。名前は……え!? 闇虎のミリア……」
ハンター? 冒険者とか探索者と同様の、異世界物ではよくある職業だ。
だがそれを見て、リオは本当にげんなりするような口調でオレに言ってきた。
「ゴメン、トーヤ。ボク、頭が痛くなってきちゃった」
「気が合うな。オレもだよ」
どうやら本当に盗賊ではなかったらしい。
どっと疲れた。
リオの回復魔法のおかげで怪我は治ったが、できることならこの場に倒れ伏したいところだ。
だがそんな時間はない。
彼女が盗賊ではないのだとしたら、かなり時間を無駄にしてしまったことになる。
早く村に向かわないと。
「でも、どうやって誤解を解く?」
「とりあえず、ボクに任せてくれる?」
そう言うと、リオはまた彼女に向かって話しかけた。
「ボクはリオ。こっちはボクの主でトーヤ。もう一度言うけど、ボク達は盗賊じゃないよ。むしろこれから村へ盗賊退治に行こうとしていたところなんだ」
ん? オレはいつからリオの主になったんだ?
いや、話がややこしくなるから、ここは華麗にスルーだ。
「私に、それを信じろと?」
「うーん。それが難しいというのは分かるけど、本当だからね」
「何か証明できるものはあるの?」
「村人たちが証明してくれると思うけど……」
話にならないという風にミリアが首を横に振る。
「じゃあ、逆に聞くけど、ボク達が盗賊だと思う根拠は?」
「それは……では何故こんな時間に森にいたの?」
「ボク達にもいろいろと事情があったのさ。極めて個人的な事情なので説明は省かせてもらうけど、でも、森にいたからというだけで盗賊扱いは乱暴すぎない?」
なんとなく自分達のことは思いっきり棚に上げているような気がするが。
ここも華麗にスルーで行こう。うん。
「しかも、先に攻撃をしかけてきたのはお姉さんの方だよね? あの攻撃、もしボク達じゃなかったら、たぶん死んでいたよ? ちょっとひどくないかなぁ」
あれ? そうだったか?
こちらから先に
「ち、違う。あのとき何か魔法の気配を感じて。咄嗟に避けて……。あれをしかけたのは、貴方達でしょう?」
あの時、
これも獣人ならではなんだろうか。
ミリアのキッと睨む顔をものともせず、リオの口は止まらない。
「うん、そうだよ。だってお姉さんがすごい勢いでこっちに向かってくるんだもの。夜の森の中で、何か正体不明なものがものすごい勢いで迫ってくるなんてとても怖いよ。だから、ちょっと止まってもらおうと思っただけだよ? 攻撃系の魔法じゃなかったのは、お姉さんにも分かったんじゃない? なのにあの容赦無い攻撃。ボク達が反撃してしまっても、それは仕方の無いことだと思わない? お姉さんだったらどうする? それでも何か事情があるのだと攻撃は控える? そんなわけないよね。実際、ボク達にあれだけの攻撃をしてきたんだし」
ひさびさに聞いた気がする、リオのマシンガントーク。
「そこのところ、S級ハンターとしてどう思うかな。お姉さんは?」
「うっ……」
――今後、口喧嘩でリオに喧嘩を売るのは止めよう。
オレはそう心に誓ったよ。
いつの間にかミリアからも剣呑な雰囲気は消えていた。
剣も腰の後ろにしまい、両手を前で組んで、何か目が泳ぎだした。
――勝負あったな。
オレからはリオの後姿しか見えないが、賭けてもいい。
きっと今、リオは楽しんでいる。間違いない。
「……本当に貴方達は盗賊の仲間ではないの?」
「違うよ」
キッパリとリオが断言する。
うん。それは全くウソは無い。本当のことだ。
「……分かったわ。……ごめんなさい。……でも……本当に……」
ミリアはまだ全面的には信頼できないようだ。
もっともそれは無理のない話だろうと思う。
こちらも現状それを証明する術はない。
村に行けば村のみんなが証言してくれるとは思うが。
そう思っていたところへ、リオから新たな爆弾が落とされた。
「まだ信じられない? それじゃあ君の母君、クレハに誓おうか。ボク達は盗賊の一味じゃないって」
「「……は?」」
オレとミリアの声がハモった。
ミリアの母親? どういうことだ。知り合いなのか?
「な、何故母様の名を……」
「もちろん友達だからだよ。ハンタープレートでお姉さんの名前を見るまで分からなかったけど、こうしてあらためて見ると、確かにお姉さんにはクレハの面影があるね。その耳や目の色もそうだけど、早とちりが過ぎるところなんて、ホントそっくりだよ。もう最後に会ってから二十年は経つけど、クレハは元気かい? お姉さんのことも、もちろんクレハから聞いているよ。小さいころからハンターに憧れて、部族の村を飛び出してハンターになったんだって? もっとも、それは表向きの理由で、村を飛び出した本当の理由は……」
「えっ!? ちょっ!? ま、待って……」
本当の理由? なんだ?
「君が同族のレカードに振られたからなんだよね。しかも幼馴染の親友に……」
「や、やめてぇえええええ――――!」
ミリアは両手で顔を抑えてうずくまってしまった。
――リオ、恐ろしい子。
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