小さな嫉妬。大きな信頼。

 久我崎家の連泊も最後になる土曜日の朝。

 勉学に勤しむ高校生は今日も半日授業があるので、私と洸は制服に着替えて朝食を摂っている。誰かと顔を突き合わせてご飯を食べることへの違和感が温かみに変わっているのを実感していた……かったのだけど、今はどうにも肩身が狭い。


「懐かしいわねぇ……。文化祭の後、生徒会室であなたに告白されたのこと」

「こら……お客さんがいる前でそういう話は恥ずかしいだろ……」

「二人とも朝から昔を思い出していちゃつかないでよ」


 私の対面では洸のご両親が頬を少し赤らめながら昔の思い出に浸っていた。

 土曜は洸のお父さんの仕事が休みなので朝食は一緒にしているようだ。

 私がちゃんと話すのは初めてな洸のお父さんにあれこれ聞かれていると、途中から洸のお母さんも話に入ってきて、そこから二人の高校時代の思い出話に花が咲き、仲睦まじい夫婦の様子を見せつけられている。


 なんとか笑顔を作って二人のやり取りを見るしかない私と、ただ黙って味噌汁を啜る洸。そして、そんな洸の斜め前の席には同じく静かに目玉焼きを口に入れている洸のおじいさんもいる。

 そう。今朝は久我崎家勢ぞろいの食卓になっているのだ。失礼のないようにできる限りの注意を払うだけでも疲れるのに、私のことや学校でのことに関する質問攻めからの二人の熱愛トークに、まだご飯は残っているけどごちそうさまをしたい気分だった。


 そんな中、静かに食事をする洸のおじいさんは昔この町の議員だった経歴のイメージ通り、真面目で固そうな雰囲気を醸し出している。この場にいる異分子の私をさして気にすることもなく、いつもの日常を過ごしている、そんな感じ。


「ところで、洸は学校で好きな男はいるのかい?」

「……んぐっ!?げほっ、げほっ……!」


 予想外の方向からいきなり投げ込まれた爆弾に洸の口内が暴発していた。口元を手で押さえて咳き込みながら席を立ち、テーブル脇に置いてあったティッシュボックスの方へ向かっていく。

 おじいさんに対するイメージはどうやらだいぶ間違っていたみたい。


「なになに?二人とももしかして気になる男の子でもいるの?」

「おい。やめなさい。お義父さんもそういうデリケートなことを年頃の女の子に聞くのは良くないですよ」


 と言いながら、仕切りに力のこもった視線をこちらに向けてくる洸のお父さん。まぁ、父親ならそこは絶対気になるよね。むしろ、一番気にしてそう。


「いないからね!」


 スッパリと否定する洸。

 洸の好きな人は別の学校にいる人だから、うそを言っているわけじゃないか。それに普通家族にはそういう話はしたくない。


「まだ1学期が終わりそうってくらいだものね。これからよ。これから」

「ふむ。そうか……」


 今後の報告を待ち遠しそうにしているお母さんと、気が気でないそぶりを見せるお父さん。そして、どこか残念そうにしているおじいさん。その二人を恨みたっぷりのきつい目で睨みつける洸。でも、そこにギスギスした感じはなかった。たぶん、4人の時はこんな雰囲気なんだろうなぁ。



――――――



「いってきます」

「いってらっしゃい。深月ちゃんもいってらっしゃい」

「はい。いってきます」


 今日はご両親二人に見送られての出発。

 広い庭の端に堂々とそびえる大きな樹の横を通ると、元気な蝉の声が私たちを出迎える。この樹は桜の木なので、毎年春になるとご近所さんや親戚を呼んで花見をしているらしい。それは羨ましいと思ったら、洸としては大人の顔色伺って話さないといけないのであまり好きじゃないイベントだそうだ。


「すみません。あんな家族で」

「えっ?別に私も気にしてないよ。いいじゃん。仲が良くて」

「両親なんか仲が良すぎて困るくらいですよ。時折妙にラブコメ感だしてくるので。本当いい年して……」

「私の両親も似たようなもんだよ」

「そうかもしれませんね。声を聞いただけですがうちの両親と同じ雰囲気を感じました」

「あぁ……そんな感じはあるかも。うちのお母さんもたまに悪ノリしちゃうからなぁ」


 実は昨日、お母さんから電話があった。人様の家に泊まるならちゃんと連絡しなさい、と。

 私が洸の家に泊まることはお母さんには話してない。一人で暮らしているんだし、高校生なんだから言うわざわざ必要もない。

 ところが、私の家の近所に住んでたまに様子を見に来る幸恵ゆきえさんが私の不在に気づき、私のスマホに電話。だけど、ちょうど洸とプールで練習していて気付かなかったので幸恵さんからお母さんに連絡が行き、練習後の私は大量の着信履歴に身を震わせることになった。

 しっかりと怒られた後、お母さんとそれからお父さんは、洸とご両親にも電話越しで挨拶をしていた。もちろんこの一件で何かが悪くなったことなんてなく、私たち二人はお互いの両親に相当な信頼を得る結果となった。


「ところで、さっきの朝ご飯で何かありました?」

「何かはあったでしょ。洸が両親にウソついた場面を目撃した」

「あの場面で堂々と家族に言う女子なんて早々いませんよ。そうじゃなくて……。時々、暗い顔してたので」

「そうだった?」

「家族に見えないよう下を向いて」


 うーん……。なんでそういうのちゃんと見てるかなぁ……。


「迎えた側として気になったので。私か、私の家族が原因なら直しますので」

「それは絶対にないよ。ただ……羨ましすぎて妬いただけ」

「それって……」

「ああやって家族みんなでご飯を食べたいなぁ、って」


 それは一人暮らしが寂しいということじゃなくて。

 私が泳げなくなってから私たち家族は見えない仮面を被っていた。優しい言葉も笑顔もお互いの仮面を通すとぼろりと欠けてしまう。だから、それが本当のモノだとしても、不安になってどこか疑ってしまう。そして、その仮面はお父さんといる時は少しだけ厚くなる。だから、昨日も私はお母さんとしか話せてない。


「……ごめん。変なこと言った」


 無理にでも誤魔化せばよかった。これはただの嫉妬。こんなこと話しても洸を困らせるだけだ。


「本当ですよ」

「……えっ?」

「しかも地味に重い内容ですし。私に言われてもどうすればいいのって話ですよ。振ったこっちが言うのもなんですが、それだったら適当に誤魔化してくれません?」

「いや!そっちこそ聞いといてそれはないでしょ。言ってることはどれも正しいかもしれないけど、もうちょっとオブラートに包んでくれたっていいんじゃない!?」


 じゃあ、なんで私はつい話してしまったのか。


「でも、まぁ……聞いたからにはそのまま素通りするのも気分が悪いので、助力くらいはしてあげますよ」

「あっ、そう……。気持ちだけ受け取っておく」


 恥ずかしくも、どうやら彼女への信頼度が上がったのは私の両親だけじゃなかったみたいだから。


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