第5話 リオは見ていた
目の前に広がるのは、空と草原しかないような単調な景色。
なのに、オレはそれに心を奪われ、一時間以上も見ていたらしい。
オレにとってはそれ程までに、今まで見てきたモノとは全く違う、色鮮やかな眩しい景色だったんだ。
オレは、腕で涙を拭った。
「すまない、リオ。待たせたな」
いや、違う。
言うべき言葉はそうじゃない。
頭を軽く振って言い直した。
「ありがとう、リオ。本当に感謝している」
リオは、オレが感動で立ちすくんでいる間ずっと傍の草むらに座り、文句一つ言わず、口出しもせず待っていてくれたようだ。
「ううん。気にしなくていいよ。実はボクもね、ずっと気になっていたんだ、トーヤの目の事。どうにかしてあげたいと、この五年間ずっと思っていた」
リオは軽く羽ばたくと、再びオレの左肩に乗ってきた。
「眠りの中にいても、君たちのことは常に見えていたよ。でも、眠りについていたボクにはどうすることもできなかった。本当に見守ることしかできなかったんだ。とてもとても歯がゆくて悔しかった。だから、トーヤの治癒がようやく叶って、ボクもすごく嬉しいんだよ」
「そうだったのか。リオにまで心配をかけていたんだな。本当にすまない。そして、ありがとう」
「もういいって」
鳥の表情は相変わらず良く分からないが、この顔はきっと、リオのちょっと照れた笑顔なんだと思う。オレはそう確信したよ。
……ん? あれ? ちょっと待てよ?
ふいに、とある疑問が頭を
今、五年間って言ったか?
あれ? リオは二十年くらい眠っていたんじゃ……
え? え?
それってまさか……
そのことが何を意味するのか。
無情にもオレの頭は一つの答えにたどり着いてしまった。
気付かなければ、それに思い至らなければ、きっと幸せでいられたハズなのに。
後からいくら悔やんでも、もう遅い。
気付いてしまったら、確認せずにはいられない。
それがどんなに非情な結果になろうとも。
それ程までに、それはとてもとても重大なことなんだ!
オレは、恐る恐る顔を左に、リオの方に向けた。
「リ、リオさん?」
「うん? どうしたの、トーヤ」
「ね、眠っていても、見えていたの……か?」
「うん、そうだよ?」
今のリオの顔はきっと、「それが何か?」という表情なのだろう。
オレはそれも確信したよ。
でも今はそんなことどうでもいい。
それよりもっと大事なことが……
「つ、つまり、その、なんだ。オレの一人暮らしの生活も全て……」
「ああ、そうか。うん、ごめんね。全部見えてたよ」
――なっ! そんなあっさりと!
オレの体が膝から地に崩れ落ちる。
同時にリオが羽ばたいて、オレの肩から離れていった。
う、嘘……だろう……?
嘘……だよな?
誰か、嘘だと言ってくれぇ……
「……ぅぅぅ……ぅわあああああーー!」
思わず頭を抱えて
「ト、トーヤ? いや、ほら。そんなに気にしなくても……」
「うわあああああ!」
「ボクは、ほら、人じゃないんだし、疑似生命体なんだし……」
「うわぁー わぁー わぁー」
滅茶苦茶動揺してた。
もうほとんどパニック状態だ。
だってそうだろう?
オレの生活が、絶対人には見せられないような、男の一人暮らしを満喫してたアレコレが、全部全部見られていたんだ!
穴があったら入りたい。
入って一生引きこもっていたい。
羞恥心で爆発しそうだ。
むしろ爆発させてくれ。
いやもう、いっそのこと一思いに殺してくれぇ……
オレは草むらの上でのたうち回った。
あっちこっちと転げまわった。
こんな恥ずかしいこと初めてだ!
オレの黒歴史のぶっち切りのワーストワンだ!
先程までの感動が、木っ端みじんに、完全にぶっ飛んでた。
「お、落ち着いて。ね、トーヤ。落ち着こうね」
「ううう……」
転げ回るのは止めたが、代わりにジト目でリオを見上げてしまう。
「大丈夫だよ。トーヤの生活はそんな恥ずかしがるようなものじゃなかったって。とっても普通だったって。それに、何を見たってボクはそれをバカにしたりも、他言なんかもしないよ。ボクは人じゃないんだから」
「……ホントに?」
「本当さ。それに、君の生活を見ていたことはそんなに悪いことばかりじゃないよ。考え方を変えてごらんよ。ボクはトーヤの普段を見ていたから、君の
「……アドバイス?」
少し頭が落ち着いてきた……気がする。
いや! 無理! やっぱり恥ずかしいって!
「もちろん、ネコ耳やウサ耳の美少女達と仲良くなるためのアドバイスさ。いろいろ助言できると思うよ。ボクも伊達に長く生きていないさ」
ネコ耳とウサ耳の、美少女?
仲良くなれる……?
「トーヤだって年頃の男の子だもんね。可愛い子達と仲良くなりたいと考えるのは、むしろ当然のことさ。ましてこの世界には、トーヤが憧れていた獣耳の娘さんたちもいる。なら、興味津々は当たり前。ボクもトーヤの望みが叶うよう、全力でサポートしちゃうよ。ドーンと任せてよ!」
………………マジ?
