不穏な二人

 週末。

 私たちが香原先輩に連れられてやってきたのは、学校から一駅離れた街にある大きなスポーツ用品店。

 今日の目的は部活で使う競泳水着とジャージの購入。


「どれがいいかな?」

「このデザインなんて良いと思いますよ」


 今回はどちらもみんなで揃えようということになっている。この前の大会でもほとんどの高校が水着やジャージを揃えていた。他の運動部しかり、水泳部もそのあたりは同じ。チーム感をわかりやすく出すための方法だ。

 水着は突き詰めていけばメーカーによって性能の違いは当然あるけど、高校の部活でやるレベルだったら、そんなに気にするものでもない。むしろ、泳ぎ方やフォーム、それに体型とか基本的な体の部分を改善していくほうが良い。

 そういうわけで、ここはビジュアルを優先しようという年頃の女の子らしい方針で水着を決めることになった。私はそのあたりは専門外なので、先輩と久我崎さんに任せている。


 早々に手持ち無沙汰になった私は押切さんと適当に水着やゴーグル、そのほか水泳用のスポーツグッズが並んでいるコーナーを眺めている。押切さんはあれこれ手にとっては興味ありげに見つめている。

 そういえば、籐堂さんはどこだろう……。

 辺りを見回すと、私たちとは少し離れたところに一人立っていた。何かを見ているみたいで視線を追うと、その先にあったのは色とりどりのテニスラケットが並んだ商品棚。籐堂さんはただじっとラケットを見つめていた。


「……なんで、あんたがここにいるの?」


 棘が込められた言葉がどこかから聞こえてきた。

 その声の主はテニスラケットのあるコーナーの近くにいた女の子。3人組の一人が射殺すような瞳を籐堂さんに向けていた。

 私はこの光景を前に見ていた。そう、はじめて籐堂さんを見た日と同じ。あの女の子はあの日、学校の廊下で籐堂さんと口論をしていたウチの学校の子だ。


「いたら悪い?」

「別に。ただ、せっかく夏の練習に向けて買い物に来たのに気分下がったなぁって思っただけ」

「ふぅん。そう」

「あーあ。目の前からいなくなってくれたいいのに」


 目の前で暴言を吐かれても籐堂さんは変わらずに女の子のほうを見続けている。

 さすがに言い方がひどいと思ったけど、ここで口を出してヘタに巻き込まれると事情を飲み込めてない私では事態を良くは出来ない気がする。籐堂さんには悪いけどここは黙っておこう。籐堂さん、メンタルも強そうだし。たぶん大丈夫。


「あの……!良くないと思います。そういうこと……言うの」


 押切さんの必死そうな声が二人の間に割って入った。


「いきなり何?っていうか、あんた誰?」

「籐堂さんの、友達です。その……お二人の間に何があったかは知りませんが、言い方がひどすぎると……」

「私とあの子のこと、あんたには関係ないでしょ。それに、言いたいことがあるならちゃんとこっち見て言いなさいよ。ずっと下向いて……何?ビビってるの?」

「あの……それは、その……」


 押切さんが振り絞った勇気が空気の抜けた風船みたいに急速にしぼんでいく。これはまずい……けど、私がここで「まぁまぁ落ち着いて」なんて口を挟んでもただ飛び火を喰らって事故るだけだ。私より口が立ちそうな二人は今も向こうでジャージを選んでいて、こっちの様子には気づいていない。

 押切さんはまさに蛇に睨まれた蛙な状態で、顔も体も微動だにできない。小さく震える唇からは「ご……」と小さな声が漏れる。きっと謝ろうとしているんだ。余計な口を出してごめんなさい。そう謝って引き下がれば少なくとも押切さんはこれ以上巻き込まれない。彼女から多少口悪く言われるだろうけど、それで終わり。うまくいけば、あの子も「もういいや」なんて言って籐堂さんに絡むのをやめてくれるかもしれない。

 だから、私はこのまま事態を見守ることにした。ちくりと細く小さな針が体を突いてくるけれど、仕方ないんだと払いのけながら。


「こっちも部活で買い物に来てるだけなんだけど。そっちと同じ。なんか文句ある?」

「へぇー、この前テニス部辞めたと思ったら、もう新しいとこ見つけたんだ。なに?そっちでも迷惑かけるつもり?」

「あれはもう終わった。謝ったし、処分も受けたし、ケジメもつけた。いつまでもウジウジと言われてもね。『はぁ、そうですか』って話」

「はぁ!?あんた、どの口でそんなこと……」


 籐堂さんが反論をはじめたので、相手の子がヒートアップしそうになる。

 でも、そこで横にいた連れのテニス部の子が「理沙、もう行こう」と彼女の肩を叩いてをなだめた。

 籐堂さんと言い合っていた理沙って子は籐堂さんをもう一度睨みつけると、一緒にいた二人とどこかへ行ってしまった。


「は……はは……はぁ~……」


 緊張の糸が切れたのか、押切さんが腰を落として膝に手をついた。上半身を支えるその両手も少し震えているのがわかる。近づいて「大丈夫?」とか「すごいね」なんて声をかけたほうが良い……のだろうけど、私にはその資格がないのはわかっている。


「ありがと」


 変わらず冷静なままの籐堂さんが押切さんに近づいてそう言うと、強張っていた押切さんの表情に少しだけ笑顔の色が浮かぶ。気がつけば、私はその光景から目を背けていた。

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