第10話 織田信長、謀反武将と学ぶTRPG前編
コウ太が信長の呼び出しでセッション砦にやってきたのは、休日の正午であった。
なんでも、TRPG初体験の武将を集めての講習会をするという。
というか、現代では武将はそんなに簡単に集まるもんなのか? しかも、TRPGをやりたがるのか? というツッコミどころしかない状況だが、集まってしまうのが
「ちわー、信長さん。来ました」
インターホンで告げると、すぐに信長の声が返ってくる。
『おお、よう参ったコウ太よ。空いておるから入ってまいれ』
さっそく入ると、玄関には靴が何足も並んでいた。革靴やスニーカーである。
そこから考えると、現代日本にはすでに適応済みの武将たちのようだ。
セッション砦は、リビングダイニングと八畳間の寝室、四畳半のサービスルーム、それにウォークインクローゼットなどの収納、バス、トイレつきという間取りである。しかも温水洗浄便座、バスルームは浴室乾燥機にミストサウナつき、カウンターキッチンには食洗機とディスポーザーまであるいたれりつくせりの物件だ。
信長のチートスキル、《金策》によってまさにTRPGの砦となっている。
で、どんな武将が待っているのかとリビングに向かう。テーブルも六人がけのダイニングソファーと椅子つきで、そこに信長と残りの参加者が待っていた。
見知った顔は、サツキくんだけで後の三名はよく知らない。信長より年上に見える人物もいる。第一印象だと、おとなしそうな雰囲気の人物もいる。あと、立派な髭を蓄えている人物もいる。
彼らは、さまざまな転生式で現代日本にやってきた武将ゲーマーである。
ただ、皆が皆、何かやらかしそうな気配が尋常ではない。座っているだけなのだが、只者ではない雰囲気が溢れている。戦国武将という時点で只者ではないのだが。
「よう来たコウ太、こちらの三人がTRPGをやってみたいという武将らじゃ」
「はあ、数寄屋コウ太です……」
「これはご丁寧に」
年配者の武将が一礼する。信長より年上というか老人の域にある人物だ。
知的な印象があるものの、その眼光が現代の老人とは違うものを放っていた。
「
「ふぁっ!?」
すごい武将が来てしまった、これにはコウ太も驚きを隠せない。
松永久秀といったら、たしかに信長とも縁のある戦国武将である。
戦国に悪名を残した
機内を征した
信長も、家康にこの老人は常人にはできぬことを三つをやらかしたと紹介した。
信長の上洛に際して降伏し、仕えることとなったのだが、その後に二度信長に背いているという謀反人である。
まさか、現代日本で信長と同じ卓を囲むとは思わなかった。
「まさか松永の爺がTRPGに興味を持つとはのう」
「それがしも新しい文化には興味があります。それが信長公を魅了してやまぬというものであれば、戦国の遺恨を水に流してでも、味わってみたいものです」
松永久秀は重々しい口調で口上を述べた。
彼もまた、戦国一級の文化人、教養人である。茶の湯にも通じ、九十九髪茄子と平蜘蛛茶釜を所有していた。信長への恭順の際は一方の九十九髪茄子を献上した。
もう一方の平蜘蛛の茶釜はというと、信長に逆らって信貴山城に籠城した際、信長に渡すくらいなら火薬を詰めて爆破したほうがましだと自害する際に叩き割った。
このとき天守閣に放火して、言葉通り火薬を詰めて爆破したとの説もあり、戦国のボンバーマンとの異名もある。
他にも、松虫を丁寧に三年も飼っていた、健康マニア、性の指南書を残した、クリスマス休戦をしたなど、文化にまつわる逸話が多い。
なるほど、信長が嗜むTRPGに興味を持つのも当然かも知れない。
「……でも、信長さんを裏切った武将ですよね?」
「そんなこと言うたら、そのダイスなんぞわしを討った大悪人ぞ」
「まあ、そうですけど」
サツキくんの持つ桔梗門ダイスは、明智光秀の霊が宿っている。
まあ、信長は謀反を起こされることは結構あり、久秀だけでなく
「お互い、戦国の遺恨は水に流さんとおちおち遊ぶこともできんわ」
とは信長の言である。武将ゲーマーたちには、この不文律があった。
下剋上、裏切り、骨肉相食む争いが日常茶飯事だった戦国の遺恨を持ち出すと、武将同志が安心して遊べないのである。
信長には裏切りを許さない厳しい武将のイメージもあるが、こういう度量の大きさを示すエピソードも多い。天下人の懐は深いのだ。
「で、そちらのお二人は?」
「
「
「ふぁああああっ!?」
おとなしそうな方が宇喜多直家で、髭モジャの方が津軽為信である。
これはまずい、コウ太は思った。
特に、宇喜多直家はまずい。一応、信長に縁はある戦国大名である。
いろいろあって毛利家に臣従していたが、信長の命を受けた秀吉が中国地方に進出してくると縁を切って織田についた。
直家は、その後に病死したので、信長との直接の関わりはない。
一見するとおとなしそうにしているが、やったことはえげつないものが多い。
ある作家は、“奸悪無限の武将”とも評している。
暗殺、謀殺を得意としており、家臣にして弟の
また、
ついた仇名は、白面武者。戦国の世にあって、見た目が女らしい、なよっとしていることを嘲った蔑称だ。直家のものと言われる木像が残っているが、整っている面立ちと薄笑いしているかのような表情が印象的である。
武将らしくないのももっともで、戦場で雌雄を決する前に相手を暗殺するのだ。
その実、戦うと意外に強いし、弟の忠家が歴戦の勇士であったりするのだが。
一方の津軽為信は、東北の戦国大名で陸奥弘前藩の初代藩主だ。
戦国の後期に頭角を現す武将だが、その出自はよくわかっていない。大浦城主
城主となった後は北奥羽を治める主家の南部家の相続争いに乗じて、一方の側の後見人
石川高信は、南部家を支えていたと言うほどの人物で、為信はこれによって独立し、津軽を手中に収める。
その後は秀吉に本領安堵を願い出る(津軽の姓はこのとき名乗った)。
これだけのことをやっているので、津軽地方の武将たちは結託して為信被害者の会一同となり、秀吉に惣無事令に違反していると訴え出た。かつての盟友であった千徳氏も滅ぼしているから、この訴えは当然といえば当然である。結果、秀吉の討伐リストにピックアップされかけたのだ。
そこで為信は、石田三成、豊臣秀次(秀吉の弟で調停役)、織田信雄などに根回ししてなんとか秀吉に釈明することに成功した。そのかわり領地は半分ほどになるが、保身には成功している。ついでに、秀吉を猶子にした
この話はホントかウソかは不明なのだが、公家として困窮していた近衛家の事情ゆえにに認めている。なので形の上では為信は秀吉の義兄弟である。
で、三成に世話になっておきながら関ケ原の戦いでは東軍につく。
しかも、嫡男の
一応、松前藩では秀吉と三成を密かに祀っていたらしいが、にしてもこのリアリストぶりはなかなかのものであろう。
この三人に加えて、明智光秀のダイスを持つサツキくんが加わる。
光秀の場合、本能寺のただ一度しか裏切っていないので、この三人からするとまだマシな部類かもしれない。
なんというか“ドキッ!? 謀反人だらけのTRPGセッション”である。
さて、一体どうなってしまうのか。
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