歩み寄って
なんかちょっと恥ずかしいではじまった久我崎さんとのお風呂は、私の特訓開始という予想外の展開を迎えて上がりとなった。
順番に着替えて久我崎さんの部屋に戻ると、先に着替えていた久我崎さんが鏡台に向かってパジャマ姿でドライヤー片手に髪のお手入れをしていた。
薄手の生地で花柄のパジャマはよく似合っていて、ちょっと真剣な表情で鏡と向い合せになっている後ろ姿からは大人っぽさも醸し出している。
同じ制服を着てるとつい自分と比べてしまってあれこれ考えてしまうけど、こうしてお互い別々の服になると比較するのもおこがましい気持ちになってしまう。
あとは性格さえ良ければ、間違いなくクラスの中心になれるのになぁ……。
すると、久我崎さんが突然体の向きを180度回転した。
「えいっ!」
「うわっ!?」
顔面に熱風がぶつかって私は一歩後ずさる。怯んで瞑った目を開くと久我崎さんが西部のガンマンみたいなポーズでドライヤーをこっちに向けている。
「なにすんの。いきなり」
「見た目が非常に残念な子をつい撃退したくなりまして」
「あ……あぁ……」
私の装いは無地の白Tシャツにルームウェア用のグレーのハーフパンツ。
「田舎のおじいちゃん家に遊びに来た小学生の子どもですか」
「家の大きさ的にはそんな感じじゃない?」
「高校生なんですから。いろいろと気にしたほうがいいですよ」
「ほら。私そういうキャラじゃないの、久我崎さんわかってるでしょ。別にオシャレなんて私には、ね?」
「なるほど、そうですか。”なんて”ですか……」
あっ、まずい。久我崎さん目が笑ってない。というか、目が据わってるような……。
「ちょっといいですかぁ?」
そう言うやいなや私の反応を待たずに久我崎さんは獲物を狙う肉食動物のごとき瞬発力で立ち上がり、私の右腕を掴む。やたら力が入ってて振りほどけそうにない。
「あぁ、もうダサいですねぇ……」
「な、なに、ってぇぇ!?」
久我崎さんの空いている右手が私のハーフパンツに伸びたと思いきや、そのまま掴まれてさらには勢いよく引き下ろされる。私の下着が久我崎さんの面前にさらされた。一体、何が起こってるの?いや、起こってることはわかる。なんでどうしてこうなった。
「もう夜なんで静かにしましょうねぇ。うーん……さすがにこっちのセンスは目を瞑ってあげますか」
「私の下半身凝視しながら言ってる様子が完璧に変態なんですけど!?」
すぐさま冷静にツッコミを入れている自分の冷静さを褒めてあげたい。
と、体勢を元に戻した久我崎さんが今度は私のTシャツに両手をかける。
「こっちも脱がせますか」
「自分が何言ってるかわかってる?」
「朱鷺乃さんの格好が見るに堪えないので私のパジャマを貸してあげると言っているんですよ、もう」
「それをどう翻訳すると”脱がせる”になるのか教えてよ……って、勝手に服のすそに手をかけるな!」
人様の家だから今日はちゃんと上も着けてるけど、これをまくり上げられるのは私の尊厳に関わる。ただでさえ、さっき半分失ってるのに。
「ぐぬぬ……」
「ぐぬぬ、じゃない!」
壁に背中を押し付けられるほど迫られた状態の私は両手で久我崎さんの両腕を抑え込んで必死に抵抗する。それに負けずと久我崎さんも腕に力を込めている。へそのあたりが見えたり隠れたり、一進一退の攻防。
やばい。この人本当に本気で上も脱がすつもりだ。
「ストップ、ストップ!わかった。用意してくれればそれに着替えるから、お願いだから実力行使はもう勘弁して!」
仕方ないので私は白旗を上げることにした。おとなしく聞き入れてくれるのか久我崎さんは両手を私の服から外してくれる。
「服出してくるのでちょっと待っててくださいね」
そう言うと久我崎さんは途端に声色と態度をコロリと変えて、部屋の奥にある洋服ダンスであれこれと探しはじめた。
気分が良さそうにパジャマを吟味している後ろ姿がなんかもう怖い。
