第9話 村を襲う者たち

 オレの送別会にはココはもちろん、この三日間で知り合った多くの人たちが来てくれていた。


 ちなみに、ココの父親の経過は順調だそうだ。食事もしっかり取れていて、もう普通に歩きまわる分には全く支障は無いらしい。この送別会には大事を取って欠席しているが、最初に少しだけ顔を出してくれた。


 何度も何度も礼を言われ、しまいにはココと結婚してこの村に住まないか、とまで言われてしまった。それを聞いたココが顔を真っ赤にして父親に怒っている姿は、ちょっとほほえましい光景だったかな。


 すごく居心地のいい村だと思う。

 みんな仲が良く、協力し合い、助け合い、一緒に生きていく。

 村人みんなで一つの家族のような、そんな雰囲気だ。


 日本で一人暮らしをしていたオレは、隣の人ともあまり会話をしたことがなかったと思う。今までそれが普通だと思っていた。


 でも、そうじゃない世界もあるのだと知った。

 母さんがオレに旅を勧めた理由が、ほんの少し分かったような気がする。


 まわりのバカ騒ぎに笑いながら、柄にもなくそんなことを考えていた時、リオから念話が届いた。


『トーヤ、聞こえる?』

『ああ、聞こえるよリオ。だが大足兎の肉はもう無いぞ?』

『それは残念だけど、そうじゃなくて。すぐに外に出て来れる? なんか様子が変なんだ』

『ん? 分かった。ちょっと待って。今から行くよ』


 珍しいな。リオが曖昧な事を言うなんて。


 そう思いながらも立ち上がったオレの足に、酔っ払いが一人絡みついてきた。


「トーヤさーん、今度剣を教えてくださいよー。弟子にしてくださいよー」


 弟子?

