第1話 動き始めた青い鳥

 ――おおっ! すげぇいいのが撮れた!


 黒髪巫女服のキツネ耳娘が陽光の下、微笑みながら残心ざんしんのようにポーズを決めている。


 たった今、ボスモンスターを剣技で倒すタイミングに合わせて撮ったスナップショットだ。


 凛々しくて美しいその姿。

 キツネ耳、巫女服、剣という現実にはありえない組み合わせがギャップとなって魅力を何倍、いやいや、何十倍にも引き上げている気がする。


 素晴らしい!

 これは間違いなく、これまでの中で一、二位を争うレベルのものだ。


 思わずオレの頬が緩んでしまう。


 今オレがプレイしているのは《GALAXY LEGEND ONLINE 2》――宇宙を舞台にモンスター共と戦うオンラインゲームだ。


 このゲームを始めてからもう一年以上になる。大学入試直前の三カ月はさすがに封印していたのだが、無事合格を果たして一人暮らしを始めてからは、ほぼ毎日のように夜遅くまでログインしている。


 オレが使っているアバターは、巫女服を着て、キツネ耳とキツネ尻尾を付けた黒髪ロングヘアの獣耳娘。

 かなりのお気に入りだ。

 もう可愛くてしょうがない。


 他のプレイヤーは二体目、三体目とアバターを作っているみたいだが、オレはコイツだけだ。

 もちろんこの娘を中心としたスナップショットも撮りまくっている。


 このゲームでは、獣耳や尻尾をアクセサリーとして付け外しができる。

 ちなみに先月はメイド服着たネコ耳娘にしていた。

 その前は真っ赤なチャイナドレス着たクマ耳娘だったかな。

 早くウサ耳も実装してもらいたいと切に願っている。

 その時には当然、バニーガールファッションでいってみたいね。


 ギルドの仲間たちと今日導入された新マップについて、あーだこーだとチャットを楽しんでいたオレは、ふとパソコンの時刻表示に視線を向けた。


 ――おっ! もうすぐ零時か。


 社会人のメンバーなどは、だいたいこれくらいの時間に落ちるヤツが多い。

 もちろん、寝落ち常習なヤツも多いんだが。


『そろそろ落ちるね。乙~』

『おつ~』

『私も落ちるわ。またねー ノシ』

『ノシ』


 テンプレな挨拶で何人かが落ちていった。

 オレも、今日はこの辺で落ちるとするか。


『ワシも落ちる~また~』

『また~』

『ノシ』


 明日は土曜日だし、大学の講義も無いから夜更かししても問題無い。

 問題は無いのだが、その日はちょっとした、個人的な記念日なんだ。


 オレはゲームからログアウトして、パソコンをシャットダウンした。

 大きく伸びをしてイスから立ち上がり、部屋の電気をつける。


 ん? なんだか視界がちょっと曇っているような……


 眼鏡を外してティッシュペーパーでレンズを拭いてみる。光にかざして汚れていないことを確認し、ティッシュペーパーを丸めてゴミ箱に投げ捨てた。


 ベッドの横に置いてある目覚まし電波時計を見ると、ちょうどデジタル表示が午前零時を示したところだった。


 よし!


 台所まで行き、一人暮らし用の小さな冷蔵庫を開ける。下の段から、夕方にコンビニで買っておいたプリンを取り出した。


 コンビニスイーツってやつだ。

 普段は買わない方なんだが、今日は特別だ。

 だから、いくつかある種類の中から、上にクリームが載っているちょっとだけ豪華なプリンを選んだんだ。


 ベッドの横の小さなガラステーブルにプリンを置き、ベッドに寄りかかるように座る。カップのフタを開け、そして……


「ハッピーバースディ」


 オレ一人しかいない部屋で、ちょっと明るく自分を祝ってみた。

 そう、オレ、羽崎冬也はねざきとうやは、たった今十九歳になった。


 バースディケーキ代わりのプリンを一口。


 うん。結構おいしいじゃん。


 この場には他に祝ってくれるような人はいないし、生まれてかた彼女もいないけど、それが別に寂しいとは思ってない。


 うん。全然、全く、これっぽっちも思ってないよ? ホントだよ?

