第2話 織田信長、鬼を呼ぶ前編

 さて、今日もセッション日和である。雨が降ろうと槍が降ろうと日照りが続こうとセッション日和なのが、室内遊戯のTRPGの良いところなのだ。

 すわセッションよとばかり信長が動き出した。

 しかし、セッション募集のお報せを回すが、武将ゲーマーたちの都合がなかなかつかない。

「ええい、わしが呼び出しておるというのに、サルも出向かんのか」

「秀吉さんも、木村秀夫の身分で忙しいみたいですね」

 秀吉は、現在は投資家という表の顔を持っている。

 今際の際の危篤状態でやってきて現代医療によって復活を果たしてから、あっという間に結構な財を成した。

 やはり天下を取るだけあって、そうした適応能力はチート級だ。

 でもまあ、秀吉ほどの戦国武将も現代を生きると社会の歯車に組み込まれ、忙しい日々を送る。

 悲しい現実である。

 

「あ、このちゃんがオンセで良ければ参加したいって言ってますよ」

「おお、そうか。未成年であるから、セッション砦に呼ぶよりそっちがよいな」

 このちゃんは、“このこの”というハンドルで活動する女子中学生ゲーマーである。

 コウ太とオンセで知り合い、現実で顔を突き合わせて遊ぶオフラインセッションのデビューにも貢献してくれた。昨今は、ツールが充実しているので、スマホがあれば女子中学生でも簡単にオンセに参加できる。

 オタクな大学生とアラフィフのおっさんが一緒にいる部屋に女子中学生を招くというのは、非常に問題がある。下手すれば”事案”になってしまう。

 このちゃんの父親が一緒に遊ぶ岸部教授でも、ちょっと体裁に気を使う。

 用意しているシナリオが三人用なので、あと一人揃えばセッションできるのだが、ここから都合つけるのが意外に難しい。


「サツキくんも先約あるし、ミツアキさんも芝居の稽古だって言ってましたから、今日は捕まらないですしね」

「うーん、お市も残業確定じゃ。『兄上はお暇でいいですね』とか恨み節のメールが返ってきたわい」

「信長さんと秀吉さん、お市さんに恨まれることいっぱいしてますからね……」

 戦国一の美姫と名高かったお市の方も、今は転生して銀行員である。

 ゲーマーとしてはコウ太や信長よりも断然ベテランなのだ。

 現世でも美人だが、ゲームの趣味は結構マニアックで、マッシブなハックアンドラッシュも好んでいる。

「プレイヤー三人用のシナリオなんですけど、どうします?」

 今回のセッションは、コウ太がKPを務める『CoC』だ。

 プレイヤーは三人用の館ものである。あと一人都合がつくと嬉しい。

「野良で募集してもよいが、このちゃんのことを考えると少々考えるな」

 野良とは、SNSなどで不特定多数に向けてプレイヤーの募集を発信し、遊ぶことだ。そのプレイヤーが集まってセッションすることを、野良卓とも言う。

 オンセの環境が整ったので、今ではよくある。

 コウ太も、野良卓がメインだ。

 ただ、顔の見えない相手と遊ぶのは、やはり若干の不安もある。

 大抵のゲーマーは善良だが、ネットにはいろんな人がいる。

 トラブルが皆無というわけにもいかない。特に、女子中学生ゲーマーのこのちゃんがいるから、気を使ったほうがよい。嫌な思いはさせたくない。

 逆にコウ太と信長、このちゃんはいわゆる身内だ。

 その身内の輪の中に。知り合いでもない一人を入れるというのは、疎外感を与えてしまわないかという懸念もある。圧倒的なアウェーであろう。


「……お? そうか、あやつが呼べるかもしれん」

「信長さん、誰か心当たりあるんですか」

「うむ、あやつなら暇しておるはずじゃ。ただ、TRPG初体験となるが、それでもよいか?」

「信長さんの知り合いなら安心ですよ。僕、初心者対応できますし」

「そうかそうか、ではさっそく呼んでみるとしよう」

 と、信長はタブレットPCを操作し、その人物への呼び出しメールとセッション砦までのMAPを送信する。

 しかし誰だろう? TRPGを今までやったことのない信長の知り合いとは……。

「あの、これから来る人って、どういう人なんですか?」

「ん? コウ太とは一度会っておったはずじゃぞ」

「そんな人いましたっけ? 記憶にないなぁ……」

「まあ、ちらっと出てきただけであるから、思えておらんかもしれんのう」

 そうこう言っていると、セッション砦のインターホンが鳴った。

 さっそく信長が出る。


「――おお、来おったか。上がるがよいぞ」

「おおっす、殿ぉ! 殿の呼び出にし、大急ぎで駆けつけましたぞ!!」

 いきなりの大声である。コウ太もビビる。

 というか、誰だこの人?

