暗い夜空を月が照らす ②
大会から2週間が経ったある日。学校から家へと向かう電車の中。隣には文庫本を開いて読みふけっている白羽先輩。この人はみんなと移動している時でも友達の家に遊んでいる時でも暇さえあれば、すぐに本を読み始める。だけど、絵になりそうな横顔は崩してしまうのがもったいなく見えるからか、それとも単に変わり者だと思われているのか、誰も声をかけて止めようとしない。
「ねぇ、ふーちゃん」
まぁ、私にはそんなこと関係ないけど。
「ん?どうしたの、せっちゃん」
いつもと全然違う呼び方に、先輩はいつもと違う呼び方で返す。
小学生に成り立ての頃はお互いにあだ名で呼んでいた。別に今でも呼ぼうと思えば出来るけど、人前では恥ずかしいから滅多に呼ばない。
そして、私が白羽先輩をあだ名で呼ぶときは、友達として相談に乗ってほしいとき。
「どうしたらいいと思う?」
「こっちから連絡すれば済むことでしょ」
案の定、私の悩み事なんてお見通しのようだ。
「……」
「なーんて、瀬璃夜がそんな融通が利いて素直な子じゃないことくらいわかってる」
「瀬璃夜はさ。その朱鷺乃さんと仲良くなりたいわけ?」
「それは……まぁ……」
実力もだいぶついてきて、私もうかうかしていられない相手。一緒に練習してみたいし、勝負だってしたい。出来れば練習メニューとか普段気を遣っていることとか、そういう情報交換だってしたい。
「じゃあ、なんで仲良くなりたいって思ったの?」
「なんでって……えーと、あの子も水泳をしていて、速いからで……」
「それと?」
「私と一緒に泳ぎたい、って言ってくれたから」
「もし、朱鷺乃さんが泳ぎが遅くて、瀬璃夜と一緒に泳ぐのが嫌で、水泳をやめちゃったとしていたら?」
「あ、あぁー……」
間違いなく、そんなあの子に私は興味を持てない。
「瀬璃夜は超がつくほどの水泳バカだからねー。私と仲良くなったのだって私が瀬璃夜より速い選手だったから、って理由だもんね」
「そんなこと言ったことない」
「けど?」
「合ってる……」
「正直でよろしい」
「怒ってる?」
「もしそうだったらこの本の角で頭小突いてた」
「やめて。地味にかなり痛い、それ」
我ながら薄情で現金な性格。自分にとってメリットがある、そう思ったから関係を築く。声を大にして言ったら嫌われ者になりそうだ。
「でもさ。私はそんなもので言いと思うよ。自分が親しくなりたい人と仲良くなればいい。その人が途中でなんか違うなぁと思ったら関係を断ち切ればいい。この世の中には腐るほど人がいるんだから、気にせず選り好みして自分好みの人の輪をつくればいい。ただし、そのためには一つだけやらないといけないことがあります」
「それは、なに?」
「自分が好きな自分になること。これがいいと思った自分になること。自分に自信がないやつが選べるほど人も世界も甘くはないからね」
「なんか難しい」
「何言ってるの。瀬璃夜の場合は簡単でしょ」
「……たしかに」
速くなればいい。それが私がなりたい私。
「その時に瀬璃夜が手に入れたいと願ったモノ、近くにいてほしいと思った人が、キミが選ぶべきものなんだよ」
―――――
季節がまたぐるっと回った。
あれほど気になって仕方なかった周囲の視線も声も気にならなくなっていた。全くと言ったらウソになるけど、練習にも本番にも悪影響はなくなった。むしろ、適度に気になるほうが良い刺激になってちょうどいい。
考えてみれば簡単なことだ。自分が気にしている人だけ気にしておけばよくて、それ以外のどうでもいい人たちのことなんてどうでもいい。私は全力で泳ぐだけ。周りのやっかみも批評も、自分の不器用なコミュニケーションも気にしない。それぐらいの気持ちで考えていたら、遠くのゴールがよく見えるようになった。
そのことを教えてくれた当の本人に話したら、「それが出来ちゃったらもう無敵だね。適わなくなっちゃう」なんて言って、私の自己ベストより1秒くらい早いタイムをたたき出して笑っていた。私に助言してくれた人が最大の壁とか、笑いたいのはこっちなんだけど。
きっと二人とはまた会える。自分に自信がつく度に、そう思えるようになっていた。自分の気持ちに結果がついてきてくれたように、結果に自分の気持ちがついてきてくれるんじゃないかって。そんな迷信や神頼みのような感覚だけど、それだけ自分の心が強くなってきたんだと思う。
正直なところ、二人に会うことは簡単だ。片方は家知ってるし、片方は連絡先知ってるんだから。この後すぐにでも。なんなら街中を歩いていたらばったり、なんてこともある。
でも、会うんだったら水の中でまた会いたい。
―――――
プーッ、とバスの停車を知らせるブザーが鳴る。私と先輩の最寄り駅まであと二駅にまで近づいていた。
「一人はあの子でしょ。もう一人も会ってみたいなー。どんな子なの?」
「丸くて、アザラシみたいな子」
「それはずいぶんオブラートに包んだ言い方?」
「え?そんなことないけど。私は愛嬌があって良いと思う。速く泳ぐんだったら絞りたいところだけど、初心者としてはあの方が浮きやすいから良いんじゃない?」
「……それ、本人に言っちゃったの?」
「言った」
「そういうとこが瀬璃夜らしいといえば、そうなんだけどね。うーん……」
そういえば、彼女は元気にしてるかな。
いじめられていた原因でもある泳げないことも解決できないまま、私は結局何も手助けしてあげられなかったけど、彼女が楽しく過ごしていることを切に願っている……なんて虫の良すぎることしか言えないのはやっぱり悔しい。
「今何してるのかな……」
「どこかの高校の水泳部に入っていて、実は今日来ていたとか」
「もし、そうだったら会いたかった。会って……ちゃんと謝りたかった。もう許してくれないと思うけど」
「会いに行けばいいのに」
「いや……先輩に言われたように、ちゃんと成長した私を見せてから……改めてしっかりと、こう……」
「本音は?」
「……嫌われてたら、怖い」
「いつも強くなクセしてこたまに乙女になるんだから」
逃げ出して、離れてしまった薄情な私だけど、傲慢にもずっと願ってしまっている。
また、友達になりたいと。
こーちゃんのことが好きだから。
私のことなんてもう忘れているかもしれないけど、覚えていてくれたらいいな。
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