とっておきのおいしい話

 本屋での買い物を済ませた私たちは前にテニス部の平井さんと話したファストフード店に来ていた。本当はここに立ち寄る予定なんてなくて、さっさと帰ってプールで練習するつもりだった。

 そうなった原因は私たちの目の前に座って夏の新作である黄桃味シェイクを啜っている。


 あの後、本屋を出てさぁ帰ろうとなった私たちを鳥羽さんが「せっかくだからもう少し話して行かない?」と引き留めてきた。私は彼女と特別話すこともないから洸に委ねる感じでどうするか聞いてみた。洸もまだ不機嫌なままで乗り気ではなさそうだからこのまま断るだろうなと思っていたんだけど……


『私、二人にとっておきのおいしい話を持ってるんだけどなぁ』


 と、わかりやすく誘い出されてしまっては気になってそのまま帰ることもできなかった。


「ねぇ。二人って何繋がりなの?クラスは違うよね。体育の朱鷺乃さんを見てると人と近づきたくないって雰囲気出しているから、そういう意味では似てるけど、だったら互いに話そうとなんてしないだろうし」


 知らぬ間にしっかり観察されていたことは良い気分じゃないけど、その観察眼が鋭いことにはちょっと感心してしまう。


「隣のクラスなのによく見てるんだね」

「人間観察は趣味の一つみたいなもんだからねー。いや、キモいよねー、こんなやつ」

「そんな堂々と明るく言われちゃうと、嫌悪感よりすごいなって感情のほうが勝るかも」

「ありがとっ!」


 屈託のない笑顔。水泳部でこの感じを出せるのは香原先輩くらいだなぁと思う。いや、みんな根暗ってわけじゃないんだけど、ここまでの爽やかさと明るさは持ち合わせてないからなぁ……。


「そんなに人間観察が好きなら予想はしてるんでしょう?」


 と、洸がいきなり口を挟んできた。睨みつけるほどではないけど、じっと探るような視線を向けている。


「美少女のジト目やばっ……!変な性癖が目覚めそうかも私。あぁー、うん。一応想像にはなるけどやっぱ部活だよね。てか、久我崎さん水泳部だったんだ。これはそそるわー!」

「黙れ。気持ち悪い」

「洸。気持ちはわかるけど、それはストレートすぎるよ」

「大丈夫~。言われ慣れてるから」


 言葉の通り、鳥羽さんは全くダメージ受けてない。にへらと笑っていてむしろ嬉しそうでもある。たしかにこれは気持ち悪いかも。


「ところで、その言い方だと私が水泳部なのは知ってたってこと?」

「そりゃ知ってるよ。6組の藤堂さんの件の犯人捜しで文化部に片っ端から殴り込みしてたんだから、文化部じゃちょっとした有名人だよ」

「で、ですよね……」


 本当にあの時の行動は後悔しかない。頭に血が上っていたとはいえ、無茶はするもんじゃないよね……。


「でも、私はそういうの好きだよ。仲間のために行動を起こすのってアニメや漫画じゃよくあることだけど、現実にそれを実行するのは勇気がいるから。誰でも簡単にできることじゃないもんね」

「フォローありがとう。でも、文化部に片っ端から乗り込んだわけじゃないからね。それにたしか鳥羽さんは見なかった気がするけど、その日はいなかったとか?」

「うちの部活には来なかったんだよ。私は隣の写真部からちょうど朱鷺乃さんが出てきたのを目撃しただけ」

「えっと、写真部の隣ってことは……」

「漫研ね。漫画研究会。ちなみにちゃんと描ける方の部員ね!」


 見た目とはずいぶんギャップがあるけど、中身を見れば十分すぎるほど納得できる。


「ところで、それと私たちにとってのおいしい話がどう関係するんですか?」


 ここで再び洸からの鋭い一撃。いまだ鳥羽さんへの警戒心は解けない模様。

 そういえば、洸ってほかの人と喋るとき、基本的に口数少なかったっけ。二人でいるといつもからかってくるから、鳥羽さんが抱いているような人を寄せつけないイメージがいつの間にかすっかり抜けてしまっていた。

 一方、鳥羽さんは『よくぞ聞いてくれました』と言わんばかりのしたり顔。


「私、知ってるんだよねー」

「もったいぶらなくていいですから」

「ちぇっ。つれないなぁ……。元テニス部で現水泳部の藤堂さんだよね。彼女のパパ活停学事件のー……」

「それはあまり大きい声で言わないでもらえます?」


 洸の言葉がさっきから棘しかない。


「はいはい。もぉー……焦らしプレイ好きなんて上級者だねっ」


 焦らしているのは鳥羽さんの方だけどね。それにしても全くダメージなしかぁ……。メンタル強いなぁ。


「で、その事件の犯人がわかったわけ!女子テニス部2年の浅岡先輩と染谷先輩、二人が首謀者!証拠はまだないけど、実は藤堂さんと部活が一緒でレギュラー争いで負けて恨んでるらしいから動機は十分。ちょっと怪しいところもあるし、間違いないと思う」


