文化祭(下の三)

今はもう夕暮れ。一日目の文化祭は終わりを告げてしまった。

俺は途中まで陽愛を待っていたのだが、暇過ぎて一度家に帰り、時間が来たら陽愛を迎えに学校に来た。


でも、教室まで来ると皆、ばてばてで椅子にだらけて座る人や、椅子を縦に並べてそこに寝転がる人が居たり、まあ、暉なのだが。不思議な事に美空の姿はない、文化祭が終わったから直ぐに暉の元に来ると思ったんだが。美空の所も結構人が入ってたし多分あっちもバテてるんだろう。


「旭~水はよ」


がらがらとした声で言われる。かなりバテてる様子だ。来る前に買っておいた500mLの水のペットボトルを陽愛に渡す。



陽愛は直ぐにキャップを開けごくごくと、半分まで飲み干してしまった。俺は、あはは、と苦笑いしながら見ることしか出来なかった。


「旭、俺にも水~」


こっちもがらがら声だ。うーん、渡しても良いが、お前がやった事を俺は忘れてないからな?


それは、まだ俺が学校で陽愛を待っていた時に起きた。



あの行列を並び、自分のクラスに入った。な、何で、自分のクラスに入るのに一時間半も並ばないといけないんだ。


中はとても活気立っていた。隅から隅まで店員を呼ぶ声が止まらなく、店員があたふたとしながら注文を取りに行っている。


俺は案内された席に座る。この状況で一人で席を独占するって悪い気がする。一人席なんて無いから仕方ないのだが、心苦しいな。


人が多く混雑している中、一人だけで席を取られる辛さは分かる。『シェリエ』でも良くある事で、何時も心中で早く帰れと思って苛立っている。


ここは珈琲を飲んだらさっさと出よう。


『お客様、ごちゅ………なんだ、旭か』


白いYシャツを着て、腕捲りをしている。ブラウン色のスラックスを履いた暉が注文を取りに来た。


『珈琲を頼む』

『あ、わりぃ。切らしてるから他のにしてくれ』

『マジか。なら、オレンジジュースで』

『あー、それならあると思うぞ』


暉はメモを書き終わると、


『ふっ。お前は俺と同類だ! 精々悔やめ! 彼女と過ごせない文化祭を楽しんで来い!』


それだけを言い残し何処かに行く暉。


色々と申し出たい。まず陽愛は俺の彼女じゃないき、明日は家から出る気はないから楽しむもない。まあ、これより一番言いたいのは、



後で、ボコる。お前が助けを求めようが無視してやる。





「てことだし。暉は抜きだ」

「てことって何だよ!? 良いから寄越せ!」

「それが人に頼む態度か?」

「ください! お願いします!」


九十度に身体を折り畳む暉。こ、こいつにはプライドもないのかよ。いや、元からそういう奴か。仕方ない、ここまでしてきたんだ、出してやるか。


「ほらよ」


もう一つある水入りのペットボトルを暉に渡す。そうすると、一気にペットボトルに入っている水を飲み干す暉。



「ぷはぁ! お前、最近更に意地悪になったよな」

「失礼な奴だな。お前だけ特別なんだよ」

「な!? なんだと! 昔は泣き虫だった癖に、何でこんなに可愛いげがなくなっちゃったんだ……」


そんな、泣かれても困るんだが。それは昔で今は今としか言えないしなあ。


「そうだよね~旭、昔はあんなに可愛いかったのに今は無愛想で意地悪になったよね」


そこに同感する様に陽愛が言葉を入れてくる。悪かったな、無愛想で意地悪で!

これでも、陽愛には優しくしてきたつもりだし、素っ気ない態度なんて殆ど取った覚えない。



「陽愛、明日も出るのか?」

「うーん。まあそのつもり。何かあった?」

「いや、何も」

「?」


今日出たからもしかしたらと、思ったが、無理だったみたいだ。仕方ない、来年また一緒に回れば良いんだ。でも、何だろうこの胸に残るもやもやは。



**



「何で、俺がお前と……」

「文句言わず着いて来て下さい」


次の日、陽愛も居ない事なので一人でゲームでもして過ごそうとしたのだが、アルシェから呼び出しがあり急いで学校に来たんだ。


お忘れかも知れないが、俺はアルシェには逆らえない、あいつに………ちっ、思い出すだけで心の底から腹が立ってくる。



てか、何で服を掴んでんだ? こいつは。


「なあ、離せよ」

「い、嫌です」


即答か。まあ、振り払えば良い話だし。こんな所は陽愛に見られたくないしさっさと振り払おう。


「?(ぶんぶん)」

「……」


「っ…… ?(ぶんぶん)」

「……」


は、離れない。


「離せ!」

「そっちこそ止めなさい!」

「え。あ、はい」


何故か逆に怒声を上げられ、それにびっくりてしまった。ええ、何で俺が怒られるの?


もう放っておこう。多分こいつも人が増えて来たら離すだろう。それまでの我慢だ。



「あの、今日の私はどうですか?」

「は? ごめん、何が?」

「いや、だから、服装とか変じゃないかって聞いてるんです」

「あ、あー。似合ってると思うが?」


淡い白色のボタンダウンシャツに亜麻色のフレアスカートといったちょっと大人びた雰囲気のあるコーデだ。可愛いというより大人なびて綺麗が当て嵌まるか。


「そ、そうですか。ありがとうございます」


頬を桃色に染めて外方に顔を向けるアルシェ。何で、俺なんかの褒め言葉で喜んでる? 分からないがそう見える。でも、何で喜んでるんだろう?


