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「う~ん……微妙に臭う……」

 洗濯機から取り出した制服に鼻を近づけると、まだあの時のプールの臭いが残っているのがはっきりとわかった。おまけに、裾のあたりは緑茶を零した後のような汚れも残っている。これはクリーニングに出さないといけなさそうだと思い、深月は深くため息をつく。一緒につっこんだもう一着の制服はさっきのよりもひどい。こっちが洸の服だ。

「さて……」

 洗濯機の置いてあるベランダから、部屋の中を除く、廊下からシャワーの音が聞こえる。この制服の持ち主が出てくるにはもう少し時間がかかりそうだ。


「ふぅ……」

 ベッドに腰を下ろして一息つく。ベランダには二人の制服の他にジャージが2セット干されていた。それぞれ蓮菜と紅葉のものだ。

 あの後、プールから上がった二人は制服のまま更衣室のシャワーを浴び、紅葉がコンビニで買ってきたタオルで体を拭いた後、先輩たちから譲ってもらったジャージを着て下校することになった。深月たちは持っていなかったが、紅葉たち2年生はちょうど体育の授業があったのは幸運といえよう。

 蓮菜はこの状況を知りたそうにしていたが、二人の体からわずかに漂う嫌な臭いを感じ取って、「うん、今日は帰りな」と大人しく下校を促した。そして、電車で一駅の場所に住む深月の家へとで向かった。誰にも近づかれないように人目を気にしながら帰るのは一苦労で、たどり着いた頃には心身ともにヘトヘトとなった。


 すると、浴室の扉が静かに開いた。中から深月より背の高い女の子が出てくる。代えの服がなかった洸に、深月はとりあえず自分の服を渡したが、


「くぅっ……」


 どこか窮屈そうに着られている自分の洋服たちを見て、深月は敗北感を感じざるをえなかった。小さい頃から自分の身長の低さを嘆いたことは何度かあったけど、今はそこに身長以外のものも含まれているため、悲壮感はより強い。洸のほうは、そんな羨望と嫉妬の視線を向けられているとは露知らず。


「ふぅ……さっぱりしました。ありがとうございます。朱鷺乃さん」

「ううん、いいよ。あっ、ごめん。私の方が先に浴びちゃって」

「朱鷺乃さんの家ですよ。当然ですって」

「あっ……ベッドだけど、そこ座って。今、なんか飲み物持ってくるから」

「いえいえ、お気遣いなく」


 洸の言葉を無視して、深月は冷蔵庫からミネラルウォーターと、部屋備え付けの食器棚からコップを取り出す。


「一人……暮らしなんですか?まだ高校生なのに、大変じゃないですか?」


 1Kの小さな部屋。冷蔵庫や電子レンジ、最低限の家電だけが置かれた静かなキッチン。6畳の部屋にはベッドとテーブルが一つずつ。壁際に積まれた高校の教科書。女子高生が暮らすには殺風景な部屋。そして、家族で住んでいるとは思えない家。


「まぁ、それなりにね。まだ、二ヶ月くらいだけど、母さんのありがたさが身に染みる」

「どうして一人で?」

「父さんが地方へ転勤することになって、母さんがついて行くことになったから、じゃあ、私は一人でこっちで、って。……っと、そうだ。制服のことなんだけど」


 不自然に話題を変えた深月に、洸は一瞬呆けたが、深月の顔に張り付いた薄い笑顔に気づき、何も言うことなく「なんでしょう?」とたずねる。それから、まだ着始めて数日の夏服が早くも致命的なダメージを受けてしまったことに肩を落とした。


「今日帰る分の服は、もう少ししたら当てが出来るから、ちょっと待ってて。私の服よりは着やすいはずだから」

「なにからなにまですみません」

「いいの、いいの。気にしないで」


 互いにぎこちなく笑みを浮かべながら、顔を見合わせる。

 


「……」

「……」


 沈黙。


 ここで、深月は自分達がつい数時間前にはじめて会ったばかりの、これといって仲良くもないただの同級生であることをようやく思い出す。プールでは突然の事態に話しかけてはいたが、深月は他人に積極的に、友好的に話しかけるのが得意ではないし、好きでもない。そもそも、得意であればあんな小さな同好会で放課後を無造作に費やしてなどいない。

 それでも、何か話しかけたほうがいいのかと、空中と壁と時々洸の横顔と、あちこち視線をさまよわせながら考える。しかし、肝心の行動力は残念ながら湧き上がってこなかった。


「あの……」


 細く透き通った声が深月の耳に届く。横を向くと、洸がこちらを向いていた。表情は今日見た中で一番真剣そうだった。


「私に、泳ぎ方を教えてくれませんか?」


 

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