第2話 母さんの秘密

 机の上で充電していたスマホを手に取り、オレは母さん宛にメールを書いた。


『リオのことで聞きたいことがある』


 いくら実家とはいえ、この時間に電話をかけるのはマズいだろう。

 そう。オレは良識のある大人(の一歩手前)なのだから。


 だが、直後に来た折り返しの返答はメールではなく、電話だった。

 もちろん母さんからの電話だ。


 ……あれ? お母、大人の良識は?

 いや、こちらは一人暮らしなんだし、今メールを出したんだから起きていることは分かっているんだし、これでいいのか?


 なんとなく釈然としない気持ちを抱きながら、オレは電話に出た。


「もしもし?」

「あ、冬也とうや、十九歳のお誕生日おめでとう!」

「え? あ、ありがとう……って、それより母さん、聞きたいことがあるんだけど」

「うん。分かってる。リオのことでしょ?」


 この反応は……

 やっぱり母さんは知っているんだ、この鳥リオのこと。


「……ねぇ、この鳥って一体何なの?」


 チラッと横目でリオを見ながら尋ねてみた。

 リオが軽く羽ばたいて、オレの近くに寄って来る。

 頭を横に倒してこちらを見上げる姿は、普通の鳥のように思えてしまう。


「うーんとね、魔法生命体ってやつ?」


 ――何故疑問形なんだよ!?


 思わず心の中でツッコミを入れてしまった。


「より正確には、魔法生命体だね」


 電話での母さんの声が聞こえたらしい。

 おもむろにリオが、少し笑みを含んだような声で訂正を入れてきた。


 耳のいいやつだな。

 この距離で聞こえるのか、と変なところでちょっと感心したよ。


「ボクに自我はあるけど、体の構成要素は細胞ではないし、繁殖能力なんかも無いからね。ゴーレム……もしくはこちらの世界でのロボットのようなものと考えると分かりやすいかな?」


 いや、全然分からないですって。


 なんだそれは、と思っていたところに、今度は母さんがリオの声に反応してきた。電話越しにリオの声が聞こえたらしい。


「……リオ? ね、冬也。今の声ってリオだよね? お願い! ちょっとリオとお話させて!」

「あ……ああ、分かった。ちょっと待って」


 スピーカーマークをタップして、ハンズフリーにしてからスマホをガラステーブルの上に置いた。

 リオがオレのスマホを覗き込むようにして話しかける。


「ひさしぶりだね、マイコ。こうやって話をするのは二十年ぶりくらいかな?」

「ううん、もっとだよ。ホントにひさしぶりだよ、リオ。またお話ができて、すっごく嬉しいよ……」


 母さんとリオが電話越しに会話を始める。

 二人――と数えて良いのか分からないが――の会話を聞きながら、オレはリオの正体について考えていた。


 魔法疑似生命体。


 おそらくその名の通り、魔法で作られ、魔法で動く疑似生命体なのだろう。

 ラノベや深夜アニメにでもありそうな存在だ。


 でも、現実のこの世界で魔法って……マジか?

 にわかには信じられないが、でも実際目の前にこうして存在している。


 じゃあ、誰が作ったんだ? もしかして母さんが?

 もしかしてオレの母親は魔法使いだったのか?

 でもそんな素振り、今の今まで見たことないぞ?

 オレの知らないところで、気付かないところで、実は魔法で何か解決したりしていたのか?


 小さいころにテレビで見た、海外のコメディドラマが一瞬頭をよぎる。金髪女性が小さな棒を振って呪文を唱えて魔法を使うシーン。


 ……オレの母親が?


 オレの頭の中はクエスチョンマークでもう一杯だ。

 二人の会話はまだ終わりそうもない。

 だがオレは、そんな二人の会話に割って入ることにした。


「なぁ、母さん? もしかして母さんって……実は魔法使いか魔女だったりする?」

「そんなわけないでしょ。母さんは純粋な普通の日本人よ」

「ですよねぇ」


 何故かホッとしたよ。


「でも、じゃあ、リオは?」

「リオは、あっちの世界から来た、私の大切なお友達よ」

「……あっちの世界?」

「いわゆる、異世界ってやつ?」


 ――だから、なんで疑問形なんだ!