 歳は二〇代の後半だろうか。

 その格好は、コウ太のようなオタとは真逆だ。

 強面の顔つきに、ギンギンの金髪、スカジャン姿……。


 DQNだ、まごうことなきDQNがおる――。


 TRPGにもないのだが、これは明らかに交わらないの世界の人間だ。

 なんでまた信長はこんな相手を呼び出したのか。

 ヲタの敵はオサレやリア充だが、DQNとかヤンキーはそれ以上の存在、食うものと食われるものの関係である。


「よう来た、勝蔵しょうぞう! ちょうど一人足りぬところであったのじゃ」

「あの、信長さん。この人は……?」

「ん? こやつは森武蔵守長可もり むさしのかみ ながよしよ」

「ふぁっ――!?」


 森武蔵守長可、幼名は勝蔵。人呼んで鬼武蔵おぬむさし

 ていうか、人呼んでも何も、鬼武蔵の仇名は、信長に由来する。

 彼は、あの森蘭丸もり らんまるの兄だ。

 森家は美濃の土岐氏に仕えていたが、主筋である土岐氏が斎藤道三に滅ぼされると今度は織田家の信長に仕えるようになる。

父の森三左衛門可成もり さんざえもん よしなりは、信長の家督争いと尾張統一に尽力し、その後は浅井朝倉が兵を挙げた際に宇佐山城を守り、討ち死にした。

 同年、嫡男可隆よしたかも討ち死、次男であった長可が十三歳で家督を継ぐ。

 信長も、嫡男と当主が討ち死にを果たした森家の忠義には感じ入ったのか、長可と蘭丸を手厚く用いている。

 長可の“長”は、信長の“長”を拝領したもので、その証と言えるだろう。


「おお、殿ぉ! なかなかのところに住んでおられるじゃねえか!」

 入ってくるなり椅子にどかっと腰を降ろし、コウ太に鋭い眼光を飛ばす。

 目つきは悪いし、歯も尖っていて鮫っぽい。

 虫の居所が悪かったとき、信長の娘婿として知られる蒲生忠三郎氏郷がもう ちゅうざぶろう うじさとに「おめえが鈍三郎か? ああん」とガン飛ばした逸話があるほどのDQNっぷりが記録に残されている。

 氏郷が無視を決め込んだので事なきを得たが、仔細を見ていた細川忠興ほそかわ たつおきもこのときのことを思い出すだけで脇汗が流れるというくらいである。

 はっきり言って、怖い。怖すぎである。

「で、殿。こやつが……?」

 睨んできたかと思うと、長可は信長に訊いた。

 横柄な態度であるが、信長は長可には寛大なようだ。

「うむ、コウ太と言ってわしのTRPGの師匠よ。織田家のTRPGがしらであると思えばよい」

「TRPG頭ぁ? そりゃ茶坊主のようなもんですか」

「そう思え。おぬしもコウ太に習うとよいぞ」

「へえー、ふーん……」

 なんだか、すごい目で睨んでくる。

 そういえば、信長が《天罰ネメシス》の神業で呼び出していた。

 そのまま現代日本に居着いたのだろうか。


「あ、あの、信長さん。僕、睨まれてるんですけど……」

「勝蔵は武辺者であるが茶の湯にも通じておる。見定めようとしておるのだろう」

 そんなことを言われましても――。

 鬼武蔵こと森長可といえば、戦国を代表する暴れん坊である。

 生まれる時代を間違えなかった人物として名高い。

 長島一向一揆にて、勝手に敵軍に突撃して御首みしるし二七を挙げるという壮絶な初陣を飾っている。

 その後も、戦国時代にお帰り願いたいエピソードが豊富にある。

 鬼武蔵の異名も、信長が瀬田の橋に関所を設けたときに門番を斬り殺したことに由来する。

 門番が彼に馬上から降りるよう言ったのに対し、「森勝蔵推参なり」とあっという間に斬り殺した。しかも、慌てて木戸を閉ざそうとするや「者ども火を懸けよ」と号令したので、通すしかなかったという。

 森長可みずからこのことを信長に報告するが、「橋の上で人を殺すとは武蔵坊弁慶のようである。おぬしは武蔵守を名乗るがよい」と言われて武蔵守の受領名を名乗るに至ったのだ。正式に武蔵守を名乗るのは、信長死後ではあるが。

 しかも、これと同じ様なエピソードが複数ある。

 秀吉の世になって、熱田の大橋をかけたときにも同様のことをしでかしている。

 壮絶というほかない。


「ほれ、そういうわけであるから挨拶をいたせ」

「おう、俺ぁ森の勝蔵だ。そういえばあんときにいたな、お前!」

「え、ええ。そのう、ドラゴン倒したとき以来っすね……」

「今日は遊ばしてもらうわ。殿も遊んでるっていう、そのTRPGってやつを教えてもらおうじゃねえか!」

「よ、よろしくお願いします……」

 怖い、信長がいるとはいえ、安心できない。

 善良なオタにとって、ヤンキーとかDQNは捕食者プレデターに位置する。

 ともかく、このちゃんも準備ができたそうなのでセッションを開始する。

 果たして、無事に終わるのだろうか?

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