不自然な過去と不機嫌な子

 籐堂さんは入学してすぐにテニス部に入部した。テニスがうまくて中学の時も全国大会までもう少しというところまで進むくらいの実力だった彼女は、入部してすぐテニス部のレギュラーに入り、1年目の大会にも出場が決まった。理沙という子は籐堂さんの小学校からの友達でテニス部の仲間でダブルスのペアでもあった。二人の仲は良く、また、彼女はぶっきらぼうなとこがあって人付き合いが苦手な籐堂さんとほかの子たちを仲を取り持っていたという。


 だけど、5月に事件は起きた。

 籐堂さんが援助交際をしたという話が突然学校に広まった。

 学校から数駅離れた繁華街のラブホテルからウチの高校の制服を着た女子生徒が男性と出ていく姿が映った動画がSNSにアップされ、それを見たウチの生徒たちが話を広めていった。動画の女子生徒は撮影されたのが夜だったから少し見づらいけれど、籐堂さんだったという。その日、籐堂さんはテニス部の子たちと放課後にその繁華街へ遊びに行っていて、日が暮れる頃に籐堂さんだけ別れていた。

 出揃った証拠と証言、籐堂さん自身がその事を否定しなかったことにより、学校側は籐堂さんを1ヶ月の停学処分にした。



「そんなことが起きていたんだ……」

「一年生でこの話を知らないなんて、朱鷺乃さんって本当にウチの高校の生徒なんですか?」

「単にそういう話に興味が無いだけ。勝手に他人のことをあれこれ言うの好きじゃないし」

「それは私だって大嫌いですよ。それはそれとして、他のクラスにも噂は広まってたはずですけどね……」


 いつも休み時間は机に突っ伏していたか、ぼーっと外を眺めていたし、放課後はさっさと図書準備室に駆け込んでいたから、クラスメイトの噂話なんて耳にもしなかった。それこそ、そんな話を聞いたのは籐堂さんとあの理沙って子が口論していたあの日がはじめてだった。


「まぁ、朱鷺乃さんの『他人と群れない孤独な私かっこいい』自慢は置いとておくとして……」

「そんなこと全然自慢していないから」

「今話したのが私と部長が真剣に勝負服を選んでいる最中にそっちで起きていた一悶着の理由です」


 つらつらと説明してくれた久我崎さんはストローを啜る。半透明の細い管が下から真っ黒に染まっていく。たしか頼んだのはアイスコーヒーだったっけ。


 私と久我崎さんは店の近くのファストフード店に寄っていた。

 スポーツショップでの買い物も無事に終わり、水着とジャージは学校名を刺繍してもらって、後日完成したものを受け取るだけなので今日のところは解散となったのだけれど、店を出ようとしたところで久我崎さんに引き止められた。

 どうやら香原先輩と久我崎さんもこっちで何かあったことは気づいていたみたいで、その時のことを話すと久我崎さんは大きくため息をついてから、自分が知っている籐堂さんの話をしてくれた。


「私は籐堂さんがそんなことする人には思えないよ」

「私たちがどう思ったところで本人が否定しない以上それは本当にあったことになるんです。今回は証拠まであるから疑いようのないまでに」

「でも、そういう言い方するってことは、久我崎さんもやってないと思ってるんだ」

「私にはあの無愛想で人付き合いが苦手な人が自分から近づいて見知らぬ男とヤるなんてちょっと想像できないですね。彼氏がいるっていうのも疑いたくなるくらいです」

「えっ?籐堂さん、今付き合っている人いるの?

「どうやらいるらしいですよ。小さい頃からの付き合いの男友達で、しかも、昔はその理沙という子も含めて三人仲が良かったみたいです。だから、籐堂さんがその彼氏を裏切った行動をしたことを彼女も許せないらしく、停学が明けた今でも二人の仲は険悪……という状況です」


 あれ?それはおかしくない?