 不覚にも、また心の中でツッコミを入れてしまった。


 しかし、魔法の次は異世界かよ。

 そりゃあ、異世界ってのはアレだ。剣と魔法の世界ってのが鉄板だからな。

 そういう世界なら魔法生命体だか、魔法疑似生命体だかはあるのかもしれない。

 でも、何故それがここにいるんだ?

 もしかして……


 一つ思い浮かんだことがあったので、それをそのまま口にしてみた。


「もしかして、実は母さんは異世界の人間で、こちらの世界にリオと跳んできた、とか?」

「何言っているの。さっきも言ったでしょう? 母さんは純粋な普通の日本人だって。もちろんおじいちゃんやおばあちゃん、私の両親だって、こっちの世界で生まれて育った、普通の日本人よ」

「ですよねぇ」


 じゃあ、どうして?

 正直、もうわけ分からん。

 だからオレは母さんに説明を求めた。


 母さんは十九歳の時にリオと出会ったらしい。

 当時住んでいたアパートの近くの木の根元でぐったりしていたリオを見付け、アパートに連れて帰って介抱したそうだ。


 元気になったリオが、実は会話のできる鳥だと知った時は、流石さすがの母さんでもとても驚いたそうだ。


 そのときの母さんの様子をリオが詳しく教えてくれようとしたのだが、「……リオ?」とスマホから漏れてきた押し殺したような低い声を聞き、リオは視線を逸して口をつぐんでしまった。


 ……なんとなく二人の力関係が垣間見えたような気がするのは、気のせいか?


 その後異世界の話を聞き、母さんは「ぜひ行ってみたい!」とリオにお願いしたそうだ。最初は「危険だよ」と難色を示していたリオも、結局は母さんの熱意に負けて、異世界への転移を承諾したらしい。


 そして母さんは、両親に「海外を一人旅したい」と大嘘付いて――日本の外という意味ではあながち嘘ではない?――承諾を迫ったそうだ。だが若い娘が一人でバックパッカーなんて、普通の家庭の両親なら二つ返事で了承なんてありえないだろう。当然母さんの両親も猛反対したらしいが、そこは三日かけて説得したんだそうだ。


 たった三日で娘の無謀に折れたのか……

 どれだけ母さんが無理矢理な説得をしたのかと想像して、少しばかり祖父と祖母に同情したよ。

 今度田舎に行ったら、二人にはぜひ、ゆっくりと肩もみでもしてあげよう。


 そして、母さんは大学に休学届を出した後、リオと一緒に異世界へ旅立ち、約一年間冒険をしてきたんだそうだ。


「だって異世界よ、異世界! ラノベや深夜アニメの鉄板分野でしょう? 行かない手は無いじゃない。そんなチャンス滅多に無いんだから。冬也だって好きでしょ? 興味あるでしょ? 異世界物のラノベは沢山持っていたじゃない。深夜アニメだってよく見てたじゃない」


 いや、まあ、そりゃあね。好きだよ。好きだけどさ。


 オレのラノベ好き、アニメ好きは、たぶん父さんと母さんの影響だ。


 異世界から戻ってきた母さんは、大学を復学し、アニメサークルに入った。そのサークルで父さんと出会ったそうだ。


 そこは自分たちでアニメ制作をするようなサークルではなく、お互いに好きな作品を語り合ったり、紹介しあったりするような場だったらしい。父さんも母さんも、マニアとかオタクとか胸を張って自認できるほどではないと言っているが、実家にはそれなりの数のラノベとアニメのDVDが今でも眠っているハズだ。


