第8話 織田信長、包囲される前編

 さて、今日も今日とてセッション三昧に浸ろうかという織田信長であった。

 が、SNSやボイスチャットのサーバーで募集をかけても、芳しい反応がない。

 顕如、江雪斎も芝居の稽古で忙しいという。

 お市の方のいっちー、秀吉もその日は用事があるとのことだ。鬼武蔵とは連絡がつかない。


 コウ太は、ちょうどゼミの女の子たちと『CoC』を遊ぶ日だから勘弁してほしいとのことだ。TRPGをきっかけに、コウ太はモテ期に入ったのかもしれない。素晴らしい確変である。

 しかし、コウ太の社交性が向上したのは信長にとって喜ぶべきことであり、これを無理に誘うことはできない。キャンペーンに発展したということだから、さらに応援したい。妹のいっちーを差し置いて女子と遊ぶとはどういうことなのかは、後で問い詰めねばならないだろう。


 卓修羅のこのちゃんはテスト期間中ということでセッションはパスとの返信。これは詮無きことである。学業は優先してもらいたい。

 サツキくんも同様の理由で、れのんちゃんやカッコちゃんなど学生組のゲーマーはみんなそうだということになる。

 岸辺教授は別に嫌いではないが、信長に対して妙な対抗心がああって、他に相手がいない場合に呼ぶ最終手段である。今はスルーだ。

 マハルさん、瑠韻さん、黒亭さん、もち団子さんの知り合いゲーマーたちも社会人であり、生ける文化財として浮浪所得が湯水のように湧く信長とは違って、糧を得るために忙しい。

 ダメ元でシナリオ仙人に声をかけてみようとも思ったのだが、完全にBOT化しており、これはもう断念するしかない。

 つまりは、知り合いは全滅であった。


「むう、なんということじゃ……!」

 セッション砦で暇を持て余す信長は、思わず天を仰いでいた。

 ここにきて、TRPGの最大の敵が立ちはだかった。


 そう、予定である――。


 キャンペーンを組もうと意気投合しても、一回目や二回目までは全員揃って卓を遊ぶことができたりもするが、三回目以降から休日でも予定が入って急にキャンセルとなる率が高くなる。

 学生、社会人問わず、現代人は忙しい。

 その合間を縫ってセッションの日取りを決め、ランデブーするのは以外と難しい。

 一旦予定が崩れると、別のセッションの予定がしばらく入っている、仕事やバイトのシフトが入っているなど、順延が繰り返されていき、リカバリーできなくなる。

 そうして、予定を入れていたのにお流れになってしまうことが繰り返されていくと、あんなに楽しみにしていたセッションのモチベーションも崩壊していく。

 最近はオンセが充実し、平日の帰宅時間から就寝までという時間で遊ぶことができるが、それでも予定していたセッションがお流れとなってしまうことはある。

 予定、恐るべしである。


「まったく、サルめが御伽衆を大勢集めておったことが羨ましゅうなったわ」

 信長は、また呟いた。

 秀吉の御伽衆は、板部岡江雪斎や曽呂利新左衛門に、信長の弟の織田有楽斎、息子の織田信雄、さらには六角承禎など、非常に多彩な面々がいた。

 これならば暇ができたときに無聊ぶりょうかこつことはなかったであろう。

「おお、そうじゃ! あやつらはどうであろうか?」

 信長には、あとふたりばかり武将ゲーマーに心当たりがあった。

 いや、一緒にセッションするのは、別段武将ゲーマーでなくてもよいのだが、やはり戦国の世という価値観を共有できると楽なのである。

 心当たりのある武将ゲーマーのアカウントもメアドも知らないのだが、検索してそれっぽいアカウントにDMを送った。

 文面は以下の通りである。


『こんにちは、織田信長です。戦国の世を生きた武将としての記憶を有している方とお見受けしました。私も有しております。つきましては、ともに語らいたいことがありますので返信お願いします』


 信長はネットを検索し、前世記憶を持つ者へのメールの出し方を参考にした。

 お市いっちーや顕如ミツアキのように、転生、憑依などによって前世記憶を持った武将ゲーマーは多い。これなら間違いはないとの確信がある。

 で、しばらくしたら二件とも返信があった。

 まずは一件目である。


『戦国の遺恨を忘れることはやぶさかではないのですが、あいにくと予定が立て込んでおり、遠慮させていただきます。それと、当方ダイスを振るゲームを得意としておりまして、トランプで判定というゲームには、ちょっと過去の経緯からトラウマがありまして敬遠しております。当方、竜ですのでトラは好きではありません』


 以上、“越後の竜”上杉謙信からの返信である。

 この時代には、ドラゴンと融合した形で召喚されている。

 しかし、ドラゴンの予定とは一体何なのであろうか? 気になるとことであるが、予定があるという相手を無理に誘うのは気が引ける。

 そもそも、上杉謙信とか無理に誘ったら、手取川の戦いが再現されかねないから、あまり踏み込めない。

 というわけで、もう一方の返信である。


『やっぱり信長くんからのDMか。俺もゲームに戦国の遺恨持ち込まないのはTRPGのマナーってのはわかってる。でも、俺と君って現代でも遺恨あったじゃん。まあ、それでも誘ってくれたのは正直言うと嬉しいよ。だけど、ちょうど今は予定あって参加できないんだわ。また今度な』


 サーベルタイガー武田信玄の返信は、ドラゴン謙信よりもざっくばらんな文面であった。ふたりとも、モンスター化しているものの、アカウントやメールを送れるくらいには現代社会に適応しているらしい。

 さすがは戦国の二代巨頭、適応能力では第六天魔王信長にも引けは取らない。

 それはそれとしてプレイヤーは一向に集まらず、織田信長は危機を迎えている。

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