 いやいや。無理無理。

 なんせオレのは魔法というチートでスピードとパワーが上がっただけだからな。

 剣道なんて、高校のとき授業でやった程度だし。


 でもまあ、酔っ払い相手に真剣に悩むことはないよな。


「あー、はいはい」

「強くなって、街へ出て、モテたいんですよー」


 うん。その気持ちはよく分かる。

 凄く凄くよく分かる。オレだって……


 痛いほどよく分かる切実な願いだとは思うが、オレに教えることは無理だ。

 自分で頑張ってもらうしかない。


「強くなってぇ、獣もいっぱい狩ってぇ、悪い奴らなんかも簡単に倒してぇ、絶世の美女なんかを格好良く助けたりなんかしちゃってぇ……」


 なんか語りだした酔っ払いの腕をそっと振りほどいて、オレは外に向かった。


 昼間は太陽が出ているせいか適度に暖かいが、日が沈んだ後の外は少々肌寒いようだ。


 外に出たオレの左肩に、すぐにリオが舞い降りてきた。


『どうしたんだ?』

『どうも北の出入り口が騒がしいようなんだ、けど……』


 この村は基本的に冊に囲まれていて、東西南北にそれぞれ出入り口が一つずつある。ちなみに、オレ達が最初に入ってきたのは東の出入り口だ。


『ちょっと待って。……これは……しまった! 油断してた』

『リオ?』

『トーヤ、剣を転送するから受け取って』


 その途端、オレの剣が目の前に転送されてきた。

 それを受け取り、左腰に差す。


『どういうことだ。リオ?』

『……盗賊だよ』


 ◇


「聞けぇー、おまえらー」


 北の出入り口の傍に盗賊が五人いた。全員男だ。そして全員武装している。

 その内の一人、長いひげを生やし、斧のような武器を持った男が叫んでいる。


 コイツがリーダーだろうか。

 あの斧は、戦斧せんぷとかバトルアックスとか言われているやつだろう。


「このガキ共を殺されたくなかったら、言う事を聞け! 今すぐ、食い物と酒を、ありったけ持ってこーい」


 見ると二人の女の子が盗賊たちに捕まっている。


 二人とも見覚えがある。

 そう、二日目の山菜取りだ。

 あの時一緒に行った子達の中に、この二人もいた。


 どういう経緯で捕まったのかは分からないが、二人とも盗賊の男に後ろから拘束され、首筋にナイフのようなものを当てられている。


「おらぁ! 村長はどいつだー」


 リーダーらしき髭男が叫ぶ。


 騒ぎに気付いた村人たちが次々と集まってきている。

 だが相手は武器を持っている盗賊たちだ。

 人質まで取られている以上、迂闊に近寄ることなどできない。

 遠巻きにそれを見守るしかできないでいた。


 少しして村長が息を切らせて走ってきた。

 送別会に出ていた連中も続けて次々とやって来る。


「わ、私がこの村の村長だ。こ、子供たちを解放してくれ。要求は何だ。我々にできることなら何でもむから、子供たちを……」

「食い物だよ、食い物! それと酒だ!」

「わ、分かった。用意する。すぐに用意するから、ちょっとだけ待ってくれ」


 村長が近くの男に指示を出した。


『リオ』

『ん? 何、トーヤ?』


 オレはその様子を見ながら、リオに念話で尋ねた。


『この世界では、どうなんだ? 盗賊は要求が満たせれば、おとなしく人質を解放して去ってくれるのか?』


 この世界の常識を、オレはまだよく分かっていない。


 もし食べ物と酒を渡して人質が解放されるなら、そうするのも一つの解決策だと思う。もしかしたら味をしめてまたやって来るかもしれないが、少なくとも今は人質たちを確実に助けることができる。

 人の命には代えられない。


 もし肉が足りないというのなら、リオの宝物庫にはまだ大足兎が四匹眠っているはずだ。それを提供しても全然構わない。欲しければまた狩ってくれば済むのだから。


 だが、リオの返答は無慈悲なものだった。


『……残念ながら、無いだろうね。食べ物と酒を渡しても、最悪男たちは皆殺し。女たちは良くて慰み者。悪ければやはり皆殺し。それがこの世界の盗賊のやり方だよ。彼らは奪うか殺すかしかしない。そう思っていい』

『じゃあ、それが分かっていても、村長は要求を呑むのか?』

『他に策が無いんだろうね。この村には自警団のようなものは無かったでしょ? この周辺の地域は比較的治安が良いほうだから、今までそういう必要が無かったのかもしれない。戦えるとしたら、普段狩りに出ている男たちくらいかな。でも盗賊相手の戦闘なんて経験無いだろうね。まして人質がいては迂闊に手は出せない。戦って勝てないなら、あとは可能性は限りなくゼロに近くても見逃してくれることに賭けるしかないのかも』


 そんな分の悪いギャンブルに、自分たちの命を賭けないといけないのか……


『村長が何を指示したか分からないけど、もしくは時間を稼いで抵抗の準備をしているのかもしれない。場合によっては人質を諦めてね』

『近くに援軍とか味方のようなものは無いのか? 助けてくれるような存在は』

『残念ながらこの村の近くにはないよ。一番近くてラカの町だけど、早くても馬の脚で往復に半日はかかるだろうね』


 それでは到底間に合わないだろう。

 それだけあれば食べ物と酒を奪い、蹂躙して、悠々と逃げ去ってしまうだろう。


 ――では、オレ達なら?


 できるだろうか。

 もちろんリオの支援は必須の大前提だが。

 だがオレも対人戦闘の経験はまだ無い。

 相手にしたことがあるのは獣だけだ。

 今まで獣相手なら、リオの支援魔法のおかげで危なげなく相手を倒せている。


『リオ、オレ達ならできると思うか?』

『うん。全く問題無くできると思うよ。見たところ彼らの戦闘力はそれほど高くなさそうだし。いつもの支援魔法だけで十分にいけると思う』


 なんて心強いお言葉だ。


『ならリオ、力を貸してくれ。オレはこの村を守りたい。みんなを助けたい。この村の誰にも死んでほしくないんだ』

『トーヤがやると言うなら、ボクはそれにいつだって力を貸すよ』


 リオは即答してくれた。


『以前言ったよね。ボクは君を全力でサポートするって。それは女の子関係に限った話ではないよ』


 リオの言葉は本当に頼もしくて嬉しかった。

 それに対して、オレは陳腐でありふれた言葉しか返せなかったよ。

 だけど、心からの感謝を込めて言ったんだ。


『ありがとう、リオ』



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