第6話 初めて持つ剣

「はい、完了。これでこのバッグの持ち主はトーヤになったよ」


 目の再生治癒の直後にちょっとした騒ぎが一つ起こってしまったが、それが落ち着いた後、出発する前に母さんから譲り受けたバッグの持ち主をオレに変更してもらった。


 そうしないと中身を取り出せないし、荷物を入れることもできないからな。ホント、実にセキュリティのしっかりしたバッグだよ。


 紐をほどき、口を開けてみる。


 ……ん? あれ?


 中を覗いて見たが真っ暗だ。何も見えない。


「真っ暗だぞ? 何も入ってないのか?」

「それは魔法のバッグだってマイコが言ってたじゃん。覗き込んでも中は見えないよ。手を入れてみてごらん」


 そういえば、見た目の十倍くらいは入るバッグだとか言ってたな。

 どういう仕組みなんだろう?

 オレのラノベ知識から察するに、空間魔法の一種じゃないかと思うのだが。


 とりあえず、リオの言う通りに右手をバッグの中に入れてみた。


 ――おお! なんだこれ!?


 中に入っているものが分かる。というか、頭に浮かんでくるのか?


「中に入っているものが頭に浮かんだでしょ? どれでもいいから一つ取り出そうとしてごらんよ」


 言われた通り頭に浮かんだ物の一つ、宝石箱を取り出そうと考えてみる。

 その瞬間、オレの手が何かをつかんでいた。

 その何かをつかんだまま右手をバッグから抜き出してみる。

 手につかんでいるのは、やはり宝石箱のようだった。


 ――なるほど! こうやって中の物を取り出すのか。


 その宝石箱を開けてみる。

 中には深紅の宝石が一つ入っていた。


「へえー、綺麗な宝石だな。これが、母さんが友人に届けてくれと言っていたやつだな」

「どれどれ」


 リオがオレの左肩に止まって、手元を覗き込んできた。


「ああ、やっぱり。《戦乙女の紅玉》だね」

「知っているのか?」

「うん。フューネのアーティファクトだよ」

「フューネさんの? ああ、なるほど。母さんが届けてくれと言っていたのは、これを返してきてくれってことだったんだな。ところで、アーティファクトって?」

「あれ? 知らない? いわゆる秘宝というやつだね」


 アーティファクトという名前は、ラノベやアニメの異世界物の中にもよく出てきていたから、一応は知っていた。ただ、作品によって多少扱いが違っていたんだよな。古代遺物全般だったり、古代にかかわらず超強力な兵器のことだったり、特殊能力付きの装飾だったり。


 この世界では秘宝ということでいいのかな?

 ただし、やはり特殊能力有りな気がする。……たぶんだけど。


「珍しいものなのか?」

「とってもね」


 リオ曰く。もしこの《戦乙女の紅玉》をオークションで競売に出したら、金貨千枚は下らないだろうとのことだ。


 ――それって、これが、一億円以上するってことか!


 よくもまあ、そんな高価な代物しろものを二十年以上も借りっぱなしにしていたもんだ。

 そんなことしたら普通に訴えられるぞ。

 自分の母親ながら、その大胆さにはまったく恐れ入るよ。


 失くしちゃ大変だ。


 オレは宝石箱を閉じ、バッグの中に入れ、そして手を放した。

 思った通り、それで収納されるみたいだ。


 次に金貨を取り出してみる。

 金貨は三枚入っているみたいだ。

 そのうちの一枚だけ取り出す。


「へえー、これがこちらの金貨か」


 大きさは五十円玉くらいだろうか、少し小さめの硬貨だ。

 ちゃんと金色をしている。ただし、メッキなのか、それとも金で作られているのか、そこまではオレには分からない。


 ついでに他の硬貨も取り出して確認してみた。バッグに入っていたお金は、金貨の他、銀貨、白銅貨、青銅貨、銭貨であり、これらはこの世界で流通している硬貨の全種類なんだそうだ。


 ちなみにリオによると、金貨一枚は銀貨なら二十五枚、白銅貨なら四百枚、青銅貨なら一万枚、そして銭貨なら十万枚だそうだ。つまり金貨一枚が日本円で十万円ならば、銭貨一枚は一円、青銅貨は十円ということになる。この辺は分かりやすいな。で、白銅貨は二百五十円、銀貨は四千円ということになるようだ。こっちは、もう少し分かりやすくならないものかな。


 次に剣を取り出してみた。

 当たり前かもしれないが、鞘と革帯も付いている。


 思ったより長い、そして重い。ロングソードというやつだろうか。オレは剣の種類とかはよく知らないが、ゲームなどで片手剣とされているもののように思える。


 でも、重さは三キロくらいあるんじゃないだろうか、

 現代人のオレには、これを片手で振り回して戦うというのはちょっと無謀なような気がしてきた。

 母さんは、ホントにこれを振り回していたのか?


