第3話 織田信長、鬼を呼ぶ中編
「えー、皆さん探索者はできましたでしょうか?」
あらためてプレイヤーを説明すると、信長、このちゃん、鬼武蔵の三人である。
天下人、卓修羅JCゲーマー、そして戦国屈指の荒武者という個性あふれるプレイヤーが揃った。
大丈夫なのだろうか? 特に後者。
「……あのう、勝蔵さんはこっちに慣れました?」
「ああ、多少はな。
説明しておくと、鬼武蔵こと森長可は甲州征伐の戦功により織田家臣群でも若くして信濃の海津城二〇万国を与えられている。
まだ武田の旧臣を抱えるうえに越後上杉の国境沿いということもあって、着任早々さっそく一揆勢が蜂起したが、撫で斬りしまくってわずか三日で鎮圧した。
「勝蔵さん、よろしくですー」
このちゃんは物怖じせず、鬼武蔵に挨拶をする。
遠隔参加なので、リアルな威圧感は伝わってないのかも知れない。
「おお、よろしくな! 年に似合わず礼儀がなってるじゃねえか」
「……勝蔵さんって、ヤンキーの人なんです?」
「ヤンキー? ああ、“
これは、甲州征伐で高遠城の屋根を剥がし、一斉に鉄砲を打ち込んで片っ端から撃ち殺したことに由来する。このとき、敵の返り血で血まみれになっていたので、負傷したのかと間違えられたほどであったという。
抜け駆けの軍機違反であったが、信長からは書簡で注意された程度という異様に甘い処分で終わっている。
「じゃあ、そうなんですねー」
「おう、たぶん似たようなもんだな!」
なんか妙になごんでいる雰囲気である。
鬼武蔵も女子供には優しいのだろうか? 容赦しない逸話も多数あるが。
ちなみに、できた探索者であるが信長は教授、このちゃんは学生、鬼武蔵は部族的戦士であった。部族的戦士は、ルールブックにも掲載されている職業なのだから選択は可能ではあるのだが。
「なんか武器を持てるのはこれだって殿がいうしよ。やっぱ医者やってみたかったんだが、INTが低いんでこっちにしたわ」
「はあ……」
武士も一種の部族的戦士である。やれるとは思う。
「まあ、なんとかなるであろう。進めよ、コウ太」
「えー、それならは。物語は、皆さんのところに依頼人がやってくるところです」
「あたしたち、どういうグループなんですかねー? それ決めておきましょうよ」
「ふうむ。現日だと、オカルトサークルとかが『CoC』だと基本じゃのう」
「おお、さすがは殿! わかりましたぜ」
「ですよねー。それなら職業が別々でも一緒にいられますよね」
――いや、このちゃん。現代日本だと、オカルトサークルに部的族戦士とか武士はいないから。
そのツッコミは引っ込めることにする。館を探索してしまえば、武士でも部族的戦士でもなんとかなる。
依頼は、簡単で町外れの古びた館の探索というよくある導入である。
「依頼人は妙齢の女性で『あのう、織田教授のオカルトサークルの方々ですか?』と訪ねてきます」
「では、わしが『そうだが、いかがしましたかな?』と対応しよう」
「女ぁ! てめえ、仮にも天下人たる殿に何たる口の聞き方だ!」
「えぇぇぇ……」
鬼武蔵がやはり吠えた。多難な前途を感じさせる。
これだからDQNは。
「これ勝蔵、今のわしのPCは探索者で教授じゃ。天下人でないからロールプレイを改めるがよい」
「おう。そういう遊びでしたな」
「そうですよー。これ、ロールプレイするゲームですから、KPのコウ太さんも困っちゃいますって」
「面目ねえ。悪かったな、TRPG頭とやら」
「いやあ、わかってもらえればいいんで……」
案外素直なところは、好感が持てる。
しかし、相手は直に殺害した数は軽く百は超える戦国屈指のバーサーカーである。
信長とは、別のベクトルで油断はできない。
シナリオは、いわくつきの古びた館を探索して、その背景にある悲劇と神話的恐怖と対面するというわりとオーソドックスな展開だが、依頼人の女性NPCには出生の秘密があり、母親の愛が彼女を救っていたという泣けるストーリーが背景にある。
で、オカルトサークルの面々は、依頼人の女性の案内で館までやってくる。
「女性は『この館なのです。私に相続権があるというのですが、夜になると奇妙なうめき声が聞こえるとか化物が徘徊しているとか、持ち主が怪死して呪われているなんて言われています。皆さんに調査していただければと』と――」
「ああ、わかった。燃やそう!」
鬼武蔵は、わずか1ミリ秒という赤射蒸着並みの反応で即答した。
いや、燃やすと言い出すとは思っていたが。
「ええと、まあそうなんですが……。その、呪いとか祟りもあるでしょうし」
「呪いだぁ? 祟りだぁ? そんなもの少しも怖かねえや。この鬼武蔵、神仏なんぞ恐れたことも頼ったこともねえからな! ぎゃははははは!」
そうなのである。
武田攻めの際にも、弘妙寺という寺に兵に食わせる炊き出しを命じたがこれを拒否された鬼武蔵は寺に火を放っている。さすがに本尊だけは勘弁してやろうと仏像は畑に放り出した。これに由来にして、一帯は仏畑と呼ばれる(現在は毛畑)。
他にも、小牧山近くの二ノ宮神社に陣を張った際、神主に神域を荒らすなと咎められると大蛇が出現。神主はそれ見たか神の使いが現われたのだと脅したが、構わずこの大蛇を殺して酒の肴とした。
八幡林を後ろに陣を張ったときも、拝殿の脇から大きな烏蛇が現われ、神主が「これぞ八幡様の霊験、勝利間違いなし」と讃えたところ、そんなものには頼らんと口からふたつに裂いて投げつけたという。
また、人に化けて酒を買うすっぽんの妖怪を成敗して沼が血で染まり、以来武蔵ヶ淵と名付けられる、本能寺で信長とともに果てた弟蘭丸の法要の最中に敵襲を襲撃したなど、信長以上に神仏も怪物すら恐れない逸話が豊富にある。
……これ、信長以上にホラーできるのだろうか?
「さすがは勝蔵よな。変わっておらぬのう!」
で、その信長は結構嬉しそうにその様子を見ているわけだが。
どういうわけか、信長は鬼武蔵に甘い。
「……の、信長さん! ちょっと頼みますよ」
助け舟を出してほしいと、コウ太は信長に小声でささやく。
「いやあ、相変わらずの暴れ振りを見て、戦国の頃が懐かしゅうてな。すまぬのう」
「ちょっと、普段と違いません? 鬼武蔵さんに甘くないっすか?」
「ううむ。あやつを見ておると、わしの若い頃を思い出してしまってのう」
ああ、そうか。これはあれだ、昔やんちゃしていた社長がヤンキーやDQNに甘いのと同じ理屈なのだ。
歴史の謎がひとつ解けたが、それはそれとしてゲーム進行の危機である。
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