 だって大学に入ったばかりなんだし、明るく楽しい青春ってヤツはこれからだよね?


 さらに一口食べながら、そう思って一人頷くオレの後ろで、何かがボトッと落ちる音がした。

 反射的に振り返ると、ベッドの上に青い小鳥の置物が落ちている。

 どうやら棚から落ちたらしい。


 ……なんで落ちたんだ?

 地震? いや、揺れてないよな?


 スプーンを口にくわえながら、首を横にかしげてしまう。


 この置物は、小さい頃から実家にあったモノだ。母さんの超お気に入りで、なんでも父さんと結婚する前から大事にしていたモノらしい。そんな大事にしていたモノなのに、オレが一人暮らしを始めるために家を出たとき、「お守り代わりよ」と半ば強引に荷物の中に加えられたんだ。


 あれ? 今なんか、光ったような……?


 紫色の淡い光の環が、鳥の頭部から尻尾のほうへと流れていくのが見えた……ような気がした。一瞬だったので、なんとなく自信が無い。目の錯覚だったのかもしれない。


 いや、錯覚じゃない。まただ!


 再び紫色の淡い光の環が、先程と同じように鳥の頭部から尻尾の方へと流れて消えた。


 何が起きているのか分からず、ほとんど思考停止しているオレの目の前で、今度は鳥の羽がピクッと動いた。続けて頭部が小さく動き始める。

 黙って見ていると、だんだんと羽が大きく動き始め、さらには鳥の目が動いた。そして……


「なんか、甘い美味しそうな匂いがするね。ボクにも一口くれる?」


 誰か信じられる?

 単なる置物だったハズの青い小鳥が、一回羽ばたいてからベッドの上に立って、オレに向かってそう言ったんだ。


 ◇


「はじめまして……かな? ボクはリオ」


 青い小鳥の置物が、小皿に分け与えたプリンをついばみながら自分の名前を教えてくれた。


 置物……だよな?

 いや、言葉を話すのだから、もう置物とは呼べないのかもしれない。実際無機物にはとても見えない。そう、生き物にしか見えない。


 うーむ。プリンを美味しそうに食べる鳥って珍しいよな。いや、しゃべることのほうが珍しいのか? いやいや、インコとか九官鳥とか、しゃべる鳥はいるか。別に珍しくないか。でもでも、置物から変化する鳥ってのはどうよ! どうなのよっ!?


 もう自分でも何を考えているのかよく分かっていない。顔はポーカーフェイスを保っている気がするのだが、頭の中はいろいろな思考が流れてゴチャゴチャだ。


 と、とりあえず他に何か聞いてみるか。


「……美味しい?」

「うん!」


 リオと名乗った青い小鳥が目を細めながら、ご満悦そうな声で応えてくれる。


 ――いやいや、そんなことが聞きたいんじゃなくって!


 一回咳払いをして、オレは質問を変えた。


「……えっと、とりあえず、君は何者なのかな?」

「あれ? ボクの事、マイコから何も聞いていない?」

「マイコ?」


 小皿の上のプリンをくちばしで綺麗に食べ終わってから、青い小鳥のリオが逆に聞いてきた。そんな器用さにちょっと感心しながら、オレは人の名前らしき単語に首をかしげる。


 ……誰だ、マイコって?


 その名前に思い当たる人物は、すぐに思い出せる範囲では二人。一人は中学時代の同級生で、確かマイコという名前の女の子がいた。背が小さくて、何度か会話したことはある。特別親しいというわけでも無かったからか、どういう漢字だったか思い出せないけど。

 そしてもう一人は……いやいや、まさかね?


「君の名前はトーヤだよね?」

「そうだけど、よく知っているね」


 そしてリオは、少し目を細めながら頷きつつ、とんでもない爆弾発言を投下してくれた。


「うん。マイコ、つまり君の母親から聞いているからね」


 ……はい?


 一瞬オレの思考は停止してしまった。

 確かにオレの母親の名前は羽崎舞衣子マイコという。

 いやでも。おいおい。ちょっと待ってくれ。


 えっと、えっと……………………マジ?



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