 ……そういえば、あの二人ってそんな名前だったんだ。そこまで意識してなかったなぁ。うん。まぁ……うん。


「ごめん。それとっくに知ってる」

「あれまっ」

「それより二人に協力した誰かがいると思うんだけど、そっちがわからなくて……」

「あーっ、それって文化部荒らしまわってた方のやつだよね。ごめん!そっちは私もわからんっ!」

「いや、荒らしてないから」

「はぁ……使えないですねぇ」


 隣の席から負のオーラが漂ってる気がする。言い方も普段私をからかう時のSっ気がさらに牙を向いてるといった口調だ。


「ところで、どうして文化部の誰かが共犯者かもしれないって思ったわけ?」


 ノーダメージ継続中の鳥羽さんの問いかけに私はあの映像についての自分なりの考えを話した。あれは誰か映像編集に長けた人が手伝って作ったフェイク動画なんじゃないかと。今更だけどそれについてもちょっと自信は無くなっている。


「あぁ……それは十分ありえるかも。うちの高校って権力は運動部のほうが圧倒的に強いからね。同好会止まりの部活が多い文化部は下に見られがちだもん。こっちは好きなことやってるだけなのに馬鹿にした態度とってきたり、うざい人はうざい。カースト的にも強い運動部の子のほうが立場が上で、嫌な絡み方する人やパシってくる先輩もいるからね」

「でも、今回のことはアウトな内容だよね。それでも協力しちゃう人いるの?」

「うーん……。弱みを握っているとか、圧力かけているとか……?それか相手をその気にさせるとかかな」

「自主的に藤堂さんを陥れたり、水泳部を悪く言わせるってこと?」

「そう、それ」

「でも、一年生にそこまで敵意むき出しにする人なんているかな?テニス部の先輩二人みたいに嫌われている知り合いが他にもいるようにも思えないし。水泳部が出来ると不都合が起きる人もいないんじゃない?」


 そうなると他の要因?私たち一年生は注目されてないだろうから除外するとして、そうなると香原先輩か……、あっ……。


「もしかして、磯部先生……?」

「すでに面倒なことが起こりましたし、可能性は高そうですね」


 私の考えに洸も同意してくれる。


「ということは先生を嫌っている人かな」

「磯部先生って人気あるから嫌っている生徒がいたとしたら極少数だし、かなり絞れそう!私、ちょっと知ってる先輩たちに聞いてみるよ。私、漫研以外の文化部にも顔が広いほうだから」


 私も空に聞いてみるか。いや、上級生の事情までわかるのかな……?

 でも、成り行きとはいえ鳥羽さんも力を貸してくれるのはとてもありがたい。


「ここに来てちょっと進展したかも。協力まで申し出てくれてありがとう。鳥羽さん」

「いやいやそれほどでも~。ちょっと想定外だったけどね。あっ、協力は私の善意というか好奇心だから変に気にしないでいいからね」


 好奇心って……。まぁいいか。変わった人なのは十分わかったし、それくらい気にしても仕方ないか。


「ところで、私へのおいしい話のことを忘れていたりはしませんよね?」


 と、また一つ暗闇の後に光明が差し込んで少し元気が出た私の隣で、まだ不機嫌そうにしている人が約一名。


「それがさっきの話なんじゃないの?結局、その話自体ははすでに知っていることだったからそこまでおいしい話じゃなかったけど」

「いえ。彼女の最初の態度から私が水泳部であることの確証は持っていませんでした。なのに、その前に『二人においしい話がある』と言ったということは、私と朱鷺乃さんそれぞれに話があると考えられるんですよ。水泳部のことだけなら推測だけを頼りにわざわざ『二人に』なんて言う必要ないですから」


 なるほど……。言われてみればたしかに。


「えっ。ちょっと美少女探偵とかめっちゃテンション上がるんですけど。いいね。久我崎さん!持ってるねぇー。マジで持ってるねー!」

「うざいオタク喋りはもういいんで。さぁ。早く」

「あいあいー」


 やっぱり鳥羽さんのこのノリにはついていけそうにない。良い子だとは十分思うんだけどねぇ……。一時的に親しくなるくらいはいいけど、もしずっと友達として付き合ってくのは、うーん……疲れそう。


「私の姉、漫画書いてるんだよね。『蒼炎の彼方』っていう少年漫画」


 その名前さっき聞いた。ほんの数十分前に。誰かさんの早口な熱弁付きで。

 で、その誰かさんはさらっと出てきた鳥羽さんの爆弾発言に顔が凍り付いている。ご丁寧にぽかんと口まで開けちゃって。


「それ、本当なの?」

「マジだよ。マジ。あと、これは内緒ね。久我崎さんが漫画大好きそうだったから驚かせてみたかったのと、これでうまいこと久我崎さんに近づけるなっていう策略が半々かな」


 隣人の代わりに私がたずねると、鳥羽さんは包み隠さずそう答えた。そこはもう少し隠すべきだと思う。


「え……あ……ぉ……」


 ようやく溶けはじめてきた洸は覚えたての言葉を紡ぎだす原始人みたいになっている。口元と手がぷるぷると震えてる。衝撃的なのはわかるけど、傍から見て不気味だ。


「お、お姉さまには大変お世話になっています!」


 三つ指ついて鳥羽さんに深々と頭を下げる洸。つけてるのはさすがに地面じゃなくてテーブルの上だけど。

 というか、なにこの人。パニックになって友達に頭下げてる。こんな洸を見るのは初めてだ。今日はまたころころと豹変するなぁ。あと、私も今まで何度か頼み事されたけどこんなに丁寧にお辞儀されたのは見たことない。面白いやら腹が立つやら。

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