10年前の疑惑
1時間目は担任である磯部先生の現代文の授業。
担任の先生でしかもちょっといじられキャラでもあったから、授業中の雰囲気が少し緩くなるなんてことは珍しくなかった。
お昼休み明けの授業に次いで1時間目の授業は眠気に襲われやすい。居眠りをしている生徒を先生が「こらっ!」と怒って、起こされたお調子者の生徒が「起こすなら旦那さんにしているみたいに優しくお願いします!」なんて馬鹿なことを言って、女子の呆れたような眼差しと男子の爆笑をもらうなんてこともあった。
だけど、今日の空気はそれともどこか違う。
多くのクラスメイトが先生の隙を伺いながらチラチラと先生に視線を向けている。
隠れてスマホをいじっている子やノートの端切れを手紙にして隣の席に渡す子もいた。それでもたった数人が授業中の態度としてはよろしくないことをしているだけ。たぶんクラスの半分くらいは「あぁ、不真面目なやつがいる」くらいにしか思ってない。ううん、そうであってほしい。
あれは4月。最初の現代文の授業が終わった後、上級生にお姉さんがいる子が「先生はこの学校の卒業生なんですよね」と先生に言った。お姉さんから聞いた情報らしく、先生も「えぇ、そうよ」と答えていた。クラスの子たちがそれに食いついてあれこれと先生の学生時代の話を聞き出そうとして、先生が押され気味にになりながら困った表情で話していた。
磯部先生はこの学校の卒業生。年齢は27歳。
水泳部が休部になったのは10年前。
理由が生徒の淫行でその原因が今この学校で教師をしている人。
この考えの先にあるものが、教室に漂う嫌な空気の正体。
……気分が悪くなりそう。
それはたかが掲示板に書かれたぽっと出の噂で、10年も前の出来事で、最近活動を再開した小さな部活の話。だから、誰かがそれを追及するようなことなかった。嘘でもたとえ本当だとしても誰も特なんてしない。もしも突っついて何かを傷つけてしまったときの代償を支払う覚悟なんて誰も持っていないから。
だから教室の静かな違和感は、今はまだ凪いだ海のように穏やかなまま。
でも、この話を見てしまったのは私のクラスだけじゃない。ほかのクラスや上級生の人たちの中にもいる。
その結果として、水泳部に対する印象は下がっていった。
といっても、掲示板の書き込みに水泳部に対する批判的な言葉が並んだり、稀に校内で生徒同士が水泳部への雑言を聞いてしまうくらい。
大きく悪化するというほどじゃない。だけど、静かに少しずつ私の不安は膨らんでいく。
―――――
「あのー、深月さん。私の話ちゃんと聞いてます?」
「ごめん。聞いてなかった。なに?」
時刻は夜8時。洸の部屋。運動&食後の勉強タイム。
横に少し長いローテーブルの向かい側で開いた教科書に肘をついてシャーペンを片手に持った洸が盛大にため息をついた。
「テストが終わったら深月さんの全身コーデをプロデュースするんですけど、どんなのが好みかっていう話ですよ」
「テスト勉強と全然関係ない話だし、私その話初耳なんだけど」
「今初めて話しましたから」
「あっ、そう……。別に服の好みとかないからなんでもいいよ」
「あらあら。行くこと自体はオッケーなんですね」
「蛇みたいにしつこく誘ってきそうだから諦めてるの」
「とか言って、ちょっと楽しみに思い始めているんでしょう?」
「……そんなことない」
「それでご希望は?」
「フリフリしたのは嫌」
「今時そのワード使っている人いませんよ。これはしっかり勉強してもらったほうがよさそうですね」
テストが終わった後かぁ……。
そんな数日先の予定が今は遠く感じてしまう。
「ところで今日は何かありましたね?プールにいた時も時々心ここにあらずでしたよ」
「えっ?あぁ……えっと……」
「はいはい。迷ってる暇があったらさっさと報連相してください。間違いなく水泳部がらみなんですから私だって知っておく必要はありますよ」
私は洸に今朝あったことのあらましを話した。
「そう来ましたか……。なかなかインパクト強めの話ですね」
「昔のこととはいえ、このタイミングでそういう良くない話が出てくるのはまずいよね」
「このままだと水泳部は学校で腫れ物扱いされそうですね」
「だよねぇ……ってその割には洸、平然とした表情じゃない?」
「いえいえ。ちゃんとこの話を重く受け止めてますよ」
いやいや。左手でさっきからくるくるとペン回ししてるから。こっちの深刻さと洸の態度、かなり温度差あるからね。
「とりあえず、明日聞いてみればいいじゃないですか」
「聞くって、誰に何を?」
「それは磯部先生に10年前のことを、に決まってます」
いやいやいや。話の内容が内容だけにすごーく聞きづらいし、藤堂さんの時だって結構プライベートな部分まで掘り下げちゃったから、それを考えると……怖いなぁ……。
その夜は胃のあたりが痛くて、なかなか寝付けなった。
がんばって私のメンタル。
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