落ち着いた朝はまだ遠い
朝起きたら知らない天井が見えるなんていう体験を3か月ぶりに味わった。今度は妙なもの悲しさはない。友達の家に来ているんだから当たり前か。
ん……?
そこで私は自分の頭の異変に気付く。フードが頭に被さっている。
起き上がってフードを取って、視界の端に映った犯人のほうへ顔を向ける。
頭から足まで一直線に伸びて、両手だけをブランケットから出しておなかのあたりで重ねている。乱れのない寝姿は童話の白雪姫のよう。
布団の脇に置いてあったスマホを開く。時間は朝の6時10分。画面には10分前にアラームが鳴ったことを示す知らせが出ていた。いつもなら当然のように起きて止めるアラームに気づかなかったことを少し反省して、私は手を組んでから上に伸ばし左右に傾けて軽くストレッチをした。
泊りに来ているからこそ日課の朝ジョギングをすっぽかすわけにはいかない。なので次に私がすることは一つ。隣の眠り姫をさっさとたたき起こすこと。
私はガラス細工にそーっと触る……ようにはせず、洸の右肩を強く揺する。軽くではなく、強く。
「うぅーん……すぅ……」
効果なし。
モーニングコールに全然出なかった時点で洸の寝つきが良すぎることは察していたけど、こうしてそれを目の当たりにすると『良い神経してるなこいつ』と改めて思う。
叩いたり変な起こし方するとそれはそれで後々面倒なことになりそうなので、”体を揺する”のグレードアップ版で攻めることにした。
膝立ちの体制で左手を洸の右肩、右手を腰のあたりに置く。
体全体を使って洸の体をゆさゆさと揺する。
「おーきーろー!」
声をかけながらゆすり続けて5秒、
「んん~……。なんですか。もう……」
眠り姫が不機嫌そうな声をあげた。
「ほら、いつまでも寝てないで身支度して走りに行くよ」
「せめて最初は朝の挨拶からにしません?」
「はい、おはよう。さぁ、さっさと着替えて」
「おはようございます……。あれっ。フード外しちゃったんですか?似合っていたのに……いだっ!?」
私は下腹部に一発チョップをお見舞いした。
「もう、さっさと寝ないでこんなことしてるから……」
「残念。次はちゃんと写真に撮っておかないと……ふにゃっ!?」
今度は額にデコピンを炸裂させた。
「いい加減にしないと朝からしごき倒すよ」
洸の距離感が若干いつもより近い気がしたけれど、自分の家だからちょっと緩んでいるだけだよね。主に頭のネジが。
―――――
ジョギングは”私のペースについてくる”という課題を洸に与えて走ってもらうことにした。正直きついと思うけど、口だけじゃないということをしっかりわかってもらうためだから仕方ない。パワハラとかそういうのじゃないから。
(私の基準で)軽く走ってから洸の家に帰宅。順番にシャワーを浴びてから制服に着替えたところで、おばさんから朝食のお呼びがかかった。
「おはよう。深月ちゃん。昨日はよく眠れた?」
「おはようごさいます。おばさん。おかげさまですっきり寝れました」
「それは良かったわ。さぁ座って。もううちの男性陣は食べちゃったから、私たちも食べましょ」
食卓に並んでいるのは、白米、アジの開き、海藻サラダ、納豆、豆腐の味噌汁。
「ん?深月さん、どうしたんですか?」
「あっ、いや……こんなちゃんとした朝ごはん食べるの久しぶりだったから」
朝は食パンと牛乳で済ませるか、パンの代わりにシリアルにするかがほとんど。
洸にはちゃんと栄養を取れなんて言っておきながら私はこのざまだが、そこは一人暮らし故目を瞑ってほしい。
「深月ちゃん。やっぱりうちの子になる?」
「お気持ちだけで十分です。ずっと一緒に過ごしていたら洸に手を焼かされてストレスが防波堤を決壊しかねないので」
「失礼ですね。たまにちょっかい出すくらいですよ」
「たまにでも出すな」
「ふふっ……」
そんな私のやりとりがおかしいかったのか、おばさんが堪えきれずに口元を手で抑えながら笑った。
「二人とも本当に仲が良いわね。それにいつの間にか名前で呼び合うようになっちゃって」
「あ……えっと……」
「そんなに困らなくていいのよ。むしろそれが普通なんだから」
「そ、そうですよね」
友達同士、名前で呼び合うのは全然大したことじゃない。ただ私はろくに友達なんていなかったから、どのラインまでたどり着けば親しげに名前で呼んでいいんだろうかと悩んでいた。
で、そのきっかけが今回のお泊りであったわけなのだが。
普通のことなはずなのに人から指摘されるとなんだか必要以上に意識してしまう。
「それに私が名前で呼んでいるのに、娘が苗字で呼ぶっていうのもなんだか変な感じだものね」
「まぁ、たしかに……」
えぇい。洸も少しはなんかしゃべってよ。
急に黙りこくられると私もどうしたらいいか困るんですけど!
