海へ行こう(下の一)

「お、見えてきた!」


そう、暉が言うと、一斉に電車の窓に顔を向ける。そこには太陽に照らされキラキラ輝く何処まで続く海があった。ああ、やっと来たんだな、さてと寝るか。だってなあ、昨日はその色々あって寝れなかったんだ。はは、陽愛が横で寝なければどうって事は無かったのに。でも、ご褒美みたいのだったから文句は言わないが。


***


「なあ、旭、ナンパしてみて」


駅から数分かけて、海辺まで来た。そして、水着に着替えてパラソルとレジャーシートを持って場所取りを終えた頃に暉にそう言われた。ナンパか、一人身の俺がするなら別に問題無いけど、容姿良くないと駄目だし、俺には無理だろ。それより、今は眠い。昨日はマジで寝れなかったから今の眠気は頂点に達している。


「眠い」

「お前、またゲームをやってたのかよ」

「………うん。だから、暫く寝るわ」


眠過ぎて答えるのが面倒になり暉の言葉に合わせてさっさと会話を断ち切り、敷いたばかりのレジャーシートに寝転がった。

パラソルが太陽の光線を防いでくれて、心地良いそよ風が吹いている。それに今日は炎天下だが、丁度良い風が吹いているからあまり気にならない。


あ、もう無理………。俺はそっと重い目蓋を閉じた。






ん? ここは住宅街? それも、家の近くの。可笑しい、さっきまで海に居たのに、目を覚ましたら何でこんな所に………。


「旭! 今日も森にいこうぜ!」


は? いやいや、目の錯覚だろ。そう思い袖で目を擦りもう一度、暉を見た。


端正な顔立ちは変わらず、肌もやや白くてでも少し焼けてる感じ、黒髪を清潔感がある長さにしている。はは、可笑しいな、何か背が低くくて童顔で、黒髪も短い。まるで昔の暉だな───って! まんまだよ! 昔の暉だ!


「二人共! 早くいくよ!」


ああ、この声は、陽愛だ。と言うか、昔から陽愛は容姿が変わらないな、艶々しい黒髪は腰辺りまでで、長い睫毛に覆われた黒色の目とか。でも、何でか陽愛も幼く見える。いやもう、子供の頃の陽愛だ。このまま行くと、俺も子供に? 二人と目線が合うし、そうなのか……。


うーん、どいうことだろうか。俺はタイムスリップでもしたのか、それしかこの状況を説明出来る物がない。いや、もしかしたら夢かもしれないが、こんなはっきりと意識がある夢ってあるのか?


「………」

「旭! 早く行くよって言ってるよね?」

「ん。あ、ごめん。いまいく!」


そう、俺達は何時も三人で遊んで居た。森に行ってかくれんぼしたり、秘密基地を作ってそこで昼寝したりと、子供が良くやりそうな事を何でもしていたと思う。ああ、懐かしい。ほんっと今では黒歴史レベルなのにこうして思い返すと懐かしさに浸ってしまう。


それから、三人で森に行き、何時も通り、かくれんぼや鬼ごっこ、探検をしたりした。




「ねぇ、本当に旭?」

「え?」


ふいに陽愛にそんな事を聞かれた。


「あ、それおれも思ってた。何かいつもみたいにびくびくして陽愛の後ろに隠れてないよな」


あー、確かに昔の俺なら陽愛の後ろに着いて行くだけだった、くそ、苛々する。それを思い返すだけで怒りみたいな苛立ちが芽生えてくる。


二人から疑う目差し。うーん、流石にタイムスリップしちゃって未来から来た! なんて言える訳もないし………。


「そ、そうか? おれは何時も通りだぞ!」

「ふーん。まあ、何でも良いけど行こうぜ!」


ふう、何とか通せたな。今の暉には無理な方法だが、 昔の暉はバカだから何とかなった。でも、もう一人はそう簡単には行かない。


陽愛は腕を組み目をきらつかせてじっっと俺を見てきている。流石にバレたとかないよな? でも、陽愛は何だかんだ勘は鋭いから、もしかすると───。


「ねえ、旭。おててつなぐ?」

「え。あー、大丈夫だけど?」

「………」


でも、陽愛は無言のまま手を繋いできた。何故かふてくされた顔で。かわぇぇ、ヤバい、昔の陽愛ってこんなに可愛かったの? 顔立ちも良いからか、ふてくされた顔は子供らしさもあり可愛く見えてしまう。


