第7話 兎狩り

 突然だが、森と林の違いはご存知だろうか?


 日本のお役所は、自然にできた樹木の密集地が森、人工的に作られた樹木の密集地を林としているらしい。だがぶっちゃけ、それはあまり一般的には使われていないようで、様々な種類の木があり、深く生い茂り、こんもりと盛り上がったところを森、同じ種類の木が多く立ち並んでいて、木と木の間隔がさほど狭くないところを林と呼ぶらしい。


 高校時代に教師からそう教えてもらったことがある。


 今オレ達は森の中にいる。

 周りを見渡すと、一種類だけでなく何種類かの木々が生い茂っているみたいだから、きっとここは林ではなく、森で間違いないのだろう。

 果たして、こっちの世界でもそういう区別がされているのかは分らないが。


「いたよ。左の奥のほう。五匹いるね」


 オレの左肩に止まりながら周囲の索敵をしていたリオがそう言った。


 どうやら大足兎とやらを見付けたらしい。

 ちなみにリオは、目や耳で索敵をしているわけじゃない。

 周囲索敵の魔法を使っているんだそうだ。


 そんな魔法もあるんだな。

 いわゆる空間魔法の一種だろうか?

 これがあればレーダーなんて科学技術はいらないのかもな。


 ホント魔法って便利というか何でも有りというか。

 とあるラノベでは、魔法が便利に使えるためにその世界では科学技術が発展しないんだ、とか言っていた。なんとなく分かる気がしてくる。


 オレはリオが指差す――ん? 羽が差す?――方向へ静かにゆっくりと向かった。


「ストップ! 止まって、トーヤ。これ以上近付くと兎達が逃げちゃう」


 リオが囁くような小さな声で言う。

 言われた通り立ち止まったが、オレにはまだ兎が見えていない。

 木々が邪魔で先が見えないんだ。

 とりあえずバッグを近くの木の根元に置いた。


「じゃあ、身体強化の魔法とスピード強化の魔法を掛けるね」


 リオがそう言った途端、オレの体の中を何かが駆け巡るような感触がした。

 なんかちょっと、むず痒い感じ? がする。

 これが魔法を掛けられたってことなんだろう。


「……これでよし。有効時間はだいたい五分くらいだと思って。もし切れたらかけ直すから」


 頷きながら右手で剣を抜いてみた。


「おお……」


 思わず声が漏れてしまった。


 なるほど。

 これなら片手で十分振り回せそうだ。


 なんて説明したらいいんだろう?

 剣が軽く感じるようになったというより、もう少し重い剣でも振り回せそうな、そういう余裕ができたって感じかな。


 魔法の効果時間は約五分か。

 思ったより短いな。

 それでも某銀色巨大宇宙人のヒーローよりは長く活動できるようだ。


「手順をもう一度確認するよ。トーヤはここから、あっちの方にいる兎の所に飛び込んで、その首を刎ねちゃってね。ちょっと離れた所にいる二匹はボクの方でやっちゃうから。トーヤのノルマは三匹ね。忠告しておくと、大足兎は素早いから逃げられないように注意。それと、大きな後ろ足で攻撃してくるから、避けるなり、剣で受けるなりして、当たらないように気を付けてね」


 へえ。攻撃もしてくるのか。


「分かった」

「よし。じゃあ、行ってみよう!」


 リオがオレの左肩から飛び立つ。

 それと同時にオレは走り出した。


 木々の間を駆け抜ける。

 まだ兎は見えない。


 ちゃんと相手までの距離を聞いておけばよかったかな。

 今度からそうしよう。


 それにしても体が軽い。

 走り幅跳びなら十メートルくらい跳べてしまいそうだ。

 それってもしかして、あっちの世界での世界記録か?


 もっとも、完全にズルチートだけどな。


 ――いた!


 大きな兎が三匹。密集している。

 三匹ともこっちを見ている。

 オレの存在には気付かれているようだ。


 っていうか、この大きさで兎? ちょっと大きすぎやしないか?

 後ろ足も確かに大きいが、体も大きい。

 セント・バーナードのような大型犬くらいありそうだ。


 三匹のうち一匹が反転して逃げ出した。

 急いでその一匹を追う。

 もし逃がしたらノルマを果たせなくなってしまう。


 兎の足も速いのだろうが、今のオレはそれよりも速いみたいだ。


 ――追いついたっ!