「? まあ、良いけど。それで、俺を呼び出した理由は?」

「は? 分からないんですか、ここまで来て」


ここまで………横に顔をずらす。

そこには昨日よりは人は少ないものの、活気は昨日よりありそうな文化祭がある。おいおい、そこら中から客を呼ぶ声が聞こえて来るんだが、昨日はこんなになかったよな? 精々店前を通った人に声を掛けるぐらいだった気がする。


で、アルシェが俺を呼んだ理由は、いやいや、まさか。一緒に文化祭回ろうとか、有り得る訳ない。


「ごめん、分からないが、その、まさか、一緒に回ろとかじゃないよな? うん、すまん変な事言った」

「いや、合ってるんですが」

「ん? ごめん、もう一回お願い」

「だから! 合ってるって言ってるんです! それぐらい直ぐに察して下さい!」

「いや、その、何とか言うか、ごめん」


いやだって、こいつが俺を誘うなんてまず有り得ん。また何か弱みを握る為なのか? うーん、何か………陽愛!? そうだ、陽愛が居るんだった、こいつと居る場所を見られるなんて今の俺が一番嫌うこと。いや、でも、俺が陽愛を好きって知らないだろうから、考え、過ぎなのかな?


アルシェが何を企んでいるのか分からないが、俺はアルシェに逆らえないから、黙って着いて行くしかないのか。でも、これだけは、


「な、何ですか!?」


俺は着ていたパーカーを無理にアルシェに着させる。

パーカーにはフードが付いているから、これで顔とかを良く見られなければアルシェと分からないはず。


「良いから着てろよ」

「………はい」


フードを深く被り、頷くアルシェ。まあ、俺的にはその方が分かりずらくて良いけど、周りが見えなくて歩きづらくないんだろうか。


はあ、仕方ない。俺のせいだし、転ばれても困るから。


「ひゃ! な、何ですか?!」

「え。ごめん、転ばない様にって思ったんだけど」


手を握ったらいきなり変な声を出すからびっくりしたけど、そんなに嫌か。それなら仕方ない手を離そう。だが、アルシェが強く握って離さない。ええ、何でぇぇ………?


「嫌じゃないのかよ」

「嫌とは言ってません! はい! 私が転ばない様にちゃんとリードして下さいね!?」

「ああ、もちろん……」


それから、二人で文化祭を周りつつ、クラスや知り合いが見えたら速攻で逃げて見つからない様にしたりと………………。



「ほらよ」

「あ、ありがとうございます」


ベンチに座るアルシェに焼きマシュマロを渡す。俺は昨日食ってくそ甘くて吐きそうになったから焼き鳥を買ってきた。あ、物はタレの皮ね。


「で、何で貴方は焼き鳥を?」

「普通に食いたくなっから?」

「そうですか。これ、美味しいですね」

「マジか、あはは」


焼きマシュマロを食べて美味しいと思えるのか、確かに陽愛は美味しいって言っていたが、あれメレンゲで出来てるとは言え砂糖の塊の様なもんだぞ、俺には絶対に分かりえない。いや、分かろうともしたくないけど。


俺も焼き鳥を食べる。うん、少し焦げた部分が良いアクセントになって、タレも丁度良い。俺にはこっちが合うな。


「許してあげます」

「え。何が?」

「私にキスした事です」

「はあ!? いや、あれはお前からだろ!」

「いえ! 貴方が私の事を探ろうとしなければ起こらなかった事です! ですから、貴方のせいです!」

「ええ…………理不尽な」


まず本当にキスをしてきたのはアルシェの方だし、俺は別に詮索をしたとかじゃなくて不思議に思ったから訊いただけで、あれ、そう思うとこいつが勘違いしてドジ踏んだだけなのでは……。


ほんっと、理不尽だなあ。でも、不思議と怒りは芽生えてこない。本当に不思議だ、こんなの怒っても良いのに何でか怒りは芽生えない。


「これで脅したりはもうしません。と言うかした覚えがないですね、私なんて寛大なんでしょうか」

「おい、俺をどうやって呼び出したか言ってみろ」

「…………さて、次の所行きましょうか」

「待て! まず答えろ! あれだったら見せてやろうか! メールのやり取りを!」

「ええい! 聞こえない! 次同じ様な事を言ったら陽愛にちくりますからね!?」


おい、いきなり脅してるじゃねーか。はあ、もう良いわ。怒る気にもなれないし、許してやるか。


「ほら、行きますよ」


アルシェが手を伸ばして声を掛けてくる。俺はベンチから立ち上り、アルシェが手を握って来たので、転ばれるとやはり嫌なので振り払わずそのまま繋いだままにして、まだ回ってない場所を回った。


***



「うーん! 疲れた~」


今は屋上に居る。アルシェがここに行こうと言うので着いて来た。黄金 こがね色に輝く夕日、虹色のように色づいた雲はとても綺麗だ。


「綺麗だな、? どうした?」


フードを取り此方に歩み寄って来るアルシェ。夕日に照らされ煌めく金髪は微風になびいて優雅に揺れている。アルシェのぱっちりと開いた天色の瞳が視線を逸らす事なく真っ直ぐと俺を見てくる。


そして、アルシェは俺の目の前まで来ると、大きく深呼吸して意味不明な事を口滑らしてきた。


「私は?」

「はあ?」

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