私だけ知らなかったの?
「そういえば、部長」
「ん、なになに?華江ちゃん、どうしたの?」
ふと、籐堂さんが練習を止めて、こちらに話しかけてきた。押切さんも気になったらしく泳ぎを止めて籐堂さんの後ろからその様子を見ている。
「夏の大会ってそろそろ始まる時期でしょ。あるんだよね?水泳部にも」
「もちろんだよ!夏といえばインターハイ。その地区予選である都大会があるよ。今週の土日に」
「こ、今週ですか!?」
「それ、ウチらも出るの?」
「よーし、出ちゃうかー!」
突然出てきた驚きの発言に顔をしかめる籐堂さんと、慌てふためく押切さん。それに対して、あっけらかんとした様子の香原先輩。
「なんて、残念だけど今年は出れないんだよねー。大会に出るには開催前に学校と部員のみんなを水泳連盟に登録しないといけないんだけど、もうその締め切りは過ぎているから、今から登録しても今週の大会は出れないんだ」
「そうなんだ」
「なにー?華江ちゃんは大会に出たかったの?今日も真面目に泳いでるし、意外とスポコン系?」
「……うるさい」
「はい、ごめんなさい!!」
ガンを飛ばすという光景をはじめて見た。即座に謝るのも先輩としてどうかと思いつつ、その気持ちがわかるくらい強烈な視線による一撃。部内のヒエラルキーがまたひとつ構築された気がする。
「まぁ、こうして前向きな意見も出ているので、申請のほうお願いしますねー、先生。今週の大会は無理だけど、夏休みも単発の大会はあるからそっちには出たいし」
「はいはい。プレッシャーかけなくても顧問なんだからそれくらいはやるわよ。はぁ……。でも、毎年登録しないといけないのは面倒よね。せめて学校くらいは一度登録すれば後はずっと……だったら楽なのに」
「先生、その言い方だと昔は水泳部があった、って風に聞こえるんですが……」
「何言ってるの、朱鷺乃さん。水泳部は昔あったわよ。今までは部員も顧問もいなくて休部ってことになってたけど」
「え……そうだったんですか。でも、それなら廃部になるんじゃ……」
「うちの学校ね。昔からOBが強いの。卒業後も学校行事や部活に関わってきたり、寄付金出していたりね。水泳部も休部する前の卒業生たちが『自分達の名残がなくなるのは嫌だから廃部にしたくない』って意見が多くて。部員がゼロになった10年間ずっと休部中なの」
へぇー。だから、水泳部って名称で呼ばれてたんだ。てっきり、なんとなくそう呼んでただけだと思ってた……って、あれ?そういえば、押切さん、入部届出すときに水泳部って書いていたような。
「もしかして、みんな知ってた?」
「わ、私は、お母さんが母校だったので」
「知ってた」
「というより、書いてありましたよ。学校のパンフレットに『尚、水泳部は休部中』と。朱鷺乃さん……契約書はちゃんと読まないほうですか。おっちょこちょいですね~。社会に出たら悪徳商法に気をつけてくださいね♪」
久我崎さんが哀れみの眼差しと三日月を描いた唇という上下アンバランスな組み合わせの表情をこちらに向ける。これはさっきの指導を根に持ってるな……。
この顔の熱さは夏のせいか、それとも妙な疎外感と恥ずかしさせいなのか。なんて、考えている時点でどっちが答えかなんて言ってるようなものだけど。うーん……私の一人負けってことか……。
「というわけで、私がこの永い眠りについていた水泳部を復活させた立役者なんだよね!」
先輩がこれ見よがしに腰に両手を当てて胸を大きく張る。と、私はそこで一つの疑問が思い浮かんで、すっと手を挙げた。
「でも、先輩。どうして6月に部活を作ったんですか?私を誘うにしても4月に声をかけてこなかったのが気になったんですけど。それこそ去年でも良かったんじゃないかなって」
「それはね。今じゃないと作れなかったのと、今作らないといけなかったからだよ」
「どういう意味ですか?」
「そうだねー。まぁ、その意味は明日になればわかるよ」
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