つめたくて、あたたかくて①
水着の肩紐がパチンと音を立てて肩に当たる。決して痛くはないけれど、自然と気は引き締まる。水に潜れなくなってから本当の理由を学校に説明して、水泳の授業も出なくていいことにしてもらっていたので、水着を着るのは2年ぶり。高校のものは初めて着たのに不思議な安心感があった。
軽くストレッチをした後、濡れないように髪の毛をかきあげてキャップとゴーグルを装着する。こっちは中学の頃から使っていたものだから、それ以上にしっくりきた。
プールサイドに座って脚まで水に浸かる。背中に突き刺さる夏の太陽の攻撃が和らぐような冷たさが優しく撫でる。
「手を繋いであげたほうがいいですか?」
「いらないから」
久我崎さんが私に両手を差し伸べて悪戯小僧みたいにニヤニヤと笑いかける。そんなことされたら、恥ずかしさで二度と
ゆらゆらと透明な世界が私を包んで、ゆっくりと熱の籠もったかたまりを冷やしてくれる。学校で嫌なことがあっても、テストの成績が自分の予想よりも悪くてイライラしていた時もここに来ると気持ちはいつも勝手に落ちついていた。
あぁ、良かった。と、大きく息を吐いて、水面に映る自分の顔を見た。
「あ、れ……?」
そこには、怯えて今にも泣いてしまいそうな女の子が映っていた。
落ち着け、私。大丈夫。ここは安全だし、この前とも違う。ちゃんと二本足で立っているんだから、溺れやしない。水が顔に浸ることだってない。万が一にも危険なことなんてない。それにあの頃よりも成長したんだ。精神的にも強くなった。
……なのに、ねぇ、なんで震えてるの?
だって、体を通っていく涼しさも私の周りをたゆたう水もこんなに優しくしてくれるのに。どうして、私は……。
「てぇい!!」
「ひゃうっ!?」
いきなり左右の耳たぶに冷たくて柔らかい感触が伝わってきて、変な声が漏れた。そのまま引っ張られるように私の顔が引き上げられて正面を向く。
「一人でにらめっこだなんて、ぼっちが極まってますよ。ほら、久し振りのプールのご感想は?」
スクール水着の人魚姫が太陽にも月にも負けないくらい子どもっぽい無邪気な笑顔でこっちを見ていた。
「……今日は臭くないね」
「ほんと、底までよーく見えますよ。どっちが溺れてもすぐ助けてもらえますね」
「こんな浅くて流れも静かな場所で溺れる子なんているの?」
「自分で自分の首を絞めているの、気づいてます?」
「あれは溺れてないから。ちゃんと浮かんできたから」
「全体的に軽そうですもんね」
「そっちこそ浮きやすそうなモノ持ってるのに、どうして沈むかなぁ」
「じゃれ合ってないで早く練習やれよ」
「「はい、すみません……」」
隣のコースからプールに氷が張りそうな氷柱みたいに鋭い視線と言葉を籐堂さんが向けてきたので、私と久我崎さんは昨日の香原先輩みたいに平謝りする。その様子を押切さんはほっとしたような苦笑いで、香原先輩は口元を押さえながら見ていた。
いつの間にか、震えも怯えもどこかに引っ込んでしまったみたいだ。
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