 たしかに籐堂さんは男友達だった人と付き合っていた。それは本人も言っていたから間違いない。だけど、その人は本当は籐堂さんと面影が少し似ている姉の籐堂先輩のことが好きで、それを聞かされた籐堂さんは中学卒業前に別れたって……。それなのに、二人は高校になってからも付き合っているって一体どういうことなんだろう。


「籐堂さんが付き合っている話って、その理沙さんが言っていたの?」

「厳密には他のクラスの子が話していたのを聞いたですけど、出所はそうでしょうね。あの人が自分からそんな話をするとは思えないですから」

「だよ、ね……。そうだ。籐堂さんの彼氏も須江高に通ってるの?」

「別の高校ですね。同じ高校だったら今頃もっと面倒なことになってますよ」


 籐堂さんがあの時わざわざ昔話にウソを混ぜ込んだ?

 いや、そう考えるより理沙さんが籐堂さんの心象を悪くするためにウソの話をみんなに流したほうが納得がいく……けど、そうしたらどうして籐堂さんはそれを否定しなかったんだろう。それに、もし心象を悪くさせるんだとしても援助交際をしたことだけでもう十分すぎるほど籐堂さんの心象は最悪だ。わざわざその話を理沙さんが付け加える必要がない。

 うーん……考えてもわかんないなぁ。


「あのー、朱鷺乃さん?もしかして、あの子のこと、どうにかしてあげたいとか考えてます?」

「ほら、籐堂さん……私たちの部活仲間だし、さ」


 友達という言葉が口から出なかったのは、あの時何も言い出せなかったから。

 でも、もし困っていることがあるなら、なんとかしてあげたい。きっと籐堂さん自身もそれを心の底から望んでいないわけじゃないと思う。何も関わらないで欲しいと思うなら、押切さんにお礼は言わなかったはずだから。あくまで私の勝手な憶測だけど。


「……私はやめておいたほうが良いと思いますけどね」

「えっ?」


 久我崎さんから出た言葉はある意味予想内で、ちょっと予想外なものだった。嫌々ながらもやってくれるかな、となんとなく思っていたから。この部活の人たちはわりと面倒見が良い人が多いから。証人は私自身。


「助けるとか、力になるなんてことは気軽にすべきじゃないんですよ。それこそ、『絶対に救うことができる』という確信と本気さが無い限りは。でないと、何かあった時にどちらもひどく後悔することになります」


 久我崎さんが言っていることは大げさな気もするけど間違ってはいない。今回のことはもし誤った行動をしてしまえば、籐堂さんや理沙さんを傷つけることになってしまうかもしれない。それくらい繊細な内容だ。なにより、籐堂さんはあの後、私や押切さんに何の事情も話してくれなかった。援助交際の話を私たちが知っていると思って話さなかったということもあるかもしれないけど、あれはちょっと変だ。

 そっとしておくのが良いのかもしれない。当事者の周りが余計に盛り上げて、余計に本人を傷つける。こういうことでよくある典型的な展開。それは私だってわかってる。


「でもさ。やらない後悔より、やって後悔したほうが良いってよく言うよね」

「たしかにそうは言いますけど……」

「それに、籐堂さんは力になってあげるやり方さえ間違えなければ、きっと嫌がらない」


 あの時、押切さんにお礼を言ったのも、あの日、私に自分のことを話してくれたのも、籐堂さんが私たちに心を少しでも開いてくれていたからだと思う。普段は全然喋らないし、ちょっとだけ怖いけれど、私たちを他人以上の何かだと思ってくれているから。

 なにより、水泳部から逃げようとした私を、心の底では助けて欲しいのにそれをいえなかった私に声をかけたお節介な籐堂さんだ。だったら、自分が同じことをされる覚悟くらいできてるはず。


「私はそんなに手伝いませんからね。やるなら朱鷺乃さんたちでやってください」

「そこは『仕方ないですね。私も力を貸します』ってくると思ったのに。まぁ、そうくるのは予想してたけど」


 本音としてはすんなりOKしてほしかったけど。


「わかっているなら他を当たってください」

「拒否する理由は籐堂さんのことがそんなに好きじゃないから?」

「……わざわざ聞かないでください」

「そういえば、どうして籐堂さんと仲が悪いの?」

「それは……まぁ……なんといいますか……」


 あれ?急に歯切れが悪くなった。


「とにかく!私は手伝わないので、朱鷺乃さんたちで勝手にやっててください」


 ずずず、とわざと大きく音をたててアイスコーヒーを啜っていく。

 そこまで強情な反応をされたら二人に何があったのかさらに気になってしまうけど、それも籐堂さんのほうをなんとかしてからだ。

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