第8話 最初の村にて

「リオ。ここから運ぶから、手土産用の大足兎を一匹だけ出してもらえるか?」


 森を抜けたところで、リオに宝物庫から大足兎を取り出してくれるよう頼んだ。


「うん。……あれ? 手土産は二匹にするって言ってなかったっけ?」

「そのつもりだったけど、考えてみれば結構重そうじゃん? 二匹も運ぶのはちょっとな」

「なるほど」


 納得してもらえたらしい。

 リオが頷き、目の前に大きな兎が現れた。


 ちなみに、リオの宝物庫の中は時間が固定されているらしい。つまり中に入れておけば腐ることはないんだそうだ。それに比べて母さんから譲り受けたオレのバッグには、そのような便利機能は付いてないらしい。どうにもオレのバッグはリオの宝物庫の劣化版のような気がしてきた。


「それと、コレもあげるよ」


 そう言ってリオが宝物庫から取り出したのは濃い灰色のマントだった。


「その服装は、こっちの世界では少々珍しいからね。羽織っておくといいよ」


 今のオレの服装はジーンズにブルーのワイシャツだ。

 こちらの標準的な服装はまだ分からないが、リオがそう言うならそうなんだろう。ここは素直に従っておこう。


「分かった。じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」


 礼を言ってマントを羽織り、大足兎の足を持って引っ張ってみる。


 ――お、重っ! 予想以上に重い。いったい何キロあるんだよ、こいつ!


 それでもなんとか引きずりながら歩き出した。


 もう太陽はかなり傾きかけている。

 当然かも知れないが、周囲に街灯なんかもなさそうだ。

 日が暮れたらきっと真っ暗になってしまう。

 急がないと!


 でも、これはマジで大変だ。

 リオに身体強化の魔法をかけてもらおうか?


 いやいや。

 母さんも頼り過ぎるなと言っていたし。

 村はもうすぐそこ……のハズだ。

 がんばれ、オレ!


 村を囲うような冊が見えてきた。

 どうやらその近くには人がいるみたいだ。

 しかも一人や二人じゃない。

 十人くらいはそこに集まっているようだ。


 何か騒いでいる?

 なんだろう?


 リオを左肩に乗せ、右手で大足兎を引っ張りながらオレは彼らに近付いていった。


 何人かがオレに気付いたようだ。

 慌てた様子で三人ほどオレの方に走ってきた。


「おい、お前! 何者だ?」


 おお! 翻訳の指輪はちゃんと機能しているみたいだ。

 オレには日本語にしか聞こえないよ。


 ちょっと乱暴な誰何すいかに聞こえた気もするんだが、そこはスルーしておこう。

 何しろオレにとって異世界人との初めての接触ファーストコンタクトだ。できるだけ争うようなことはしたくないし、もしかしたらこちらではこれが普通なのかもしれないし、そもそも翻訳のせいかもしれないんだしな。


 だけど、オレは丁寧にいかせてもらおうかな。


「はじめまして。トーヤと言います。旅の途中なんですよ」

「……お前が持っているそれって、も、もしかして大足兎か?」

「ええ、先ほど偶然見つけて、美味しいと聞いていたので手土産代わりに狩ってきたのですが。あははは……重いですね、これ」

「……狩って? お前一人でか?」

「ええ」


 もちろんです、という顔をしてオレは頷いた。


 だって、

 魔法疑似生命体と一緒にです、とか。

 チートを使って狩りました、とか。

 そんなこと、とても言えないよな?


 それはともかくとしてだ。

 気になるのはあそこにいる人たちの様子だ。

 オレは素直に聞いてみることにした。


「ところで、何かあったんですか?」


 騒いでいるような集団の方へ視線を向けて尋ねてみる。


「……ああ。狩りに出ていた男たちの一人が、大怪我をしちまってな」

「可哀想に。あれではもう……」


 手土産の兎を男たちに任せ、オレは集団の方へ歩み寄った。


「……さん、お父さん、お父さーん」


 少女の悲痛な叫び声がオレの耳に飛び込んでくる。

 大怪我をしたという男の、恐らくは娘なのだろう。


 集団の中心で横たわっている男の姿と、その傍で泣き崩れている少女の姿が見えた。周りの者たちはみんなうつ向いてしまっている。


 それを見れば否が応でも察してしまう。

 恐らくもう手の施しようがないんだろう。


「やだ、やだよ。死なないで、お父さん――」


 少女は十歳くらいだろうか。

 うつ向いて何もできない大人たちの中で泣き叫ぶ幼い少女の声が、オレの心を締め付けてくるようだ。


 この世界は、やはり「死」というものが非常に身近にあるのだろう。

 ある程度は予想していたが、こんなにすぐそういう場面に出会ってしまうとは思わなかった。


 そう思うと、オレの足はそれ以上動けなくなっていた。


 オレにはどうすることもできない。

 オレには医学の知識というものはほとんどない。

 多少の応急手当ならまだしも、致命傷を負った人に何かできるような知識も技術もない。


 ――だが、リオなら?