「ねえ、旭はもう一人でも大丈夫なの?」


あれ、この言葉、何処かで聞いた事があるような………。


「まあ、大丈夫って言ったら大丈夫だな」


多分、二人の背丈とか格好から行くと小学二、三年生ぐらいだと思うから、この頃の俺は一人で居たら大泣きしてるだろうな。俺が一人でも大丈夫になったのは小学四年生の時だ。何時までも泣いてばかりじゃ駄目だと自分で思い、変わろうと決意したんだよなあ、それでも一人に慣れるまでかなり時間が掛かったんだけど。


「ん? 暉は?」

「え。あれ居ない………」


辺りを見渡しても、視界に入るのは草木だけ。暉の影すら見当たらない。


「もしかして、はぐれた?」


陽愛が心配そうな声と表情で聞いてくる。でも、俺はそれに答える事はしなかった、居たからだ。


あ、思い出した。これってあの時と同じ状況だよな。


昔に一度だけ暉とはぐれた事がある。はぐれた理由は俺が薄暗い森が怖く踞って動かなくなってしまったからだ。ほんっと、情けねぇな、俺は。

暉は何時もびくびくしてる俺を心配してくれて常に後ろを見て『旭、大丈夫か?』と声を掛けてくれていた。でも、この時は探検に夢中で暉は一人で森を突き進んでしまって、後ろなど確認せずそのまま森を抜けてしまったとか。


それを知らない陽愛と俺は暉が進んだと思う方向に歩いて暉を一心不乱に探していた。でも、暉が行った方向とは違い暉と会う事はなかった。

それで暗くなって来た頃に引き返そうと思った。でも、辺りはもう真っ暗で何も見えなかった。あるのは月明かりだけ。何で俺はもっと早く気づかなかったんだろうと後に後悔した。


夜。それも森で夜だ、視界は真っ暗で何とか月明かりでお互いの顔を認識していたぐらい。お互いに手を強く握り締めて絶対に離さない様にしていた。俺は勿論、陽愛も身体を震わせている。やはり、子供でも遭難したという自覚はあり絶対に一人にはならない様にしていた。


それで、見つかったのは二日後だった。俺達はそれなりに森の奥に進んでてしまい、見つけるのに時間がかかったらしい。まず、暉が泣き着いてきてずっと、ごめんな、ごめんなと必死に謝って来たのを覚えている。警察沙汰にはなっていたけど、親からのお叱りだけでその遭難は終わりを告げた。それからは森に行く事は禁止されて、外に出掛ける時は必ず大人が一緒にじゃないと駄目になってしまった。まあ、当たり前って言ったら当たり前だが。



この状況がもし、その時と一緒なら陽愛に辛い思いをさせなくて済むのか。


これが本当にタイムスリップした過去でも、俺は変えてやる。漫画やラノベでは良く過去を変えてはならないと言われている。それは、なんだっけ? えっと、確か、タイムパラドックスとかのが起きてしまい………ごめん、頭痛いからもう考えたくない。


まあ、変えたら変えたで未来で何が起きるか分からないから駄目って訳で、それだとしても、俺は変えてやる、陽愛が苦しまないで居られるなら、何でもしてやる。例え、俺が死のうが。


はは、何で俺は陽愛の事になるとこんなにも必死になるんだろう、いや、今はそんな事よりも───。


「陽愛! 引き返すぞ!」

「え。でも、暉が!」

「良いから! あいつは大丈夫だから、早く帰ろ!」

「だめ! 暉がまだ居るかもしれない! 探そ!」


ん、なんだこのもやもやした気持ちは。


陽愛は言う事を聞いてくれない。そりゃあ、そうだ、何時も偉そうしてる割りにびびりで臆病で陽愛か母さんとかが居ないと駄目だった俺の言う事なんて聞くはずがない。でも、今は訊いて貰わないといけない。