―――――
そんな若干空気が変になった朝食を乗り越えて、私はいつもと違う登校ルートを洸と一緒に辿っていった。
学校に着くと、昨日ここを出てからの約半日がやたらと長かったような感覚に駆られる。昨日の朝の洸と藤堂さんのやり取りを含めるとインパクトだらけの1日だった。
「それではまた後で」
「あっ、うん。また」
それぞれの下駄箱に向かい、別々に自分たちの教室へ向かう。
いつも一人でやっていた流れに今日はたまたま近くにもう一人いただけ。
それだけのことなのに不思議と胸につっかかる感じが残った。
―――――
教室に入るとすでに登校していた押切さんと目が合った。というより、私が教室の中を覗いた時点でこっちを向いていたので、合ったというよりは”目を合わせられた”という表現が正しい。
何か話したいことがありそうなので、自分の席に向かう前に押切さんの席へ向かった。
「おはよう」
「おはようございます。朱鷺乃さん。昨日はありがとうございました」
「もしかして勉強のこと?わざわざかしこまってお礼なんて言わなくてもいいよ。どうする?今日もまた勉強会しようか」
「でも、朱鷺乃さんだって自分の勉強したいことあると思いますし、あまり迷惑かけけるのも悪いですから……」
「迷惑だなんて思ってないよ。うーん……。それならお昼休みに少し教えるのでどう?それなら押切さんも気を遣わずに済むでしょ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもって……」
ほっとした表情をする押切さん。
気になってもう少し話を掘り下げたところ、数学以外の理系科目である化学や物理も苦手らしい。そっちは私も自信たっぷりな科目じゃないのでちゃんと教えられるかはちょっと不安だ。
「あの……ちょっといい?」
なんて話していると、クラスの女の子が私の隣にやってきて伺うように話しかけてきた。
「えぇっと……。ちょっとこれを見てほしくて。あっ、あの先に言っておくけど気分悪くしたらごめんね。ただ、水泳部のことだから気になって……」
「え……。な、なに……?」
とても不安になる前置きをされた私たちは彼女が差し出したスマホをの画面をのぞき込んだ。それは前に洸に見せてもらった須江川高校のネット掲示板。
いろんな話題の中にまだ藤堂さんの話が残っていてその時点で嫌な気持ちにはなったんだけど、私たちはさらにその下にある誰かの書き込みに視線が止まった。
”うちの水泳部、部員の淫行と喫煙がバレて休部にさせられたんだって”
”しかもその原因になった人、うちの教師らしいよ”
たしか空は『部員の不祥事で』と言っていたけど、まさかそんな内容だったなんて……。しかも、原因が教師って一体……。
「昨日かな。こういう書き込みがあって。そこからその話題で持ち切りになっっちゃって……。二人はこのこと知ってたりする?」
「ううん。知らない……。私たちもはじめて知った」
女の子は私たちの反応を見て「気分悪くさせちゃってごめん。でも、黙っておくのもあれだから……」と申し訳なさそうなに謝った。
これが根も葉もない噂だと思いきれたら楽だったのに。
そんな私の不安を無理やり拭おうとするように始業のチャイムが鳴り響いた。
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