『リオ。何とかできないか?』


 念話を使ってリオに聞いてみる。


『……たぶん、できると思うよ。まだ助けられると思う』

『なら、助けてやってくれないか? 頼む』

『うん。トーヤ、右手を空に向かって高く上げて』


 何故そうするのか分からなかったが、言われた通り右手を上げた。

 その途端、オレの右手が淡く白い光に包まれた。


「なっ! 魔法だと! それも無詠唱で……」


 後ろから付いてきていた男たちの一人が驚いた声を上げた。

 その声に気付き、うつ向いていた者たちもこちらに視線を向け、揃って大きく目を見開いた。


『トーヤ。その手でその男の傷口を撫でるようにかざしてあげて』


 リオに言われるまま集団の中に入って行き、少女の横に片膝をついて男の傷口に手をかざした。


 どうやら傷は獣の爪痕のようだ。


 オレがかざした右手から、淡い光が傷口に吸い込まれていくように見えた。

 オレ達の目の前で、男の傷口はみるみるうちに塞がっていく。


 ――これが、傷を治す治癒魔法か。


 ◇


 みんなの目の前で、致命傷を負っていたハズの男の傷があっという間に治り、もう大丈夫だと分かった後はかなりの大騒ぎになった。


 その場にいた誰もが諦めてしまうような傷が治ってしまったんだ。大騒ぎになるのも無理はないと思ったのだが、後から聞いた話だと、彼らにとっては魔法での治癒も非常に珍しいことだったようだ。

 なんでも、魔法を実際に見たのは初めてだったという人のほうが多かったらしい。


 この世界には確かに魔法はあるけど、誰でも気軽に使えるものではないようだ。


 男の傷は確かに治ったが、失われた血までは戻らないらしい。そのためすぐに完全回復とまではいかず、担架のようなもので男の家まで運ばれていった。

 数日安静にしていれば恐らく元気になると思う。

 先程まで泣いていた娘も、オレに何度もお礼を言って父親について行った。


 残った人たちはすごく興奮していて、とてもすぐその場で解散とはならないみたいだ。

 みんなでオレを村長の家まで連れて行き、何故かそのまま村長の家で宴会になだれ込んでしまった。

 ちなみに、オレが手土産として持ってきた大足兎は若者が二人がかりで運んでくれた。


 魔法による治癒の話を聞いて村長はしばし驚き、その後オレの手を両手で握って礼を言ってきた。


 オレが旅の途中で立ち寄ったことを知ると、村長は気前よく何日でも好きなだけ泊って行ってくれと言ってくれた。ありがたくその申し出を受けた後、待ち構えていた男たちによってオレは宴会の輪の中に引きずり込まれてしまった。


 お酒も勧められたので少し飲んでみた。

 麦からできたお酒なんだそうだ。

 水のように透明だから、焼酎に近いのかな?


 ふと、こっちの世界では飲酒の年齢制限ってどうなんだろうと思ったが、聞くのは止めた。ヤブヘビになったら嫌だしね。 


 しばらくちびちびとお酒を口にしながら男たちと談笑していると、女性たちが料理の皿を運んできてくれた。イモ類や近くで採れた山菜などの他、オレが持ってきた大足兎の肉を焼いた料理もあった。


