新城高校での出会い

 新城高校は日曜日に行った鶴門の駅から南にしばらく歩いたところにある。須江高と同じく普通科の公立高校で校舎もまぁ普通。野球部は甲子園に何回か出場したことがあることで知られている。

 私たちは生徒が出入りする玄関とは別の校舎脇にある来客用の入り口に向かった。受付に座っている職員さんに学校名と用件を伝えると来校者と書かれたカードホルダーを手渡された。香原先輩から1枚受け取って首にかける。

 廊下の奥から吹奏楽部の演奏らしき金管楽器の音が聞こえる。


「こっちはこの前期末テスト終わったんだって」


 来客用のスリッパが山積みされた籠から先輩が2組取って私たちの足元に置いた。履いていた靴を空いている下駄箱に入れてスリッパに履き替えると、先に歩き出していた先輩が「こっちだよ」と指さした。私は小走りで先輩の後につく。

 

 長い廊下を進んで端っこのほうまで行くと、開けっ放しの扉から外の景色が見えた。そのまま扉を抜けて屋根と私の胸の高さまである敷居に囲まれた通路を通る。視界の左側にはグラウンドが広がっていて、陸上部やサッカー部が練習をしていた。

 二股に分かれた右の道を進むと1階建ての建物が現れた。頭上を見上げると白い壁とさらにその上をフェンスが囲んでいる。ばしゃばしゃと水を叩く音とそれに交じるいくつかの声。つまり、この建物の2階部分がプールになっているというわけだ。


「どうもー!須江側高校の香原でーす!!」


 両手を頬に添えて先輩がプールに向かって大声を出す。「はーい!今行くよー!」と返事が聞こえ、しっかり意思疎通ができたことを確認した先輩は胸ポケットからハンカチを出して額の汗を拭った。

 少しして目の前の扉が開いた。


「やっほー、蓮菜。暑いとこまたごめんねー」

「こっちこそ練習の邪魔しちゃって悪いね」

「なに、良いってことよ」


 ショートカットに猫みたいなパッと開いた大きな目。屈託のない笑顔と綺麗に揃った白い歯がキラキラと輝いている。その顔からふくらはぎまでは小麦色に焼けていて、真っ白なセーラー服から伸びる腕は程よく筋肉がついている。沖縄の海で元気に泳いでそうな南国少女の様相だ。


「こっちは後輩の深月ちゃん」

「1年の朱鷺乃深月です」

「私は3年で部長の芦尾あしお結衣ゆい。よろしくね!」

「よろしく、お願いします」


 ちょっとだけ気圧されてしまう。香原先輩と同じく明るい性格には変わりないけど、この人の場合は笑顔にパワーがある。まさに真夏の太陽みたいな感じで私みたいなタイプにはその輝きが眩しすぎる。


「それじゃ、こっちに来てくれる?」


 そう言うと、芦尾さんは私たちが来た方向、校舎側へと向かっていった。

 今日の目的は大会当日に使う校内の場所を案内してもらうことだ。

 まずは控室。当日は6つの高校が集まるわけだけど、プールサイドの広さは限られているからすべての学校の部員全員がずっとそこにいるわけにはいかない。それに一日中、炎天下に晒されてしまうので選手たちは適宜控室で休むのが推奨されている。荷物置き場としての役割もある。他には当日使用できるトイレの場所や選手の保護者やOB・OGといった来客用の休憩室の場所など。当日はドタバタしてしまうので事前に場所を確認しておくことになっていて、ほかの高校はもっと前に済ませていたけど、私たちはようやく今といったかたち。

 案内されるだけなら一人で良いのでは?と思った私に先輩は「私、忘れっぽいから覚えておいてね」と耳打ちした。


 ざっと案内してもらって再びプール前に戻ってきた。更衣室を見させてもらった後、階段を上がって2階部分のプールサイドへ私たちは案内された。

 6つのコースはうちのプールみたいに全然スカスカじゃなくて。絶え間なく人が泳ぎ続けている。

 プールサイドには体操服姿のマネージャーの女の子が二人。一人はストップウォッチを首から下げて声をかけている。もう一人はベンチに置いてあるウォータージャグから飲み物を注いで部員の子に手渡していた。

