クリスマスまで(上の一)

「旭、来週は予定ある?」

「うーん。確か、火曜なら暇だけど?」

「え。金曜は?」

「バイトだな」


来週のシフトは火曜日以外は全部入っていたはず。スマホで少し確認。うーん、やっぱり火曜以外は入ってる。金曜日って何かあったのか?


金曜日の日付を見ると、二十五日と書かれていた。


えっと、あれだ。クリスマス!

 あー、そう言えば毎年陽愛の家族とうちの家族で遠出していたな。

山奥の様な場所にある別荘を借りてクリスマスの日はそこで過ごしていた。

去年は受験だったから行かなかったけど、今年は行くのか? だとしたら俺はパスかな。


「今年は行かないの?」

「まあ、バイトあるし」

「そっか」


それだけで会話は終わり。俺達は家の帰路を歩く。


うーん、凄く気不味いんだけど……。


陽愛はあれから何も喋らないし、ずっと顔を俯かせたままだ。


そんなに一緒に行きたかったのか? 俺と。


いや、あるわけがない。そんな過剰な考えは止めよう。だとしたら、何で落ち込んだ雰囲気を漂わせているんだ?



「その、陽愛。イブなら代わって貰えるかもしれない」

「うん」

「………その日、い、一緒に…………何でもない」


駄目だ、羞恥心が耐えきれなくて最後まで言えなかった。

陽愛からはジト目が向けられる。何で、そんな冷たさと呆れた視線を送られないといけないんだ?


「はあ。で、『イブ』ならなに?」

「いや、何もないから」


流石に言うのは恥ずかしい。

それに恋人でもないんだし、『一緒に出掛けよう』なんて言える訳もない。


「ふーん」

「なんだよ」

「別に。…………………イブ暇ならさ、。あ、でも、バイトなら無理だよね」

「……行ける」

「ううん、無理しなくて」

「行けるから! その日なら休みだから!」


俺は陽愛の両肩に手を置き、陽愛の声に被せて言う。


実際は休みじゃない。でも、俺の担当はキッチンだ。結弦さんなら一人でやれるだろうし、休みぐらいくれるはず。

それに、自分から言えなかった事を偶然的にも陽愛が言ってくれたから…………今のって偶然なのか? 陽愛が気遣ってくれて言ってくれたのか? でも、何の為に…………。


考えていると過剰な考えばかり浮かんでしまい、頭を悩ませてくるから最終的には”偶然“だと片付けた。




偶然だとしても陽愛には感謝をしないといけない。俺が言えなかった事を陽愛が言ってくれたんだ。感謝しかない。

俺って昔と何ら変わりない、臆病で弱気なままか。


「陽愛、ありがとうな」

「へ? 陽愛! いま、何て?」


俺の聞き間違いじゃなきゃ、どういたしましてって…………偶然だ、よな。さっきのあれは。


陽愛は何ともない顔をしており、反対に小首を傾げて此方を見ている。


「まあ、いいからさ。約束して。イブは出掛けるって」


陽愛が前に立ち。腰辺りまで伸び欠けているさらさらした黒髪がふわ、っと揺れる。陽愛は小指以外は畳んだ状態で俺の前に差し出してくる。


えっと、これは、指切りってことか? 別に約束を破ったりしないけど、気休め程度には良いのかな。


俺も小指だけを立たせ、陽愛の小指とクロスさせる。


「指切りげんまん~♪ 嘘吐いたら~♪…………」

「?」


言葉が途中で止まり、陽愛が小指を離した。


「旭、破ったら分かるよね?」

「針千本飲むんだろ? 安心しろ、破らないから」

「ううん」

「へ?」


思わずの事に素っ頓狂な声が出てしまった。俺は綴り通りに針千本だと思ったのに違うのか? あっはっは、まさかそれ以上にヤバい事を?


恐る恐る陽愛に聞いた。


「ひ、陽愛、その、まさか、ゲーム機とかを捨てろとか?」

「うーん。似てて違うものかな」


似てる物で違い物か。え、何それ、分かんないんだけど。


ゲーム機に似た物なら、カセットとかデスクの方か?