 剣を振りかざして一気に兎に迫り、その勢いのまま、オレは剣を兎の首筋めがけて振り下ろした。


 ◇


「どう、トーヤ? 終わったかな?」


 リオが頭の上の方から声をかけてきた。


「ああ。見ての通りだよ」


 オレの足元には三匹の兎の亡骸なきがらが横たわっている。


「おお、お見事だね。初めての狩りにしては上出来じゃない? その様子だと、反撃は受けずに三匹とも一撃で倒したんだね」

「ああ。なんとかね。最後は一発入れられそうになったけど」

「それでもちゃんとできたんだから何も問題無いよ。良かった。どうやら杞憂だったみたいだね」

「うん?」


 どうやらちょっと心配されていたみたいだ。

 戦うということに、生き物の命を奪うということに。


 そうだな。

 オレも、できるだろうとは思っていたが、正直言えばその確信はなかった。

 なにせやったことなかったからな。


 だが、やってみたら結構あっさりできてしまったみたいだ。

 ノルマと言われて、それをこなそうと夢中だったということもあるのかもしれない。

 もしかしたら、リオはその辺も考えてオレに三匹任せたのかもしれないな。


「リオの方は?」

「見ての通りだよ」


 突然リオの横に宙吊りにされた大足兎が二匹現れた。


「なっ!」


 どこから……って、そうか、転送魔法か。


「……急に出てくるからびっくりしたよ。転送魔法で持ってきたのか」


 宙吊りにされているのは、恐らく空間魔法か何かでその場に固定されているのだろう。某熱血魔法バトルアクションの少女達も同じような、相手を場に固定する魔法を使っていたっけ。


「うん? ああそうか。言ってなかったっけ。ボクも宝物庫を持ってるんだよ。トーヤのバッグと同じようなものだね。ボクの宝物庫の容量の方が遥かに大きいけど」

「……なるほど」


 ホント、何でもアリだな、この魔法疑似生命体は。

 そのうち重力魔法でブラックホールを出したり、時間魔法でタイムスリップまでしだすんじゃないだろうな。

 ……ちょっと見てみたい気もするけどさ。


 リオと相談して五匹の兎はリオの宝物庫に収納しておくことにした。


 こんな大きな獲物を何匹も持って森の中を歩くのはちょっと遠慮したい。

 村の近くになってから、宝物庫から取り出して引きずっていくつもりだ。


「リオ。オレのバッグをここまで転送できるか?」

「はーい」


 リオの返事が言い終わらないうちに、足元にオレのバッグが現れた。


 バッグを置いた場所から結構離れたからな。

 取りに行くのがちょっと面倒だったんだが、転送魔法はこういうときとても便利だな。


 バッグの中から水筒を取り出して水を飲む。

 それなりに緊張してたのか、喉がカラカラだったんだ。

 これが最後の一口だったようで、水が切れてしまった。


「補充してあげようか?」

「ああ。頼めるか?」

「うん。蓋を開けたまま、動かさないでね。出すよー」


 蓋を開けた水筒の上から水が落ちてくる。

 まるでそこに見えない蛇口があるみたいだ。

 あっという間に水筒がいっぱいになる。


 便利だとは思うんだが、すっっっごい不思議だ。

 一体この水は何処から来るんだろう?

 どっかから転送してる?

 それともこの場で水素と酸素から生成してる?


 もしこの場で生成した水だとしたら、水素と酸素の、いわゆるエッチツーオーの純粋な水なんだろうか。

 不純物の一切無いような純粋な水は、浸透圧云々うんぬんで体内の成分が溶け出しちゃうので飲み水として不適切だとか、逆に口内に入った瞬間に様々な成分が取り込まれるから問題ないとか、賛否両論聞いたことがあるけど……


 まあ、それに関してはオレにはホントのところはよく分からないし、なによりリオが出してくれた水なんだ。きっと体に悪いものではないんだろう。

 その辺は信頼しているし、もしかしたらこれはどっかから転送してきたミネラルウォーターなのかも。


 一口飲んでみる。


 味は、なんとなく日本で売っている水のほうが美味しい気はするが、まあ、少なくともオレにとっては誤差の範囲だな。


「ところでトーヤ。渡したいものがあるから手を出してくれる?」

「うん? なんだ?」


 水筒をバッグにしまってから、オレはリオに向かって手を差し出した。

 その手の上に、小さく丸い物が一つ現れた。


 なんだ? 指輪?


 石でできたような、鈍い灰色の指輪をつまみ上げてみた。


「それは翻訳と念話のアーティファクトだよ。分かっていると思うけど、ここでは日本語は通じないからね。その指輪を右でも左でもいいからハメておけば、相手の言っていることは分かるし、トーヤの言葉も相手に通じるよ」


 なんてファンタジーな便利道具だ。

 もしかして、これがあれば大学の英語とドイツ語は満点が取れるんじゃ……


「ちなみに、それで翻訳されるのは会話だけだからね。文字は翻訳されないよ。この世界の識字率は低いから。それで問題にはならないと思うよ」


 まるでオレの心を読んだかのような適切な補足をしてくれるリオ。


 それじゃ大学のテストにはダメだ。残念。


「それと念話。ボクは人前ではしゃべらないからね。だって普通、鳥はしゃべらないでしょ? だから人前でのボクとの会話は念話ですることになる。それをハメて、ボクに語り掛ければ通じるから」


 指輪を左の人差し指にはめて、早速リオに語り掛けてみる。


『これでいいのか? 通じているか?』

『うん。大丈夫』


 耳を通さず、頭の中に直接相手の声が届いてくるような感覚。

 これがテレパシーというものか!


 ちょっと感動したよ。

 まるで超能力者にでもなった気分だ。


『それじゃ、準備ができたら出発しようか。村はすぐそこだけど、急がないと暗くなっちゃうよ』


 この世界で初めて出会う人か。

 獣人がいないのは残念だが、優しい人達だといいな。……更に美人がいれば嬉しいよな。



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