第10話 初めての対人戦

 手順や合図などについて、リオと事前の打ち合わせは済ませた。

 あとは行動あるのみだ。


『リオ、準備はいいか?』

『もちろん。トーヤこそ、はいい?』

『ああ』


 覚悟? そうだよな。

 人の命がかかっているんだ。

 いざという時ためらってちゃダメなんだ。

 失敗はできないんだ。

 絶対に許されない。


 目を閉じ、一度深呼吸し、心の中で唱える。

 まるで呪文のように。

 自分に言い聞かせるかのように。


 ――大丈夫。できる。オレ達はできる。できる。できる……


 オレは目を開き、盗賊たちを取り巻いていた村人たちの集団の中から一歩進み出た。


 剣は持っていない。

 リオの宝物庫の中だ。


 武器を一切持っていないことをアピールするため、両手を軽く上げて、手も広げて、ゆっくりと前に歩いていく。


「なんだ、貴様は」


 盗賊たちがオレの動きに気付き、リーダーらしき男が声を張り上げてきた。

 足を止め、オレは少し息を吸って、口を開く。


「偶然この村に立ち寄っていた旅の者です」


 声が震えているのが自分でも分かった。


 そうか。

 オレは緊張しているんだ。

 こんな経験初めてだからな。無理もない。

 でも、今は震えてちゃダメだ。


 落ち着け、オレの心臓。


 落ち着け。落ち着け。落ち着け……


 動作が大きくならないように気を付けながら、深呼吸のように息を大きく吸って、ゆっくり吐く。もう一度息を大きく吸って、ゆっくりと吐く。


 大丈夫だ。オレはできる。できる。できる。できる……


「なんだ? 命乞いか? 村とは関係ないから、自分だけ見逃せってか?」


 盗賊たちはオレの声の震えを恐怖から来たものと受け取ったらしい。

 後にいる村人たちの一部からも「そんな……」とか「まさか……」という声がかすかに聞こえてきた。


 自分だけ命乞いするかのように、村人たちに思われてしまった?

 少し悲しくなったが、その主な原因はオレの声が震えてしまっていたことにあるんだろう。だとしたら、そのように思われても仕方がなかったかもしれない。


「いいえ、そうではなく……」


 うん。今度は震えずに言えていると思う。


 オレは盗賊たちに視線を向けながら言葉を続けた。


「人質の二人を解放してもらえませんか?」


 よし!

 ちゃんと言えている。

 大丈夫。大丈夫だ。


「……ああ? この状況で何言ってんだ、てめぇ。いいからさっさと食い物と酒を持ってこいよ。さっさとしねぇと、見せしめに娘を一人殺すぞ?」

「ダメ、ですか?」

「くどい! なんならてめぇから殺すぞ? あぁあ゛!?」


 リーダーらしき男の言葉に応じて、人質を捕まえていない二人が剣で肩をトントンと叩いている。こんな若造いつでも瞬殺してやると言わんばかりに、余裕たっぷりのにやけた顔だ。人質を捕まえている二人も、ニヤニヤしながらオレのほうを見ている。


 こういう反応になることは当然分かっていた。

 そうだ。当然そうなるだろう。

 だから……


 ――だから、やるしかないんだ!


『リオ。カウントいくぞ。……三、二、一、今!』


 合図と同時に身体強化とスピード強化の魔法が自分にかけられたことを自覚しながら、オレは盗賊たちに向かって駆け出した。


 オレのこの行動を予想していたのか、リーダーらしき男を含め人質を捕まえていない三人がニヤニヤした顔のまま剣を構え直す。


 だが、盗賊たちの予想できなかったこともある。


「「なっ! なんだこれは!?」」


 人質を捕まえていた男二人が驚きの声を上げた。

 その声に振り返った盗賊たち三人の視線の先には、人質を掴んでいたハズの両手を横に大きく広げ、見えない十字架にはりつけにされたかのように宙に固定されている二人の姿があった。


 オレの口端が自然と持ち上がる。「グッジョブ、リオ!」と小さく呟きながら、オレはスピード強化された脚力を活かし、盗賊の腕から解放されて地面にへたり込む女の子達の元に一瞬で駆け寄った。


 はりつけにされて慌てる二人や、その様子に唖然としている三人を後目しりめに、女の子二人を両肩に担いで反転し、村長たちの元へ駆け戻る。その際、女の子達の悲鳴については可哀相だが無視させてもらった。


