第12話 虎人族の女

 オレ達は、まずは村に向かうことにした。

 あの後どうなったのか気になるし、オレのバッグもまだ村長の家にある。

 もちろん、バッグはリオにお願いして転送してもらえればそれで済む話なんだけど。


 もしまた、みんなに怯えた目で見られたらと思うと、正直足がすくむ。

 ヘタレな自分はそうすぐには変われない。

 それは仕方ないよな。

 でも、このまま黙っていなくなってしまうのも、いけない気がする。


 とりあえず様子を見て、その後どうするのか決めようと思っている。


 オレは、どうやらかなり遠くまで逃げて来てしまったようだ。

 のんびり歩いていたら、森を抜けるまでに夜が明けてしまいそうだ。


「トーヤ。森の中に人がいる」


 オレの左肩に止まっていたリオが、左の方を向きながら言ってきた。


「こんな時間にか」

「うん。でもこの距離なら、まだこちらには気付いていないハズだよ。別に獣にからまれているわけでもなさそうだし、このまま通り過ぎてしまおうか」

「ああ、そうだな」


 こんな夜中に森で何をしているのか知らないが、たぶんオレ達には関係ない話だろう。


 獣に襲われているというのなら、助ける必要もあるかもしれない。

 だがそうでないなら、別にこちらからわざわざ近付く必要は無いだろう。


「……あれ?」


 リオが相変わらず左の方を見ながら首をかしげた。


「どうした?」

「もしかして、こっちに気付いている? この距離で?」


 リオによると、どうやら先程まではこちらとほぼ平行して同方向に移動していたらしいが、今は少し方向を変え、こちらに速度を合わせ、近付いて来ているらしい。


 もしかしたら、リオと同じような索敵魔法でも使える人なんだろうか?


 だが次の瞬間、そんなことよりももっと重大なことがリオから告げられた。


「……これって。……トーヤ、大変だよ」

「ん?」

「この様子だと、おそらく村がまた襲われている」


 ――なっ!?


 リオの説明によると、村にいる人が二十人以上増えているそうだ。

 そして村にいる人のほとんどが、村の中央にある村長の家の傍の広場に集まっているらしい。

 いや、おそらく集められているのだろう。


 何故そんな続けざまに盗賊に襲われるんだ?

 この辺は比較的治安が良い所だと言ってなかったか?


「……たぶんだけど、さっきの五人はこいつらの仲間で、単なる斥候せっこう部隊だったのかもしれない」


 ……そういうことか。


「だとしたら、もしかしてさっきリオが言ってた森の中にいるヤツも?」

「うん。盗賊たちの仲間で見張り役なのかも。もしくは、いざという時のための遊撃役なのかもしれないね」


 伏兵というやつだろうか?

 盗賊のくせにずいぶんと用心深いというか、用意周到だな。

 いや、二十人もいるのであれば、斥候や遊撃など、それくらいの組織立てはするものなのかもしれない。


「どうするの、トーヤ?」

「どうするとは?」

「村を助ける?」

「もちろんだ」


 リオの問いにオレは即答した。


 確かにオレは村人たちに怯えられた。

 けどそれは、オレが彼らの目の前で五人の盗賊たちを殺したからだ。


 村人たちと過ごした時間はそれほど長くはないかもしれない。

 それでも、彼らといる時はとても楽しかったんだ。

 居心地の良い場所だと思ったんだ。


 そんな彼らを見捨てたりしたくない。


 そんなことをしたら、あの時の楽しかった時間も、羨ましいとさえ感じた思いも、全て夢だったかのように、幻想に過ぎなかったかのように、砕けて消えてしまいそうな気がする。


 そんなことは絶対に嫌だ。

 それくらい、オレにとってあの時間は、もう大切なモノなんだから。


「それじゃあ、まずは森にいるヤツを取り押さえようか。やっぱりこの状況で、盗賊たちと全くの無関係とは考えにくいからね。取り押さえてから、口を割らせればいいよね」


 リオの案にオレは頷いた。


 ただ、急ぐ必要があるだろう。

 もしあの五人が斥候部隊なのだとしたら、オレは五人を殺してしまっている。

 もし盗賊たちが、五人がすでに死んでいると知れば、村人たちの命は非常に危ないことになると思う。


 オレ達は走りながら簡単に打ち合わせた。

 手順は簡単だ。

 リオが固定バインドし、そしてオレが倒す。

 一人を相手するなら、おそらくこれが一番確実で簡単だろう。


 身体強化とスピード強化の魔法をかけてもらい、リオが教えてくれる方へと走る。木々の間を、草を飛び越え、敵のいる方へ。


 そして見つけた。黒い人影を。

 はっきりとした姿は確認できないが、間違いない。

 相手は木の陰などをうまく使いつつ、こっちに向かって来ているようだ。


『見えた! リオ!』

『――うん!』


 リオの返事と同時に黒い影が急に方向転換をしたように見えた。

 リオが固定バインドをしたハズだが、どうやらまだ動いている様だ。


 もしかして、固定バインドに失敗したのか?

 そんなこと今まで一度もなかったぞ?