「あの、いつまで下半身丸出しにしてるんですか?」
「……っ!?犯人に言われたくないから!!」
私は慌てて力なく足首に垂れ下がったままのパンツを慌てて元の位置に戻した。
―――――
「いや、ここまでしなくて大丈夫だから」
「いいから大人しくしてください」
目の前に鏡に映るのは自分の姿……なのだが、どうしても違和感がぬぐえない。
久我崎さんがチョイスしたパジャマは白と淡いピンクのボーダー柄。全体的にもこっと厚手にみえたけど、ちゃんと夏物で軽くて風通しが良い。首元の裏側からはパーカーが垂れている。下はさっき私が着ていたハーフパンツと同じくらいの丈で、柄は上と同じ。有名なブランドらしい。名前を言われて「知らない」と答えたら絶句された。えぇ、すいませんね。女子の常識がなくて。
なんか私、女の子っぽくない?背丈のせいで中学生くらいに見えるけど。
たかがパジャマだけど、服に着せられてる気がして勝手に体が委縮してしまう。
「でも、髪は最低限のお手入れはしてるんですね。塩素でもう少し傷んでいるものかと」
「そこはさすがに。泳いだ日の夜はちゃんとしてる」
「あぁ……夜は、ですか。朝は適当にささっと済ませているわけですか」
「ほら、どうせ泳ぐし」
「それまでの7~8時間のことは無視ですか。日常生活の軸が完全に水泳になってますよ」
久我崎さんはさっきから私の後ろに立って髪を梳かしている。時折首元や肩に当たる彼女の手はまだ温かい。ちなみに、髪を梳かしてもらう前は顔に化粧水を塗りたくられた。
「やっぱり、こういうのもいろいろちゃんとしないといけないのかな」
「するに越したことはないですよ。やり過ぎや気にしすぎもいけないとは思いますが、朱鷺乃さんは無頓着なのでせめて人並みにお願いします」
「検討します……」
「まぁ、検討しただけで今日は良しとしましょう。はい。完了です」
たぶん見た目はそんなに変わってないと思う。自分の顔や姿を真正面から見ることが全然ないし、身長以外の容姿にこれまでそんなに興味がなかったから。誰かさんと会ったおかげで無駄に気にする機会が増えたけど。
それでもなんか”女の子してる”って気分にはなった。体中が勝手にこそばゆくなる。それに性別だけで括る表現は正直好きじゃない。でも、この気持ちは嫌じゃなかった。
いや……これくらいでそう思えてしまうのもどうなんだろう。
「嬉しそうにしてますね」
「ま、まさか」
「口元、ちょっと緩んでます」
鏡を見た私は慌てて左手で口を抑えた。
「誤魔化しが下手で、ブラフにも引っ掛かりやすい、と」
「このぉ……」
「でも、悪くはなかったですよね?」
「それは……悔しいけど認める」
心のどこかに隠れていた憧れみたいな小さな気持ちを、私がギリギリ見える位置に引っ張り出されてしまったから。たぶん隠しても嘘をついても気づかれてしまいそうなので、潔く本音を口にした。
「…………」
あれ?何もない。
ここで勝ち誇ったような顔でさらにからかわれると思ったのに。
「全く反応ないとこっちも困るんだけど」
「えっ!?あ、あぁ。そうですね。こちらも予想外だったもので……」
「あっ、そう……。人がせっかく素直に感謝してるのに」
「私、何もお礼を言われてませんよ」
「はいはい。ありがとうございました」
「ふふっ。雑ですね」
笑われて。むすっとして。でも、きっとお互いそこにマイナスな感情がないことはわかっている。
すっと心を許せるような。
短い言葉でも気持ちが伝わるような。
なにかに気づいてくれるような。
頼ってもいいと思えるような。
そんな大切な友達になれそうだと思ったから。
「あのさ。下の名前で呼んでもいい?」
ふと、もう少し歩み寄ってみたくなった。
「別に構いませんよ。深月さん」
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