「えっと、カセットを捨てろと?」

「違う。まあ、それは破った時のお楽しみで。イブは絶対に出掛けようね」


うっ、何か寒気が。

多分、息が白息になるぐらい寒くなってきた十二月半の微風がさっき肌をかすって行ったせいだろう。



そして、陽愛は家へと、俺はバイトへと向かった。



***



「~♪」

「? ご機嫌だな、旭」

「そうですか?」

「まあ、鼻唄をしてたらなあ。あと、強面な顔でニヤけてると怖いぞ」

「ひでぇ。結弦さんだって人の事言えないじゃないですかー」

「はっ。口を動かさず、手を動かせ」


理不尽だ。先に言葉を振ってきたのは結弦さんなのに………。結弦さんから次から次へと出来上がった物が回されてくる。これは、本当に手を動かさないとヤバそうだ。



「あ、そうだ。来週の木曜は休み貰いますね」

「……そうか、無理だな」

「え? 何でですか?」

「いやだって、イブじゃん」

「はい」

「俺がなっちゃんと出掛けれないのに、何でお前には行かせんといかん!! そんなの妬まし過ぎる!!」


ええ、駄目な理由が思いっきり私怨なんだけど。と言うか、ぶっちゃけ過ぎだろ、この人…………。

でも、上がそう言うのだから、下は大人しく従うしかない。くそ、理不尽だ……。


せっかく陽愛が誘ってくれたイブなのに、行けないのかな。いや、こんな弱気でどうする。イブは予約客で一杯だ。それを全て終らせれば少しぐらい時間があるかもしれない。


「………でもまあ、頑張ったら、行かせてやらん事もない」

「え…………急にどうしたんですか」

「ん。単純に大人げない事言ったなって思ってな。俺はあんな親とは違うから」

「親?」

「まっ、気にすんな。それより手動かせ」


結弦さんの親、そこまで気にはならないし。それよりも! 結弦さんからのお墨付きだ。と言うか、いっそのこと休みにして欲しいがそんな我儘は今は言わない。


もしさっきの言葉が取り消されたら困るしな。


**



「ふむふむ、ですから私とはイブもクリスマス当日も無理ですと」

「うん。だから───待て、何だいきなり?」


俺達はさっきまで終始無言で小幅を合わせたくもないのに合わせて歩いてただけで、いきなりこいつが良く分からない事を言い出したんだ。


「いえ、何でも。それより、来週はですよね?───二人でデートしましょう」

「ぶふっ!! な、なんだ! いきなり!!」

「うわあ! 汚いです!」


デートと言う言葉にびっくりして飲んでいた珈琲を吹いてしまった。


デート? それは交際している男女が行うもので、交際もしていない只の友達が行うのは只のお出掛けになるだろ。


「行かねぇ」

「何でですか?」

「いや、何でって、裏があるとしか思えないし」

「酷い……」


こいつがしてきた事を思い返せば打倒だと思うんだが。


「はあ、今回は安心して下さい。何もしません」

「信じられないんだが…」

「不愉快過ぎます!!」


不愉快って、それはこっちの台詞だよ。

お前がしてきた事はとてもじゃないが俺にとっては不愉快気回りないものだ。それを棚に上げてもお前のは不愉快でも何でもない。


でも、今さら後悔しても遅い。それに陽愛なら気にしないで…………。



「で、行かないからな?」

「ふむ、なら、?」

「お前なぁ…………分かった、行くよ」

「最初からそう言えば良いんですよ」


つん、とした顔で言い、速歩で俺の前に出てくる。同時にさらさらした金髪がなびく。


前に立つアルシェ。月夜に照され更に輝きが増す金色の髪。

俺は足を思わず止めてしまい、アルシェのぱっちりと開いた天色の瞳と視線を合わせる。


にっこりと笑い、アルシェは俺にこう言ってきた。俺はその笑顔がとても不気味で、とても


「約束ですよ、ぜっったいに守って下さいね」


そして、指を差し出される。

少し戸惑ったが俺も小指を出して、アルシェの小指とクロスさせ、


「指切りげんまん~♪嘘吐いたら~♪ 全て陽愛にばらす!!」

「はあ!? 何だよそれ!!」

「ふふ、約束ですよ?」


人差し指を口元に当て、ウィンクをしてくるアルシェ。俺は、あはは、と苦笑する。



最後に言えるのは、月夜に照らせれたアルシェはとても綺麗だったと言うこと。

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