『……なんで? 固定バインドを避けた?』


 リオが驚きを念話で伝えてきた。


『そんなことできるものなのか?』

『普通は考えられないよ』

『……例えば、何か特殊な能力で事前に察知したとか?』

『……分からない。でも強敵なのは間違いないと思う。気を付けて』


 考えてみれば一人で行動してるのも、それだけ強さに自信があるということかもしれない。

 実際リオの固定バインドを避けてしまうくらいだ。

 少なくとも今までの相手とはレベルが違うのだと思っておいたほうがいいのかも……


 その時――


『トーヤ! 上っ!』


 一瞬、黒い稲妻が落ちてきたのかと思った。


 木の上から黒い影がオレに向かって鋭い斬撃を打ち下ろしてきたんだ。

 腰の剣を抜き、間一髪で斬撃を防ぐ。

 互いの剣が激しくぶつかり合い、その衝撃音が森の中に響き渡る。


 ――ぐっ!


 なんて鋭くて、しかも腕がしびれるほどの斬撃。

 リオの念話が無ければ危なかった。


 その時オレの目に映ったのは――


 短く黒い髪。

 毛に覆われた獣の耳。

 そして、なびくような長い尾。


 ――これは! まさか獣人!?


『トーヤ。彼女は虎人族だ。俊敏性と攻撃力の高さで、夜の森での戦いでは最も厄介な種族だよ!』


 驚きを含んだようなリオの念話が頭に響く。


 ――彼女? 女? 虎……人族?


 相手が放つ二度目の斬撃を防いだとき、彼女の左手がオレの首筋に向かって来るのが見えた。

 思わず後ろに飛び退く。

 彼女の左手が空を切ったとき、その指先に鋭い爪が光るのが見えた。


 ――爪までトラなのか!?


 間髪入れずに彼女はオレに向かって突進してくる。


 彼女の剣はオレの剣よりずいぶん短い。

 半分くらいの長さだ。

 だが、リーチの差など関係ないとばかりに、オレの顔や胸を目掛けて剣を突いてくる。


 彼女の剣の動きは見える。

 どうにか目で追える。

 スピード強化されているおかげで、避けられる。


 でも、先の盗賊たちとは段違いの速さだ。

 スピード強化がなかったら、とても避けきれない。


 オレは右に左にと体ごと彼女の剣を避け、避け切れない剣を自分の剣で捌く。


 オレの頭に向かって突き出される剣。

 ぎりぎりのところで首を曲げて避ける。

 斬撃が風切り音を上げて耳のすぐ傍を過ぎる。


「――チッ!」


 彼女の舌打ちが聞こえた。

 どうやら彼女にとっても、オレが避け切るのは予想外だったようだ。


 だが、オレも余裕なんて全く無い。


 彼女の剣がオレの左下から斬り上がる。

 オレは体をのけ反らせて避ける。

 オレの体が後ろに伸びきったところを狙って、彼女は一歩踏み込み、上段から斬り下げてくる。

 剣でそれを受け、オレは一旦距離を取ろうと後ろに跳んだ。


 だが、それを許さないかのように彼女は剣を構えて迫って来る。

 彼女の剣が、さらに左手の爪まで交ぜて縦横無尽に迫って来る。


 オレは防御しかできない。

 とてもこちらから攻撃を出す余裕なんて無い。


 しかも徐々に避け切れない斬撃も増えてくる。

 致命的な一撃は受けないまでも、彼女の剣の切っ先がオレの頬を、腕を、脇腹をかすめる。

 その度に少しずつ少しずつオレの傷が増えていく。


 彼女の水平に払う一撃を剣で受けたとき、彼女はスッとオレの懐に入り込んできた。

 その瞬間、オレは腹に強い衝撃を受け、後ろに吹き飛ばされた。


 ――何をされた? いや、それよりマズい! これでは次が避け切れない!


「――これで終わりよ!」

「――させないよ?」


 吹き飛ばされたオレと、そのオレに迫って来る彼女との間に、リオが割り込んだ。


 リオが一度羽ばたくと、無数の青い羽のようなものが彼女を容赦なく襲う。

 彼女が右に飛び退く。

 彼女がいた場所に、羽のようなものがいくつも突き刺さる。


『トーヤ、大丈夫?』


 念話と同時に、温かく白い光がオレを包み、傷口に入り込む。

 すうっと傷口が塞がっていく。


『助かった。リオ』

『かなりの強敵だね。今度はボクも参戦するよ。二人で早く片付けよう』


 確かに急がないと村が心配だ。


『リオ。あいつを一発でやっつけることはできるか?』

『うーん、あいつ、滅茶苦茶勘がいいのか、対人攻撃魔法くらいじゃ避けちゃうみたいなんだよね。やるなら避けようがない対域攻撃魔法くらいで、周囲の森ごと全て灰にしちゃうのが早いんだけど』

『……それはやり過ぎだ』

『だよねぇ』


 確かにそういう攻撃のほうが確実なんだろうけど。

 でも、いくらなんでも一人を相手にして、そこまで損害を出すわけにはいかない。

 まるで某トラブルコンサルタントの女性ペアみたいなことはカンベンしてほしい。


『とにかく支援魔法は切れないように頼む。あと、オレの攻撃の援護と、あいつの足を止めたら固定バインドを』

『了解だよ。じゃあ、第二ラウンド、行ってみようか』



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