 ちなみに、父さんは母さんの異世界冒険を知らないそうだ。


 二人は大学を卒業すると、すぐに結婚。その時、母さんはリオを父さんに紹介するつもりだったらしいけど、それは止めた方がいいとリオに言われたそうだ。


 母さんにとっては一年間の異世界冒険を共にした大事な友人かもしれないが、普通の人からしてみれば、見た目は普通の鳥でも、会話する鳥なんて、ましてや鳥型の魔法疑似生命体なんてありえない話だろう。かといって大事な友人にずっと鳥のフリをさせて鳥かごに入れて飼うなどできない。


 そこで、リオはに就くことにした。


 その際、母さんとリオは一つの約束をしたそうだ。将来、母さんに子供ができ、その子供が十九歳――母さんがリオと出会ったときと同じ年齢――になったとき、眠りから覚めるという約束を。


 ……なるほど。

 だから今日、オレが十九歳になったからリオは眠りから覚めて動き出したのか。

 でも、何故十九歳に?


 そんなオレの疑問に、母さんは爆弾発言の投下で応えてくれた。


「冬也。リオと一緒にあっちの世界に行って、一年くらい旅をしておいでよ」


 ――はい?


「旅はいいよ。色んな景色を見て、色んな人達に出会って、色んな体験ができる。それはきっと、冬也にとって貴重で代えがたい大切な経験と思い出になるハズだよ。私がそうだったもの。そりゃあ、辛いことや悲しいこともあったけど。楽しいことや嬉しいこと、素敵なことも沢山あったよ。私は行って良かったと思ってる。だから、冬也にもぜひ行ってきて欲しいんだ」


 ――いやいやいやいやいやいや! ちょっと待ってよ、お母さまっ!


 一般論としては分かるけど、その行先が異世界って、どうよ?

 本気ですか、お母さま?


 ……いや、まあ、きっと本気なのだろうけどさ。


 地球上なら、事前にある程度の情報が集められるかもしれない。

 コンピュータのネットワークが発達した今の時代、検索すれば少しは様子くらい分かるだろう。


 でも異世界だよ? この地球上じゃないんだよ?

 検索したって事前の情報なんて集められるわけないじゃん!

 ていうか、そんなところに行った人なんてほとんどいないじゃん!


 そこでふと、自分の間違いに気付いた。


 ……あ、いや、経験者はいるんだった。

 そうだ。情報は母さんとリオから得ることができる。

 しかも、リオと一緒ということはガイドまでいるということか。


 でも、でもだ。そうだとしてもだ。

 まだ異世界がどんな所かも分からないんだし、すぐにはうなずけないだろう?


 オレは少し抵抗してみた。


「いやいや、大学だって入学したばかりだしさ……」

「休学しておけばいいよ」


 あっさり返された。


 正直、この展開の速さに付いていけていない。

 誕生日を迎えた途端、鳥の置物が動き出したと思ったら、それが実は魔法で動く疑似生命体で、異世界があって、魔法があって、さらには自分の母親が昔そこで冒険をしたことがあって、しまいにはオレに同じような冒険をしてこいと勧めている?


 ――こんな怒涛の急展開に付いていけるヤツがいるなら連絡をくれ。代わってやるから!


 思わず振り回されキャラの某男子学生のセリフが頭に浮かんでしまった。

 そんなオレに母さんが後押しをしてきた。


「ね、冬也。あっちの世界には魔法があるんだよ?」

「うん。それは聞いたけど……」

「分かってないなぁ。つまり、治癒の魔法もあるんだよ。こっちの世界では治せないケガや病気も、あっちの世界では治せるかもしれないってこと」

「ん? ……あっ! それって、もしかして」

「うん。冬也の右目のケガや視力も、治せるかもしれない」


 口をつぐんで以降、オレと母さんの会話を黙って聞いていたリオに、ゆっくりと視線を向けた。

 リオがオレを見上げながら頷いた。


「うん。できると思うよ。こっちの世界では魔法素粒子がほとんど無いから十分な再生魔法はできないけど、あっちの世界にはたっぷりあるからね。その右目のケガも、両目の視力も、眼鏡なんていらないくらいの状態に治すことは可能だと思うよ」


 それを聞いて、オレの中の異世界に対する懸念はあっさりと吹っ飛んだ。


「――行く!」



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