「おお、懐かしい剣だね。ふふふ。ちょっと重いでしょ。マイコは最初、まさに剣に振り回されていたよ」

「母さんは、ホントにこの剣を使っていたのか?」

「そうだよ。武器屋で投げ売りされていた安物なんだけど、こういうのがいいんだ、とか言って購入したんだ」


 へぇー。これはそんなに安物なのか。

 さっきの宝石とのギャップに眩暈がしそうだ。


「母さんらしいな。でもそれじゃ、戦闘になったらどうしたんだ? 一年もこっちの世界にいたんだから、もちろんこの剣を使う機会が、つまり実戦があったんだろう?」

「そこはボクが支援したからね。戦闘になったらまず身体強化の魔法をかけるんだ。それで筋力も強化されるから、問題なくその剣も片手で振り回せるようになっていたよ」


 なるほど。そういうことか。

 それなら納得だ。


「じゃあオレの時も、その身体強化を頼むよ」

「もちろん」


 剣を鞘から抜いてみる。

 紛れもなく本物の剣だ。戦うための剣だ。

 そして、相手を傷つける武器だ。


 ――これで、戦うのか? 戦えるのか、オレは?


 何か一瞬、背中にヒヤリとしたものを感じた。


「トーヤ? どうかした?」

「いや、なんでもないよ」


 剣を鞘に納めて左腰に差した。

 武器はバッグにしまわずに、身に付けておいた方がいいだろう。


「そう? ならいいけど……」


 リオが肩から羽ばたき、オレの正面に降り立った。


「ね、トーヤ。一度狩りをしようか」

「狩り?」

「そう。一度剣をちゃんと使ってみた方がいいでしょ? 身体強化の魔法もどういうものか経験しておいた方がいいと思うし」

「……それは、確かに」


 日本じゃ、剣なんて振ったことないしな。

 それどころか実物を手にしたのも、たぶんこれが初めてだ。

 早めに知っておいた方がいいかもしれない。

 もちろん身体強化の魔法もだ。


「ここからちょっと北寄りの西に向かうと森があるんだ。そこで大足兎でも狩ってみよう」

「大足……兎?」

「名前の通り足が大きいのさ。後ろ足がね」

「へえー」

「結構美味しいらしいよ。それを手土産にすれば、森の先にある村で寝床くらい確保できるかもしれないしね」

「お、村があるのか」

「うん。小さな村だけどね。ちなみに、人族の村だから獣人は期待しない方がいいかな」


 それは残念だ。


 オレは自分のリュックに入れてきた荷物を魔法のバッグに収納していった。

 空になったリュックも入れてしまう。

 まだまだ荷物は入れられそうだ。

 というかこの魔法のバッグ、荷物を入れても重さは変わらないし、膨らみもしない。


 うん。これは便利だ。

 まるで某有名ネコ型ロボットの持つ便利ポケットのようだ。


 眼鏡もバッグに入れた。

 今気付いたけど、さっき転げまわった時にちょっと壊してしまったみたいだ。

 レンズは無事だが、フレームの部分が変な方向に折れ曲がってしまっている。

 もっとも、もう必要はなくなったので実害は無いだろうけど。


 そういえば、盾は無いのだろうか?

 某VRMMOに捕らわれた少女が、片手剣の最大のメリットは盾を持てることだ、と言っていた気がするのだが。少なくともバッグの中には入っていなかったな。


「リオ、母さんは、盾は使ってなかったのか?」

「うん。盾を持っているとバランスを崩しやすくなって、スピードも落ちちゃうから嫌だって。早々に使うのを止めちゃった」


 なんだそれは。

 母さんはスピード重視型だったのか?

 相手の攻撃を全て避けてしまうとか?


「それで大丈夫だったのか? そりゃあ、大抵のケガは後で治せるのかもしれないけど」

「スピード強化の魔法もかけるからね。そこらの獣やゴロツキ相手じゃ、かすりもしなかったよ」


 ――なんつーチートだ!


「それで危ない時はなかったのか? 腕の立つヤツとか、例え雑魚でも集団で来られたら、避けきれないんじゃないか?」

「やだなぁ、トーヤ。そういう時は、決まってるじゃん」

「……うん?」

「ボクが魔法で瞬殺しちゃうよ」


 うわぁ……

 チートだ。完全なるチートだ……



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