許せないからこそ
スポーツショップ近くのチェーンのハンバーガー店2階の4人席。私の隣に久我崎さん。そして、目の前には、
「平井理沙。あなたは?」
「3組の朱鷺乃深月。隣の子は6組の久我崎さん。同じ水泳部の」
平井さんの不機嫌さは先ほどから変わらず。先週のいざこざの時、私は特に平井さんとは言葉を交わしてないのだけれど、やはり水泳部で藤堂さんの友達ということで印象はマイナスからスタートしているみたい。
先週は部活の買い物で同じテニス部の子と来ていたけど、今日は自分の買い物に来ていたそうだ。「ここらへんに住んでるの?」とたずねたら、「なんで言わなきゃいけないの?」と返された。まずい。平井さん、苦手なタイプだ。
手持ち無沙汰か、それとも苛立っているのか、テーブルに肘をつき、指先でミディアムヘアの毛先を挟んで弄っている。
意図的に反らした目ははっきりと開いて、時折こっちを横目で覗く形になるんだけど、それがまた鋭くて怖い。印象は『藤堂さんと息が合いそうな人』だった。
しばらく私が黙っていると、脇腹に何かが当たる感触がした。ちらっと視線を右下に向けると、それが久我崎さんの指によるものだとわかった。私は『さっさと言え』という意味に受け取った。
「あのさ、平井さんは藤堂さんの件、どう思ってる?」
「それって、どういうこと?」
「藤堂さんがあんなことしたかどうか、ってこと」
「……どうもなにも動画があるし、本人も認めたんでしょ」
「私は藤堂さんはあんなことしてないって思ってる。だから、藤堂さんが無実だってことを証明したい」
私の真剣な表情を見た平井さんははっとした顔を少しだけ見せたけど、また不愉快そうな表情に戻る。
「少し一緒に部活をしたからって、大切な親友気取り?」
「さすがに親友といえるほど仲が良いとは思ってないけど、藤堂さは友達だよ。それに、真面目で他人思いで優しい人だと私は思う。話しかけて、話してもらって、それは伝わってきた」
「あっ、そう……」
「平井さんになら、その部分わかってもらえると思うんだけど……」
「どうだか……。華江のやつ、何考えてるかわかんないし、高校に入ってからずっと態度変だし」
「前とは違うの?」
「たまに私のことを気にしてる素振りを見せるの。こっちの顔色をうかがっている感じ。前はあれこれズバズバ私に言っていたのに、我慢しているように私には見える。それがむかつく」
「それって、たぶん平井さんが好きな人と藤堂さんが付き合っていたからじゃない?」
「「えっ……?」」
私の発言に平井さんは口を開けたまま固まった。声の出どころが二つあった気がして隣を向くと、久我崎さんも同じようにこっちを見て平井さんより口をあんぐりと開けて石像みたいに硬直している。……まぁ、そうなるよね。
「ねぇ!なんであんたがそのこと知ってるの!?」
ここがお店だということも忘れて、声を荒げる平井さん。あなたがあんたになっていることからも動転っぷりがうかがえる。
「えっと……私の知り合いから、その子の友達づてに聞きまして……」
「……あーいーつーらー」
平井さんが想像している人たちと空の友達が同じ人なのかは知らないけど、その人たちが明日無事であることを私は祈ることした。ごめんね。私のせいで。
「平井さんが好きな人って、藤堂さんと同じで中学からの友達の子なんだよね?」
「華江ともあいつとも小学校からの付き合い。高校はあいつだけ別になったけど」
「へぇ……長いんだね。今も会ってるの?」
「高校入ってからはまだ一度も会ってない。正直、中学の時だって華江とあいつが一緒にいるところを見るの辛かったから……ってなんでこんなことまで話さないといけないの!」
動揺してるせいか本音まで漏らしてくれたけど、ちょっと申し訳なくなる。久我崎さんが同意するように小さく頷いていた。
「じゃあ、藤堂さんとその人は今も付き合ってるんだ?」
「部活に入部した頃そういう話題になって、先輩たちに言わされるかたちで華江がそう言っていたから。この前、LINEで幸平に聞いたときもそう言ってたし」
ということは、藤堂さんは意図的にまだその人……幸平さんと付き合っていると嘘をついたわけだ。藤堂さんが私にだけ嘘をついた可能性のもあるけど、やっぱりあそこで私に嘘をつく理由が思いつかない。
じゃあ、平井さんに別れたことを隠し通さないといけない理由って何だろう?
