素直になれない?久我崎さん

 今日、私たちが来ているスポーツセンターは鶴門つるかどという町にある。須江川高校がある坂井戸の隣駅にある町で、町を横断する広い国道沿いには大きな商業店舗、その脇道には地域の商店や住宅が並ぶ繁華街とベットタウンを足して2で割ったような場所。

 周りは会社より学校が多いけど、ゲーセンやカラオケのような娯楽施設もまばらで、特定の年齢層が多く集まるという感じでもない。”ちょうどいい”ともいえるし、”中途半端”ともいえる。まぁ、それでも私が暮らす町よりは栄えている。

 駅から10分圏内にスポーツセンターと大きな神社と、久我崎さん家の和菓子屋さん、部活用のジャージと水着を買ったスポーツショップがある。


「うーん……これは味気ないし、でも、この色はちょっと派手ですよね」


 そして、私と久我崎さんは先週に引き続き、そのスポーツショップに足を運んでいた。

 きっかけは私が何気なく放った「部活の時と同じ水着使ってるんだね」という言葉だった。

 プールに入る時しか使わないとはいえ、水着も立派な消耗品。何度も使って体に馴染ませるのもいいけれど、着る頻度は減らして服に与えるダメージも減らしたい。

 だから、私は小さい頃から大会用と練習用で競泳水着を分けていたし、さらにいえば練習用もスイミングスクールとスポーツセンターで泳ぐ用で分けて使っていた。今は部活用と部活以外の練習用の2着。それと予備で1枚。この前、大会用の学校名が入ったものも買ったので4着になる予定。ちなみに、学校指定のスクール水着はこれに含まれず、レジャー用の水着は持っていない。ここ数年買わないといけない事態が発生しなかったもので。

 それはおいといて、「じゃあ、私ももう一着買います」と練習でへばっていたはずの久我崎さんが息を吹き返して今に至る。がんばりすぎて本格的に水泳に目覚めはじめたのかな。


「そういえば、藤堂さんに助けてもらった、って言ってましたけど、何があったんですか?」


 あれこれ水着に手を伸ばしながら、久我崎さんがそんなことを聞いてきた。


「私がプールで溺れて、やっぱり水泳部入るのは止めようと思ったとき、私を……たぶん引き止めてようとしてくれたんだ」

「たぶん?」

「声かけられたんだけど、『ハッキリしろ』『何がしたいんだ』って叱られたから、どちらかといえば説教に近かったかな」

「でも、それがきっかけで、ということですか?」

「うん。そんなところ」


 それを聞いた久我崎さんの表情は何か不満のあるよう感じだった。


「やっぱり、気になる。久我崎さんが藤堂さんを嫌っている理由」

「いや、だから、嫌っているわけじゃなくて……。その……なんというか……」

「4日連続のジョギングサボり」

「うっ……」

「休みの日に練習を付き合ってあげて、おまけに買い物まで付き合ってあげて」

「ぐっ……」

「たしかに久我崎さんのおかげで気持ちは切り替えられたけど、それだけじゃ、ちょーっと釣り合わないかなぁ」

「はいはい、わかりました。ちゃんと言いますから!……別にたいした話じゃないですからね」


 私がにっこりと頷くと、さらに不満度が増して少し頬が膨れた久我崎さんは取っていた水着をそっと戻し、観念したように息を吐いた。


「私は他人と群れるのが嫌で中学は一人でいることがほとんどでした。そして、高校もそのつもりだったんです。入学当初は頻繁に誰かしら寄ってきましたが、ウザいのでかたっぱしから突っぱねていきました。2週間くらいしたら『何あいつ?』みたいな目で見られるようになりました」


 見事なまでに私と同じ。高校は最初から空気と化して気配を消していたので自動的に一人になっけど。


「でも、学校生活は一人じゃ済ませられない部分が出てきます。よくある『二人組になって』から始まり、複数人のグループを作ることもあります。それに、一人でいすぎると何かの標的にされることだってあります。別に私は困ってなかったんですよ。それなのにあの人は……、あの人はわざわざこっちにやってきて私と組もうとするんですよ」

「……そこって怒るポイントなの?」

「あったりまえじゃないですか。あの人、入学当時はちょっと寡黙なクールキャラっぽくて、なんだかんだクラス内の輪の恥のほうにしれっといるんですよ。だから、それとなく私の様子を見て、表情を変えずに、しつこすぎない絶妙な頻度で私をあぶれさせないように努めてくるんですよ。もう私のプライドがズタボロですよ」

「それは久我崎さんがひねくれているだけじゃない?」


 つまり、想像以上に藤堂さんが優しかったので反応に困って、癪に障ったってことかな。素直になれないメーターが振り切れてあまのじゃくになってしまった、みたいな。

 そこで、ぐりっ、と久我崎さんが両手を強く握る。白く細い両腕が少しだけ膨らんで、。


「それなのにあんな動画が広まって、停学くらって、クラスで浮いて嫌われて。誰も助けてあげないんですよ。フォローもしてあげないんですよ。おかしくないですか?寄ってたかって陰口叩いて、つまんない噂をバラまいて。あいつら、コソコソ笑ってるんですよ」

