頼みごと
「こんにちはー……って空だけか。残念」
「今日も開幕からあの青空みたいに冴えたディスをありがとうございます」
「先輩は生徒会?」
「ですね。一昨日はこっちにも顔出してましたけど。まだ、しばらくはやることが多いんじゃないかと」
今日は水泳部の前に民族学同好会のほうにやってきた。籐堂先輩にいろいろ聞くためだ。籐堂さんのこと、水泳部の視察のこと、香原先輩と副会長のこと。ここ数日で気になる話題があれこれ増えて、さすがに扱いに困ってきた。
とはいえ、本人に聞けば話は早い。だから、香原先輩にも件の話を振ってみたのだけれど、「あの子とは前にいろいろあってねー。大丈夫。水泳部は私がちゃんと守るから」と妙にかっこいい風なことだけ言って「ごめん。これからバイトだから」と逃げられてしまった。
さて、籐堂先輩もダメとなると、次なる手は……。
「空って、友達多いよね?」
「朱鷺乃パイセンよりは」
しっかり煽ってくるけど、本当のことだから仕方ない。というより、空はわりと人気者だ。前に空のクラスを横切ったとき、5~6人の輪の中心で楽しそうに話しているを何度も見た。部室でこうやって私や先輩と少人数でこじんまりやっているのが不思議なくらい。
「ちょっと調べてほしいことがあるんだけど……」
「何をですか?」
「いろいろと。空の友達って運動部の子も多いの?」
「陸上部、テニス部、バスケ部、バレー部とかですかね」
「さすが。十分なラインナップ」
「いや、クラスに友人がいれば普通こんなもんだと思いますよ」
「い・な・い・の」
「朱鷺乃パイセンの場合、『つくらない』が正しい気がしますけど……。その割には水泳部の方々とは仲良さそうじゃないですか。たまに一緒に帰っているとこ見ますよ」
「似てる気がしたから」
「似てる?」
「友達が少なそうなとことか、さ。だから、一緒にいて落ち着くのかも」
「あー、そうですか……」
「うわぁ……かわいそうな人を見る目だ、それ」
「本当にそう思ってますからねー」
「そうかもしれないけど……」
言い返す言葉が見つからなくて、黙ってしまう。私を見る空の目の色は何も変わっていないはずなのに、糾弾されているようなバツの悪さを感じてしまう。
「それはさておいて。欲しい情報を提示していただければ、しっかりと調査はしておきます。その代わり、大塚空探偵事務所の依頼料はお高いですよ」
「どんな報酬をお望みで?」
「籐堂先輩と一夜を共にしたいなぁ……」
「頬杖をついて余命いくばくも無い病人が最後の願いをつぶやくように言っても、気持ち悪いものは気持ち悪いからね」
つまり、お泊り会を開催しろ、と。
「ちなみに、それは私が誘わないとダメなの?」
「だって……デートの誘いなんて、恥ずかしいじゃないですか……」
「急に恋する乙女になるな!」
お泊り会の時点である意味デートをすっ飛ばしているわけなんだけど……。もうそのあたりを突っ込むのはやめよう。
「じゃあ、夏休みのどこかでセッティングしとく」
「やった!」
そこまで自分を盛り上げられるのが少しうらやましい。ただ、私にはその要因になっているものを持ち合わせていない。たぶん、生まれてきてこれまで一度も持ったこともないと思う。『恋心』なんていうよくわからないカタチをしたものなんて。
「ねぇ、空」
「なんですか?」
「恋って、楽しい?」
「どうですかね。ボクはどちらかというと、楽しいよりは辛いときのほうが多いですね」
「辛いのに、するものなの?」
「辛いとわかっているけど、勝手にしてしまうもんなんです」
「なんか……厄介で面倒だね」
「厄介で面倒なものなんです。だから、そう簡単に抜け出せなくて困っちゃうんですよ」
「ふーん……」
そう話す空の表情は困っているとは程遠く、後ろの窓に広がる空みたいに澄み切っていた。
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