 女の子たちを肩から下ろすと、一瞬遅れて村人たちの間で歓声が上がる。


「き、きさま! 一体何しやがった!」


 人質を奪い返され、逆上したかのようにリーダーらしき男が叫ぶ。


 だがもう、オレの目的の半分は達成できた。

 人質は取り戻したんだ。

 あとは、もう半分の目的に集中できる。


 女の子達を村長たちに預け、オレは振り返った。


「今すぐ武器を捨てて、降参しろ!」


 もし降参して武装解除したならば、捕えて、後の処分は村に任せる。

 だが抵抗を続けるならば、……戦うしかない。


 逃がすつもりは無い。追い返して済ませるつもりも無い。

 もしここで、この盗賊たちを取り逃がしてしまっては、必ず後日報復があるだろう。

 オレがいる時ならばまだしも、オレがここを去った後の場合、間違いなくこの村は全滅させられてしまう。


 それは、絶対にイヤだ。

 絶対にダメだ。

 だから、捕えるか、戦って……殺すしかない。


 オレは盗賊たちに向かって再び歩き出した。

 今度は腕を上げる必要など無い。


 オレの目の前に剣が現れる。

 それを手に取り、鞘から剣を抜いた。


「もう一度言う。今すぐ武器を捨てて、降参しろ」


 二人は空中にはりつけにされたままだ。

 したがって、相手をするのは三人だけだ。

 リオの支援魔法、身体強化とスピード強化があれば、三人くらいならばなんとかなるハズだ。

 リオも大丈夫だと言っていた。


「てめぇ――」


 盗賊たちの恨みがましい声を無視して、オレはゆっくりと歩みを進める。


「やっちまえ!」


 リーダーらしき男が叫ぶ。

 それを合図に二人の男が剣を振りかざしてオレに迫って来る。

 だが叫んだ本人は言葉と裏腹に、反転して斧を放り出して逃げ出したのが見えた。


『リオ、アイツを逃がすな』


 リオに短く念話で伝えると、オレは襲い掛かってきた男二人の剣の間を抜け、すれ違いざまに左側の男の首筋を狙って剣を横に振り抜く。

 その勢いのまま体を一回転させ、もう一人の男に向かって上段から右下へと一気に剣を振り下ろした。


 一瞬二人の動きが止まり、そして声もなく倒れた。


 逃げ出そうとしたリーダーらしき男に視線を向ける。

 男は反転した場所にうつ伏せに倒れていた。


 どうやらリオは男の足元を固定バインドさせたらしい。

 男は必死に手でもがき、逃げようとしているが、足が固定されているため動くことができないようだ。


 オレは男の傍まで行き、もがく姿を見下ろした。


「これが最後だ。降参しろ」

「ふざけるな、てめぇ。何なんだこれは! 許さねぇ! ぜってぇ殺すからな! 殺す。殺す。殺す。てめぇも村人も、必ず殺してやるからなあああああ――!」


 ……ダメだ。

 こいつを生かしておいては、絶対にダメだ。


 オレは剣を逆手に持ち、少し持ち上げてから勢いよく振り下ろした。

 剣が男の胸を貫き、絶命させた。


 これで三人。

 残りは……二人。


 いまだはりつけにされている男達の傍まで行き、二人を交互に睨み付けた。


「こ、殺さないでくれ。降参するから」

「お、俺もだ」


 一度頷いて、リオに念話で声をかけた。


『リオ、二人の固定バインドを外してくれ』

『……いいの?』

『ああ』


 その途端、二人の拘束が外れた。

 次の瞬間――


「バカめっ!」

「死ねぇえええ!」


 襲い掛かってきた二人を、オレは斬り捨てた。


 ◇


 周囲は静寂に包まれていた。


 盗賊たちは五人とも死んだ。

 村人たちは誰も傷つくことなく、誰も死なずに済んだ。

 オレは大きく息を吐き出した。


 よかった。

 本当によかった。


 剣を鞘にしまい、オレは村長たちのほうへ歩き出した。


『お疲れ様、トーヤ』

『うん。リオもありがとう。助かったよ』


 近くの家の屋根の上にいるリオに視線を向け、オレは念話で礼を言った。


 今回もやっぱり、リオ様様だ。


 遠巻きにこちらを見ている村人たちのほうに視線を向けると、一人の若者と目が合った。

 先程、オレに弟子入り志願していたヤツだ。


 また弟子入りを言ってくるかもな。


 そう苦笑しかけたとき、その若者はオレから目を逸した。


 ――ん? なんだ?


 今、彼はあきらかにオレから目を逸したと思う。

 いや、彼だけじゃない。

 他の人たちも、あきらかにオレと目を合わそうとしない。


 そしてオレは、もう一つ違和感に気付いた。

 場が静かすぎるということに。


 盗賊たちを倒して、自分たちの命が助かったとなれば、歓声が沸くものではないか?

 さっき人質を取り戻したときは、確かに歓声が上がっていたハズだ。


 だが誰も、何も言わない。

 場は静寂のまま。

 みんな、オレのほうを見ているような、でも目を合わせないようにしているような……


 みんなの近くまで戻ったとき、オレは知っている顔に声をかけた。


「ココ?」

「……ひっ!」


 彼女が一歩後退あとずさる。

 そんなココの反応に、オレの上げかけた右手が止まる。


 ……怯えている? ……オレに?


 ココの顔はあきらかに恐怖で怯えていた。

 ココだけじゃない。

 他にも何人か後退あとずさっている。


 何故オレを?

 今の戦闘が原因?


 ふと、上げかけていた自分の右手が赤く染まっていることに気付いた。


 これは、血?

 返り……血?


 自分の全身が赤く、返り血に染まっていることに気が付いた。

 それと同時に、体が震えてきた。


 ――なんだ、これ。


 ――オレは、なんで、こんなに……


 分かりきっている。

 人を殺したからだ。

 五人の人を殺したからだ。


 そうだ。

 オレは、人を殺したんだ。


 自分の体が何故震えたのかが分かった。


 オレも、自分に恐怖したんだ。


 オレはココを見た。

 出会ってから何度もオレに見せてくれていた、はにかむ様な笑顔じゃない。

 恐怖に怯えている顔。

 オレに怯えている顔。


 そう、、怯えている顔……


「うっ……ううっ……うわぁああああああああああああ――――」


 オレは、その場から逃げ出した。



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