エセ後輩探偵の報告

 翌日の昼休み。


「あーいーつーめー……」

「ストレス溜まってきてますね~。ささっ、まずは冷たい飲み物でもどうぞ」

「ありがと……。んくっ……あっ、これおいしい……」

「よかった。父が海外出張のお土産に買ってきてくれた茶葉なんですよ。ちょうど、朱鷺乃パイセンも来るという話だったので、せっかくだし準備してきました」

「で、本音は?」

「父は変わった味のやつも普通に買ってくる遊び心満載な人なので、藤堂先輩に飲んでもらう前に今回はハズレじゃないかどうか試しておきたくて」

「空は素直な子だね」

「両親にもよく言われます」


 昨日あれこれ言われた結果のモヤモヤが続いたまま帰宅した私のスマホに、『明日、お昼に話があります』と空からの連絡が届いた。

 ちなみに、ストレスが溜まっているのは久我崎さんのせい。今朝も約1時間かけっぱなしで、第一声はちょっと怒っている感じで「昨日誰かさんにしごかれたせいで疲れが溜まっていまして」だった。いや、まぁ、あの時は香原先輩とのやり取りで苛立っていてちょっとやりすぎたかな……とは思っているけどね。それでも、頑張ってほしいんだよ。コーチとしては。


「ところで、どれくらいわかったの?」

「それはもういろいろと」

「それは楽しみ。じゃあ、大塚空探偵事務所の実力を見せてもらうよ」


 気持ちも切り替えて、今日の本題。空には藤堂さんの件に関することを調べてもらっていたのでその報告結果だ。


「6組の藤堂華江の不順異性交遊問題の大筋は知っているという前提で進めていいですか?」


 私はうんと頷く。藤堂さんとテニス部の人たちが繁華街で遊んだ日の夕方、藤堂さんだけ別れた。そして、夜に藤堂さんが男の人とホテルに入った動画がSNSにアップ。一部の生徒がその存在を知ってしまい、学校にも知られることになってしまった。


「友達がスマホに保存していたので、ボクも問題になった動画を見たんですよ。あれに映っている人は藤堂さんに見えなくもないって感じですね。言われたらそうだと思うし、言われなかったらピンと来ないかも」

「そんな微妙なとこなんだ……。あっ、ねぇ一つ思ったんだけどさ。なんでホテルに入った日が藤堂さんたちが遊びに行っていた日だってわかったの?スマホで撮ったのなら撮影日なんてわからないよね」

「いいところに気づきましたね。同じ日だという証拠、実は無いんです」

「無いの!?じゃあ、なんで同じ日だって判断されたの?」

「動画が投稿されたとき、一緒に『さっき見たんだけど』という文が書かれていたからです。藤堂さんの名前と学校やクラスも併せて書かれていました。動画はその遊びに行った日に投稿されてます」

「でも、それだけじゃ信用できないでしょ」

「警察でも推理ドラマでもないんでそこまで深く考えなかった……と言いたいところですけど、当初、藤堂さんはその日の夕方、他の人たちと別れた後のことを喋らなかったんです。で、その翌日に自分はその人と入ったって話したそうですよ。遊びに行った日は家に帰るのも遅かったって紅葉先輩も話してました。ただ、どこに行っていたかは言ってくれなかったそうです」


 藤堂さんはその日、学校にも家族にも内緒にしていたことがあったということだ。しかも、それは話したら問題になってしまうような内容ってことになる。


「まず問題自体の話についてはここまでです」

「でも、その話の基って学校と藤堂さんの会話だよね。なんで聞けたの?」

「彼女と遊びに行っていたテニス部の子も一緒の席にいて聞いていたんですよ。校長先生からは『誰にも言わないように』って言われていたので、その子からは他の誰にも言わないでねって念押しされてます」

「人の口の軽さなんてそんなもんだよね……」


 空はコップの中身を少し口に運んで、ふぅと一息つく。 


「それで、次は藤堂さんとその周りのことについて。彼女はもともとテニス部に入っていたのは知ってると思いますが、中学の頃もテニス部だったんです。それもダブルスで関東大会の出場経験もある実力者で」