「幸平さんは藤堂さんのあのことも知ってるの?」
「そんなの知らない。言っとくけど、いくら二人が付き合っているのがうらやましいからって、私がそれをダシにして別れさせるなんてせこい真似は絶対にしてないからね」
平井さんが焼けて小麦色になった手で飲みかけのジュースをつかんで、ずずずっとストローからその中身を口の中へ吸い込む。
「もし、言ってなかったら私が引っ叩いてやるけどね。多少の隠し事は仕方ないかもしれないけど、この話は別。私は華江が幸平の気持ちを裏切ったことが許せない。それを隠しているならもっと許せない。隠したい気持ちはわかるけど、それは最低なことだから」
彼女はもう一回ストローを吸い込んで、かららっと氷がぶつかる音がするまでカップの中身を全部飲み干した。ハンカチで小さな唇をそっと拭いて、スマホの画面を確認する。
「じゃ、用事あるから私はこれで。……あっ、そうだ。もうこっちからつっかかったりしないからさ。華江に言っといて。『本気でやらなかったらぶっ飛ばす』って」
「えっ?あぁ……はい。……あっ!あと、もう一つだけ。藤堂さんがホテルに入った日、平井さんも一緒に遊びに行ってたの?」
「うん。行ってたけど……」
「でも、平日で部活もあったはずだよね?」
「2年の先輩たちが新入生同士で親睦深めるためにも遊んできなよ、って言ってその日は部活が休みになったの」
「そうなんだ……」
そのまま、平井さんは下の階へと降りて行った。覗いた横顔は相変わらず笑顔とは程遠い表情だったけど、不機嫌というよりは何か真剣な面持ちだった。藤堂さんが無実だと思ってくれるようになったらいいな。
平井さんが見えなくなったのを確認すると、久我崎さんは席から立ちあがってさっきまで平井さんが座っていた席に座りなおす。
「平井さんがあやしいという可能性はなくなりましたね」
「あっ……うん。そうだね」
平井さんが実は関わっていて、藤堂さんが無実だとわかっていたうえで糾弾していたという可能性もちょっと考えていたけど、やっぱりそれは思い違いだった。平井さんに疑わないでほしいなんて思いながら、自分のほうは彼女を疑ってしまっていたのが申し訳なくて、そんな自分に凹んでしまいそうで……。
「ところで私から提案なんですが、これからもう一軒行きません?最近、有名な海外のドーナツ屋さんがこのあたりにオープンしたんです」
「これから……?もう夕方だけど」
「しんどい練習の後に聞きたくなかった恋話を聞かされて体も心も疲れきったんです。こんなファストフードのシェイクぐらいじゃ満たされないんですよ」
そう言うと久我崎さんは立ち上がって、ほらほらと私を手招きする。ウキウキした様子で太陽みたいな笑顔を振りまく。
「わかった。そこまで言うなら付き合う」
それが彼女なりの優しい気の遣い方なんだと気づいた私はありがたくそれを受け取ることにした。
「じゃあ、帰りはちょっと走って帰ろうかな」
「自分に厳しすぎませんか?摂った分のカロリーは来週の部活で消費すればいいじゃないですか」
「それはそうだけど……。でも、部活も月曜で休みになるけどね。期末テスト1週間前だから」
「えっ?あ、あぁ……そうでしたね」
「もしかして、勉強が心配なの?」
「そっちのほうは問題じゃないんです。やることは毎日やってますから」
「じゃあ、部活のほう?」
「えぇ……まぁ、そんなとこです」
「夏休みになったらたっぷり練習できるから。それに、未だにやってない朝のジョギングだって、ねぇ?」
「それは……今度こそちゃんとやりますので……」
珍しく歯切れの悪い返事ばかりで気になるけど、本当に不安だったら何か頼んできそうなので、今はそれ以上追及するのはやめておこう。
そう。テストがもうすぐということは、夏休みももうすぐだ。
でも、とてもじゃないけど、このままじゃちゃんと迎えられない。
なんとかしないと……!
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