「お父さんを助けてくれて、本当にありがとうございました」


 少女が大足兎の皿をオレの前に置きながら声をかけてきた。

 傷を負った男の傍で泣いていた娘だ。


「君はさっきの……」

「はい。ココと言います」

「お父さんの様子はどう?」

「家で寝ています。食事も少し口にしていました。今はぐっすりと」

「そうか、それはよかった」


 そう言いながらオレは目の前に置いてくれた皿から一切れ、大足兎の肉をつまんで口に運んでみた。


 美味しいということなので結構興味があったんだ。

 どれどれ……


 うん。鶏肉の味に結構近い気がする。でも鶏肉に比べたら少し弾力が強いだろうか。

 焼いただけのようだけど、聞いていた通り結構旨い。

 ただし、ちょっと独特な臭みがあるみたいだ。

 あっちの世界での普通の兎の肉を食べたことが無いから、比べることはできないのがちょっと残念かな。


「全てトーヤさんのおかげです。本当にありがとうございました」

「うん」


 オレはココの頭をポンポンと軽くたたいて応えた。


 実際に魔法を使ったのはリオだし、あまりオレに向かって礼を繰り返されるとちょっと居心地が悪い。


 あのときオレにわざわざ手を上げさせて白い光を出したのは、リオいわく、演出だったそうだ。つまり、治癒には直接関係ない行動だったらしい。


 リオとしては、治癒したという印象付けをしたかったみたいだ。

 もちろんその効果は十分に出ていて、誰もがオレが魔法を使えると思っているし、治癒したものと思っている。


 リオはそれでいいんだよと言っている。

 オレがをして、リオはそれに従っただけなのだと。

 だから感謝を受けるのはオレであるべきだと。


 だが、あのときオレはをしたのではなく、をしたハズだ。

 それとも、リオにとってはあれは命令だったのだろうか。


 リオが人前ではしゃべらないとか、魔法を使う存在として表に出たがらない理由は、恐らく魔法疑似生命体という存在はこの世界においてもかなりレアなためじゃないかと予想している。


 だから、今回もオレを矢面に立たせ、自分は隠れてしまっているんだろう。


 人に感謝をされることは悪い気はしない。それは確かだ。

 でも、やっぱり人の手柄を横取りしたようで、あまり素直に喜べないかな。


「あの……肩に止まっていた鳥さんは、トーヤさんが飼われている鳥ですか? 今はどこに?」

「オレの友達だよ。今は上。屋根の上にいるハズだよ」


 オレは指で上をさして教えてあげた。


『おーい、リオ? オレの前に大足兎の肉を焼いた料理が出てきたけど、いらないかい?』

『やった! 一つ貰うね』


 目の前の皿から肉が一切れ消えたのが見えた。


 これって、ドロボウし放題ってことじゃ……


 転送魔法、恐ろしい。ははは。


『あれ?』

『ん? どうした、リオ?』

『そうか、血抜きするの忘れてたね。ちょっと臭みが残っているみたい』


 なるほど。あの独特な臭みはそれか!


「あの、トーヤさんはしばらくこの村にいるのでしょうか?」

「ん? ああ、村長さんの家に二、三日やっかいになるつもりだよ」


 ココは「じゃあ、また会えますね」と言って、料理を運ぶのを手伝うべく立ち去った。


 その日の宴会は明け方まで続いたそうだ。

 オレは自分がいつ寝てしまったのか覚えていない。

 朝起きた時、周りは轟沈した男たちが所狭しとちらばっていたよ。


 二日目は、午後からココを含めた村の子供たちと一緒に森へ薬草や山菜を取りに出かけた。


 森にとは言ってもその周辺だ。

 決して奥に入っては行かないこと、そう大人たちにきつく忠告を受けているそうだ。


 子供達が採取している間、リオにより沢山ありそうな箇所を索敵して貰ったので、その場所をココに教えてあげた。でもココに首を横に振られてしまった。


 どうやら採取場所はローテーションを組んでいるらしい。

 オレが教えた場所はまだ行ってはいけない場所なのだそうだ。


 なるほど。長期的に採取し続けられるよう、ちゃんと工夫されているようだ。


 三日目は村の若者たちと狩りに出かけた。


 武器を持って獲物を狩る役と、狩り役達の元へ獲物を追い立てる役とに分かれて行動するそうだ。

 少し考えて、オレは狩る役に入れてもらった。


 大足兎を一人で狩ってきたことは知れ渡っていたらしく、オレの腕に興味津々だったようだ。

 ホントはリオの支援あってこそなのだが、オレもつい調子に乗って、他の狩り役の人たちを下がらせ、追い立てられてきた獲物を一人で七匹ほど狩ってみせた。


 もちろんリオにこっそりと支援魔法をかけてもらっていた。

 それでも、みんなの感嘆と称賛は、正直気持ちよかった。


 その夜、狩ってきた獲物を肴に宴会が行われた。

 明日の朝、オレ達は次の目的地、ラカの町に向けて出発する。

 その送別会を開いてくれたんだ。


 ほんの数日の付き合いだが、みんながオレと出会ったことを喜び、そして気持ちよく送り出してくれようとしている。

 その気持ちがすごく嬉しかった。

 オレは、料理と村人たちとの談笑を大いに楽しんでいた。


 そんなオレ達に危険が迫っていることなど、全く気付かずに。



 後から振り返ると、この夜に始まる事件がまさに、オレにとって一つの大きな転換期だったのだと思う。



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