「それは私も聞いた。全国大会も後少しだったって」

「だから、高校でも入部当初から夏の大会のレギュラーは確定だって言われていたそうです」

「当然そうなるよね」

「……たくさんいる先輩を差し置いて」


 レギュラーになる話までは久我崎さんからも聞いていたけど、あぁ……これはきな臭くなってきたなぁ。


「ボクが話を聞いた子、藤堂さんと同じ中学の子なんですけど、テニス部の2年生にその子の中学時代のテニス部の先輩が二人いるんですよ。しかも、その二人は中学三年の大会のとき、一つ下の藤堂さんたちがレギュラーに入ったことで、レギュラー枠から外されたんです」

「じゃあ、その二人が藤堂さんを恨んで……とか?」

「推理ドラマならお約束といってもいい展開です。これも証拠は無いですけど」

「他にあやしい人は?」

「パイセンもお決まりのセリフどうもです。乗ってきましたね」

「茶化さない」


 少しトーンを落として言う。その意味をすぐに空も理解してくれたみたいで、緩んだ口元を少し引き締める。

 私たちがしていることはただの推理ごっこだ。だけど、それで終わらせるつもりはない。ということはこれがきっかけで誰かが傷ついてしまう可能性がある。面白半分とか興味本位なんてふざけた言葉で飾るようなことはあってはいけない。


「藤堂さんは中学から付き合ってる男子がいるんです。話によるとその人とは小学校から仲が良かったみたいで」

「それ、嘘だよ。私、藤堂さんから聞いた。中学で付き合っていた男子がいたけど、卒業前に別れたって」

「あれっ、そうなんですか?でも、付き合っているって話したの藤堂さんだって言ってましたよ」


 どういうこと?あの時、わざわざ私に嘘を話したとは思えないし……。付き合っているのが嘘だとしたら、なんでそんなことを言ったんだろう。


「うーん……。ええと、今は話の真偽は置いておきましょう。藤堂さんのダブルスの相手は同じく藤堂さんの小学校からの友達なんですけど、その人は藤堂さんの彼氏のことが好きだったそうですよ」

「三角関係ってこと?」

「はい。でも、藤堂さんと付き合った後も三人の関係は良かったって聞きました」

「そういうのってだいたい複雑な感じになるよね。私は経験したことないけど」

「ボクも漫画やドラマの受け売りしかないですけど、そうなりそうですよね」

 

 その友達が学校の廊下やこの前のスポーツショップで藤堂さんに突っかかっていた理沙って子か。


「それがもう一人のあやしい人候補?」

「そうですね。藤堂さんたちが放課後あの繁華街へ遊びに行くことになったのは彼女が誘ったからだそうです」

「はぁ……。空、これだいぶややこしくない?」

「そんな感じですね。とりあえず、ボクが提供できる情報は以上です。後はがんばってください。朱鷺乃刑事」

「トレーナーの次は刑事かぁ……」

「とはいえ、藤堂先輩の妹さんのことなんで、言ってもらえればまた協力しますよ」

「ううん。一旦ここまでで大丈夫。私もなんかいろんな人に頼ってばかりだし、少しは自分も動かないと」

「……朱鷺乃さんは良い人ですね」


 ぱぁっと咲いた花のように思わず視線を向けたくなる笑顔。あぁ、でもその例え方は空にはちょっと失礼か。太陽みたいな、に訂正しておこう。


「なんか。空にそれを言われると鳥肌立ちそう」

「それは失礼がすぎますよ。でも、藤堂先輩ともし出会わなかったら、ボクは朱鷺乃パイセンに告白していたかもしれませんね」

「残念。身長が私より最低でも10cmくらいは高くて大人っぽさがあって、同級生なのに人のこと先輩なんて呼んでこない人がタイプなんだよね」


 本当は好きな異性のタイプなんてわかんないから適当だけど。

 少なくとも今は恋や愛にうつつを抜かしているときじゃない。


「本当に、朱鷺乃さんは良い人ですね」


 花のような……じゃなくて、太陽のようなキラキラの笑顔は珍しく私のことをしばらく見つめていた。飲み干したお茶は少し甘い味がした。

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