「陽愛!! 俺はお前が大事なんだ! そりゃあ、暉も大事な友達だけども! それよりも一番陽愛が大事なんだ! だから、お願い、一緒に来てよ。陽愛」


言い終わってから考えれば、何て俺は臭い台詞を吐いているんだと羞恥心が耐えられなくなってきた。


「………旭、その、ね、大事な人って言ってくれるのは嬉しいけど、えへへ、ごめん、嬉しくてにやにや止まらない!」


え? は? どいうこと? 顔を赤く染めててれてれしながら言う。いやいや、待て待て、どうした? 昔の陽愛は気が強くてこんなてれてれした表情なんて見せなかったはず。今もだけどな! そのお蔭か羞恥心は消えて、てれてれしている陽愛を呆然と見ていた。


「えっと、どうした?」

「ええ、だって~旭が私を“” って! それって““ってことでしょ! 旭も同じ気持ちだったんだ!」


んんんん??? 分からん。どういう風に解釈すればそうなるんだよ。でも、もって事は───まるで陽愛が俺の事が好きって言い方だな。


いやいや、ないない。陽愛が俺を好きだって、ありえない。それも昔だぞ、男らしさの欠片もない奴だぞ、そんな奴を好きになる訳がない。…………………………………………………………………………………………………………………………いや、でも、陽愛は何時も俺と居てくれて、扱きは使うけど、それでも優しくて、無防備に俺の横で───これは自意識な考えだ、もしかしたら陽愛は俺以外の男の横でも寝るかもしれないしな。そう考えるとその男を殴りたく、いや、殺したくなるのは何故だろうか。


もやもや、苛々、殺意、と様々な感情が湧き上がってくる。分からねぇ、陽愛が違う男と居ると思うだけで色んな感情が湧き上がって頭を悩ませてくる。こんなの一度だけじゃない、何度もある。その度に考えない様にしていた、頭が痛くなるからな。


「え」


視界が歪んで行く。周りの景色も陽愛の姿も全てが歪んで行く。待ってくれ! もしかしたらまだ遅くない! 陽愛が辛い思いを──


そして、視界は暗闇となった。


なんだよ、もう少しだけ良いじゃないか。少し過去を変えるだけなんだから。


***


「ん。うーん。陽愛?」


目を開けると間近に陽愛の顔があった。それも成長した陽愛の顔だ。ああ、戻って来たんだな、と言うか、夢だったのか。


「陽愛」

「ん。起きたんだ。どうしたの?」

「………やっぱり何でもない」

「はあ? まあ、何でも良いけど起きたのなら頭退けて」

「もう少しだけ駄目か?」

「? 良いけど、本当にどうしたの?」

「うーん、もう少し柔らかい太股を」

「………キモ」


うわあ、マジで蔑む声だ。視線も痛々しい。冗談で言ったんだが、そこまで引くか。まあ、自分でも気持ち悪いな、と思ったから何とも言えないが。


致し方無く身体を起き上がらせる。ああ、すべすべしてて柔らかい枕が遠退いて行く。こんな事を言うと、本当に変態認定をくらいそうなので心の中にそっとしまっておく。


はあ、あれが夢じゃなかったら言うのに……


陽愛を改めて見る。?! おいおい、マジかよ、それを買ったのか。陽愛が着ていたのは前に美空から写真で送られてきた時の水着だった。黒一色で装飾品も無しのローライズを着ていた。うーん、布面積少しだけ狭くない? 俺的にはもう少し多い方が良いんじゃないかな。


「陽愛、はい」

「え。何で?」


俺は自分が着ていたパーカーを陽愛に渡した。陽愛は首を傾げてパーカーをじっと見つめているだけ。


「良いから着ろって」

「う、うん。着るのは良いけど、何で?」


急激に顔が熱くなるのを感じた。今の顔は絶対に赤くなってるから顔を俯かせる。


「良いから着ろ!!」

「?………はいはい、着ますよー」


陽愛は渋々と着てくれた。その代わり、不満げな顔で唇を尖らせていた。


「えっと、そんなに嫌だった?」

「そう言う訳じゃないけど………一言でも褒めてくれれば良いのに………」

「え。何て?」

「何もない!」


何か小声で言った気もしたが、本人が言うなら何もないのか。


それと、一つ伝える事がある。



俺はこの日、やっと自分の気持ちに気づけた。だけど、告白はしない。俺は怖がりだ。だから、今の関係が崩れたらと思うとそんな事は出来る訳もない、臆病、怖がり、意気地無し、何とでも言えば良いさ、それでも今の陽愛との関係が崩れて欲しくないから告白はしない。





陽愛、好きだよ。一人の女性として。

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