 忙しなく止む気配のない喧噪。中学に入った頃に水泳部の活動を見た時もここまでじゃなかったけど似たような感じだった。あの頃は人だらけで落ち着きがなくて苦手に思った光景を、私は少しうらやましいと感じていた。


「うちはこんな感じね」

「いやー!やっぱり人数が多いと壮観だねー」

「須江高は部員少ないんだっけ?」

「まだ5人だね。今年はもう厳しそうだから来年に期待かな」


 こんな風ににぎわう水泳部をまだ想像できなくて、それどころかすぐ目の前のことも不安なのに先輩はそういうのを気にする素振りは全然見せない。だからといって、先輩にどうこう言うわけにもいかず、楽しそうに話す部長二人を眺めていた。

 そういえば、二人が結構仲良さそうな間柄に見えたので一応確認してみたけれど、まだ会ったのは2回目。部長さんもそうだけど、先輩の距離感の近さは本当に不思議だ。むしろ、実はこっちが普通なのだろうか。まぁ、そういう意味では久我崎さんの距離の詰め方も変だったけど。



「あれ?部長、新入部員ですか?」


 私たちがやってきたことに気づいた男子部員が3人、こっちにやってきた。二人の部員の後ろに「お前も来いよ」といった感じで連れてこられた男子が一人。


「違うよ。須江川高校の水泳部の人たち。間違っても誘うなよー」

「なんだよ残念。もうウチの女子部員からは全員玉砕されたから、新しいチャンスだと思ったのに」

「夏休み前に可能性を潰してどうすんの。まぁ、あんたの場合は何したって無理だけどね」

「言えてるー」

「うっさいわ!」


 長身の男子二人と部長がそんな掛け合いをしていると、一人が「ん?須江川……」と反応した。


「なあ幸平!お前の彼女、たしか須江川高校って言ってなかった?」

「えっ……?あっ、はい。そ、そうですけど……」


 長身男子二人の一歩後ろにいた二人よりも背の低い男子が急に話を振られて反応する。この人は二人の後輩ってことかな。あれ?幸平って……最近、どこかで聞いたような。


『部活に入部した頃そういう話題になって、先輩たちに言わされるかたちで華江がそう言っていたから。この前、LINEで幸平に聞いたときもそう言ってたし』


 思い出したのは平井さんと話したときの一幕。


「ああああああああッ!!」


 私の素っ頓狂な声に新城高校の人たちも香原先輩も驚いていた。というか私も驚いた。いやはや何年振りの叫び声だろう。彼に至っては完全にビビって数歩下がってる。


「えっ……?一体、なに?」

「あ……その……大声出してすみません……。幸平さん、ですよね?」

「うん。石沢いしざわ幸平こうへいだけど……」

「つかぬことをお伺いしますが、彼女の名前は藤堂華江で合ってますか?」

「そ、そうだけど……」

「さ、左様ですか……!」


 私たちの奇妙なやり取りに周りの人たちは割って入ることもできず、ただ眺めている。おいおい、左様ってなんだ、私。

 それにしても、これは……なにかチャンスの予感。あっ、いや、たぶん直接的な関係はなさそうだけど、なにかおかしな3人の関係性がわかるはず。

 そうと決まれば、善は急げだ。


「ちょっと話があるんで来てくれますか?」


 そう言うやいなや相手の反応なんて気にせず、私は彼の右手をつかむ。


「へっ!?いや、俺、水着のままだし……」

「ほら、幸平。タオルっ!」


 バサッと大きなタオルを彼の頭に覆いかぶさる。


「よくわかんないけど、修羅場がんばれよ!」

「いや、絶対に違いますって!!」

「はい、そういうのじゃないんで。ただ……ある意味、修羅場かもしれないですけど。とりあえず、ここじゃ話せないことなんで」

「本当に一体なんなんだよ!?」


 芦尾さんを見ると親指をサムズアップして、香原先輩を見ると笑顔で「いってらっしゃい」と手を振っていた。二名の了承を得たところで私は石沢くんをプールの外へと連行していく。


「だから、なんなんだよおおおおお!?」


 青少年の声は水音にかき消され、ソフトクリームみたいな入道雲に吸い込まれていく。私はそんなの知ったことじゃないけど。

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