それってもしかして、オレの裏の目的に対し、非常に頼りになる協力者を得られたってことじゃないか?
「なんならさ。一人とは言わず、三人でも、五人でも、十人でも。トーヤが望むなら、いわゆるハーレムだっていいんじゃないかな。獣耳娘美少女ハーレムだよ。もちろん興味あるよね? 無いわけないよね?」
――ゴクッ!
「大丈夫。この世界では一夫多妻は普通のことだから。王族や貴族達はもちろん、商人たちだって後継者確保を考えて複数の妻を持つことも多い。農村でだって、戦争で多くの男を失うこともあったから、村長だけでなく、ごく普通の家でも妻が複数いることは珍しくないんだ」
リオのマシンガントークが止まらない。
おかげでオレの頭は冷えて、どうにか落ち着いてきた……気がする。
リオってこんなにしゃべるやつだったのか?
日本にいたときとなんかイメージが違う。
もしかして、こっちが本性なのか?
「マイコはさ。淡白というかストイックというか。そういう方面には全然興味を示さなかったんだよね。言い寄ってきた男たちを全部あっさりとお断り。もちろん中には結構良さそうな男もいたんだよ。精悍な戦士や貴族の息子、エルフ族の美青年ってのもいたかな。なのに、だ。結局最後までこの世界では浮いた話一つ無く帰っちゃってさ。じゃあ、生涯独身を貫く主義なのかと思ったら、あっちに帰ったらあっさり結婚するし」
「……へえー。母さんはそうだったんだ」
なんか、自分の母親の若い頃の色恋事情を聞くのは、別の意味で恥ずかしい気がする。
「もちろんトーヤがマイコのようにストイックな旅にしたいというのなら、それはそれで応援するよ?」
いやいや、とんでもないです、リオ先生。
それでは
「例えばそうだね、効率だけを考えたら、女の子達を精神魔法で惚れさせちゃうというのが最も簡単だけど、それはいくらなんでも魔王的な所業すぎるからトーヤの趣味じゃないよね。バレたら各国からお尋ね者扱いされてしまうだろうし。お勧めはできないかな。もっとも、バレない自信はあるけどね」
微妙に怖いこと言うなこの人。
あ、人じゃないんだった。
「合法的に、かつお手軽にいくなら、お金を稼いで、奴隷に落とされてしまった獣人の美少女を買うという手もあるね。人族の奴隷は、犯罪奴隷を除いて、どの国でも禁止されているけど、トーヤが興味あるのは獣人の娘さん達でしょう? なら全然問題無いよ。一応お勧めかな。あっ! 一つ忠告しておくけど、奴隷解放というのは止めてね。自分の所有する奴隷を解放するのは問題ないけど、他人が所有する奴隷を解放するというのは、他人の所有物を奪うことと同じだからね。どこの国でも禁止だよ」
奴隷か。やっぱりあるんだ、この世界でも。
あっちの世界でも、日本も含めて昔はあったらしいからな。
無理矢理とか強制とかいうのは抵抗あるなぁ。
やっぱりお互いに合意の上でというのが基本だよね。
でも、一応聞いておこうかな。
そう、後学のために。
一応だからね?
「ち、ちなみに。奴隷って幾らくらいなんだ?」
「ピンキリってやつかな。ここ最近の相場は分からないけど、若い娘さんだと金貨五枚以上はするかもね」
「金貨……って価値がよく分からないな」
「日本の感覚だと、金貨一枚で十万円くらいじゃないかな」
「ふうん……」
若い獣耳の娘さんが、五十万円くらいってことか。
これは高いのだろうか、それとも安いのだろうか……?
ま、まあ、買うと決めたわけじゃないからいいか。
聞いたのは、あくまで後学のためだ。一応だ、一応。
「ちなみに、男性の奴隷だと金貨一枚くらいからかな。よっぽど戦闘力が高いとかになれば、当然値段は跳ね上がっていくけどね。男女でこれだけ差がある理由は、分かるよね?」
もちろん分かる。
どこの世界でも、その辺は同じらしい。
「それだけ女の方が価値が高いということだろう? 色々な意味で」
「そういうこと。身の回りの世話から夜のお相手までね。あ、そうだ。一つ断っておくけど、人族と獣人は種族が違うから、子供はできないからね」
子供ができない?
つまり、この世界にはハーフというものは存在しないのか。
「だからもしトーヤが獣人との間に子供を作ることを望んでいるのなら、残念ながらそれは叶えられない」
「この年で子持ちになることは考えていないな」
「そう? ならいいけどさ」
「でも、人と獣人の間に子供ができないとなると、そもそも人と獣人のカップルという関係は成り立たないんじゃないのか?」
「確かに多くはないね。けど全く無いわけでもないよ。例え子供ができなくても愛さえあれば、という人たちはいるさ」
そういうものか。
まあ、オレも獣耳な美少女達と情熱的な愛を語ってみたいとは思うけど、まだまだ子供が欲しいとは思っていないからいいんだけどね。
「そうそう。マイコはカルナの泉での月夜のデートを勧めていたけど、それ以外にも雰囲気作りのためのお勧めスポットはまだまだいっぱいあるよ。旅の途中でいろいろ教えてあげられるよ。それにいざとなったら、ボクが魔法で女の子が喜びそうな幻想的なシーンを演出してあげることだってできるさ」
――
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