勧誘少女
私は
「死ぬ気でダイエットしましたけど、そこは痩せなかったんですよ。日ごろの行いが良かったおかげです」
「聞いてない、聞いてない」
そんなにわかりやすくこの子の下着を凝視していた自分が恥ずかしくなったけど、努めて冷静に言葉を返す。たぶん、私は彼女が苦手だ。
「女の子同士だし、服の上からならいいですよ。ご利益があるかもしれませんね」
「揉んだら大きくなるの?」
「私のが」
「遠慮しとく」
真っ白な体操服が輪郭を描く。私のよりもはっきりとした円を描いているのがなんとなくムカついた。……って、さっきから私は何の話をしてるんだろう。そして、さすがに調子に乗りすぎじゃないか?
「じゃあ、良かったら一緒にお風呂でも入りましょうか?」
「帰って」
「命の恩人に向かって、そんな言い草はないと思いますよ」
「命の恩人なら私の方が先だから。それと、助けてくれたのは香原先輩」
「私だってちゃんと心配してますよ。こうして、深月さんを家に送り届けてあげました」
「で、私がまた洗濯をしているわけですが」
「普段出来ない体験を味わえたんですから役得ですね!」
それがこの水色で花柄のブラを洗うことだったとしたら、私はこいつを一発殴ってやりたい。
「あいたっ!?なんで急にデコピンするんですか?」
「有言実行をしたまで」
我慢は2秒しかもたなかった。
「元気が出たみたいで何よりです」
やっぱり憎たらしい。
学校のプールに落ちた後、ジャージに着替えた私は大人しく家に帰ることになった。それこそ2年ぶりにあの時のことを鮮明に思い出してしまい、気が動転していた私を一人で帰すのは心配ということで、同じくびしょ濡れになった洸が付き添うことになった。今回は綺麗な水の中にダイブしたから臭いも気にせず電車で帰宅できたのが唯一の救いだった。
そして、それこそ海底に沈んだくらい気分が落ち込んだ私は部屋の床に座り込んで、隣に座って無言で寄り添う久我崎さんのサラサラ揺れる髪から漂う塩素に負けないくらいの落ち着く良い香りにやられてしまった私は、気づけば自分の懐かしい昔話を長々と語ってしまっていた。
「朱鷺乃さんはファザコンとマザコン、両方なんですね」
それが私の昔話を聞き終えた彼女が放った第一声だった。
「最初に言うことが……それ?」
「だって、一度とはいえ父親にトラウマ植え付けられるほどの虐待を受けたのにそれでも仲良くして、しかも自分を責めるとか、中学三年生まで母親と一緒にお風呂に入るとか、ちょっと斜め上だったので……くすくす」
「少なくとも前半に関しては笑うポイントはないよね」
「じゃあ、かわいそうだったね、って慰めてほしかったですか?それとも、これまでよく頑張ったね、って褒めてほしかったですか?」
「それだけはやめて」
そんなものは求めてない。他人から浴びせられるその言葉が大して心もこもってなくて、変な解釈を含んだ上の言葉だったことを私は知っているから。当時者にしかわからないというのはエゴだということもわかってる。それに、話すことで本当に救いを求めている人だっている。でも、今の私はそれを求めていない。
「そうですね……。それなら、私が朱鷺乃さんに泳ぎ方を教えてあげますね」
「どうしてそうなった。そもそも久我崎さんカナヅチでしょ」
「だから、私が朱鷺乃さんに泳ぎを教えてもらった後、私が朱鷺乃さんに泳ぎ方を教えてあげるんですね。あっ、まずは水の潜り方からですね。小学生の頃、水の中に潜ってじゃんけんしたの懐かしいですね。男の子とジャンケンすると『はい、お前体がグーだから、パー出した俺の勝ちな』ってよく言われていたんですよ。そのまま永遠に沈めてやろうと何度思ったことか」
「心の闇が漏れてるから」
「というわけで、私の先生と生徒になってください」
「前者はいいけど、後者はなぁ」
「今ならお得な特典もついてきますよ」
「どんなの?」
「あの時、私が朱鷺乃さんにウソをついた理由を教えます」
「いらないなー」
「ですよね。まぁ、これはその時が来たら無条件で話すつもりですから」
「いや、そんなに引っ張ることでもないでしょ。どうせ、私の知っている人と知り合いだったとかそのあたり」
香原先輩は一度私に断られた後、また誘うつもりはない素振りだった。ということは、久我崎さんがあの日私の家で私について話したことは全部彼女自身が知っていたことになる。私は久我崎さんとは高校入学以前に面識はないから、私の知り合いから聞いたか、過去に私を見て推測したということになる。私をチョロいと判断したことは納得いかないけど。
「じゃあ、なんでそんなに私にこだわるのか、教えてよ」
あの時、久我崎さんは『泳ぎが上手いから』『自分と似ている』からって理由で私に泳ぎを教えてほしいと誘った。でも、本当にそれが理由には思えなかった。それに私が泳げないことがわかって、それでも『一緒に泳げるようになろう』だなんて言うだろうか。私の理由を知ったなら、そっとしておこうと思うはずだ。私ならそうする。
「それは朱鷺乃さんのことが好きで……」
「もう一発、デコピンをおみまいされたい?」
久我崎さんはさっと額を隠して、上目遣いをしながら小さな唇からちろっとイチゴみたいに紅い舌を見せる。私が呆れてため息をつくとポーズに飽きたのか、すっと元の表情に戻り、今度はやけに真面目な顔を見せた。たぶん、これまでで一番真剣な顔だ。
「私が朱鷺乃さんに泳いでほしい理由は、あなたに勝ちたいからです」
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