「ひどいね……」

「……でも、結局のところ、私は何も言えなかったんです。あいつらにも。藤堂さんんにも。思うことはたくさんありました。でも、それを口にしようとすると、喉の奥がきゅっと閉じるんです。何も言うな、何もするな、って。弱い私が必死に押しとどめて、もっと弱い私はそれに抗えなかったんです」


 すぅ、はぁ、と私にもわかるくらい大きな呼吸をしながら、久我崎さんは言葉を絞り出す。

 あの両手の中は見えないけれど、きっと爪が食い込んでいて痛そうだなって思った。だから、


「私もさ。たくさんを相手にするのは無理。でも、一人か二人ずつなら闘えるかもしれないから、できる範囲でやってみようと思うんだ」


 その両手をそっと解いて、柔らかい掌に私の小さな手を合わせた。それでどうなるわけでもないけど、少しでも痛くて嫌な気持ちを紛らわせてあげたかった。


「だから、久我崎さんもどうかな?」


 一歩、進んであげさせたいと思った。


「嫌です」

「……え?」

「よくよく考えたら、やっぱり私、藤堂さんが気に入らないんですよね。こっちがちょっとそっぽ向いたら、いつの間にか喧嘩売ってくるようになったんですよ。だいたい、あの容姿も腹立つんですよね。私より身長あるし、顔も良いし、髪だってサラサラで一つに結んでても全然跡とかついてないし。中間テストの成績は私より良くて、運動もセンス抜群で。テニスも水泳もレベル高いってなんですか。夏服になった時や体育の時の男子の視線が私と半々くらいなのも許せません」

「うん、わかった。こっちは私が頑張ってみるから、久我崎さんは自分の練習頑張って」


 思わずドン引きしたくなるほど私怨だらけの反論を受けて、私の説得は開始早々に打ち砕けた。というより、説得する気も失せてしまった。藤堂さんの接する態度が変わったのは久我崎さんのその感情のせいだと思うけど、面倒なので口には出さなかった。まぁ、二人は馬が合わなかったということで。女心……じゃなくて、久我崎さん心はちょっと理解が難しい。

 それと、どうやら久我崎さんは想像以上に闇が深そうだ。私ごときでは修復不可能なほどに。


「まぁ、助けるつもりも手伝うつもりもないですけど、朱鷺乃さんが困ったときに隣にいるくらいはしてあげてもいいですよ」

「あー、うん。頼りにしてるね」


 私は今日イチの腑抜けた声で返事をした。



―――――



「朱鷺乃さん。どれが良いと思います?」


 ひとしきり話終えたところで、湿っぽい感じはここまで、という共通認識もはたらいて、再び久我崎さんは水着選びに夢中になっていた。小さいころ、お母さんと一緒に水着を選びに行ったのを思い出す。洋服は無頓着でお母さんにいつも選んでもらっていたけど、水着だけは絶対に自分で決めると駄々をこねていた。やたらと時間がかかってお母さんが苦笑いを浮かべていたのも覚えている。


「素材や機能性で選ぶなら、これか、それかこれあたりかな」

「柄が地味じゃありませんか?」

「そういうのを基準に選んでもいいけど、どうせ着ている間は水の中だよ。普通の水着と違って誰かに魅せるものでもないし」

「これだから素人は……」

「いや、これに関しては久我崎さんよりベテランだから」

「じゃあ、カッコいいデザインなのでこれにします♪」

「ねぇ、どうして私に聞いたの?」


 私の意見は全く参考にされずに選ばれたえある2着目の競泳水着を持って久我崎さんがレジに向かう。私もコーナーにずらりと並んだ水着を手に取って眺めつつそっちへ向かっていると、


「きゃっ!?」

「わわっ!?」


 水着コーナーから出たところで、右側の通路から出てきた人とぶつかりそうになってしまった。


「すみません……」

「こちらこそ……」


 即座に足を止めたので衝突はうまく免れた。条件反射で頭を下げ、相手の声色から女性だとわかって頭を上げると、


「「あっ……」」


 互いに面識のある人物だったので、声がハモってしまう。

 そこにいたのは、テニス部で藤堂さんの友達(今はどうなのかわからないけど)の、理沙と呼ばれていた子だった。

 先週の一件があったせいでなんとなく気まずくなった私たちは、視線を反らして何も言わずに別れそうになる……のはダメだと思って、


「あのっ!ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 思い切って声をかけてみた。


「えぇ……何?いきなり」

「藤堂さんのことで、ね?」

「なんで、あの子についてあなたと話さないといけないわけ?」


 面倒くさそうな顔をされている。声から不快感が伝わってくる。

 ええい。たじろぐな私。


 私はちょうど会計を済ませて、こちらに気づいた久我崎さんに視線を合わせる。表情と目力で「こっち来て」と訴えた。大丈夫。久我崎さんならきっとわかってくれるはず。

 久我崎さんは視線を私から、私の前に立っている人物にずらして、また私に戻した。そこで、だいたい察してくれたらしく、あの子より面倒くさそうな顔を向けていた。

 ごめん。久我崎さん。早速頼りになります!

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